俊蔭の娘(その31)
兼雅殿と忠雅殿は、二人続いて山の中に入られましたが、格別な琴の音が響き優って聞こえてきたのです。空に響くのでもなく、地に響くのでもなく、不思議に聞こえ迷いながら、山の奥に向かって進んでいかれますと、前方にたいそう高い峰が見え、そこから聞こえてくるように思われました。その峰を目指して分け入っていくと、獣が一面に伏していました。それを見て、忠雅殿は、
「だから申したではありませんか。不気味なことだ。やはり帰ろう。さあ。」
とおっしゃいますが、
「悪いことをおっしゃいますね。これこそ興のあることです。深い山に獣が住んでいなければ、山とは言えません。釈迦が修行したという檀特山に入っても、兼雅は獣に身をささげはしません。この獣が、我に害する心があるかどうか見て見ましょう。」と言って、馬を打ち、山に入って行かれました。
兼雅殿は、飛ぶように速く走る馬に乗っておいででしたので、雲に乗って空を飛ぶように駆けていかれるので、御馬添いも、ついていけず、麓にとどまりました。忠雅殿は、馬も劣っていて追いつくことができないが、昔、賀茂詣でのときに父母が大騒ぎをされたことを思い出し、亡き父母のためにも、このような獣の中に弟一人をやって自分はとどまっていてはなるまいと頑張られたのです。しかし、兼雅殿は右大将で弓矢を背負っておられるので獣も近づかないのですが、忠雅殿は、武官ではないので弓矢はもっていらっしゃらないのでした。そういうわけで、兼雅殿だけが入って行かれたのでした。




