俊蔭の娘(その32)
兼雅殿は、尾根を五つ越えて、獣が貝を伏せたように伏し拝むようにして並んでいる山に入って、琴の音を尋ね、洞穴のある杉の木まで来て、馬を下りられました。
この木の前は、いろいろな木が、人懐かしく植えられ、苔が敷かれ、砂がまかれていました。その美しい木陰から、兼雅殿が声をかけられたのです。その時は、まだどなたであるのか、わたくしも、子も、知ってはいませんでした。
琴を弾くのを止めて外を見た子が言ったのです。
「実に珍しく、不思議なことですよ。琴の音を聞いて、天人が空から下っていらっしゃったのでしょうか。」と。そして、苔の簾の内側から、
「あなたは、どういうお方でいらっしゃいますか。熊や狼を友として、世間の人はいらっしゃらない山の奥に。どうして入って来られたのでしょう。」と聞きました。やはり住む人がいたのだと思われたようで、
「このように人が住んでいらっしゃると聞いて、まこと(本当)かそらごと(嘘)か、見に来たのです。」とおっしゃると、
「ここ何年も、この山に籠っていますが、このように尋ね訪われる方はありませんでしたのに、何のために尋ねて来られたのでしょうか。」と、子が答えました。
そして、洞穴の前の苔の上に出ました。衣は、粗末な単衣の萎えたものを着ていますが、子の顔かたちは、ただ光るように美しいのでした。




