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俊蔭の娘(その30)兼雅
その日は、帝が北野に鷹狩に行幸(天皇が外出すること)なさる日で、右大将である兼雅殿(幼名若子君)は、馬を乗り回してわたくしの琴の音を聞きつけられ、兄の右大臣である忠雅殿(幼名兵衛佐)にもうしあげられました。
(俊蔭のときは、嵯峨帝。12年たって、帝が朱雀帝に代替わりしています。若小君は成人して兼雅に名を変え、兄は忠雅です。)
「この北山に、限りなく響き渡る楽器の音が聞こえます。琴の音に聞こえますが、まるでたくさんの楽器を合わせて弾いているような音です。内裏にあるせた風と同じ類のようです。さあ、行きましょう。近くで聞かなくては。」と、兼雅殿がおっしゃると、忠雅殿は、
「こんなはるか遠くにある山で、誰が楽器を演奏しているというのか。きっと天狗であろう。行ってはならぬ。」とおっしゃるのでした。
「いえ、仙人なども演奏すると言います。それならば、兼雅一人でいってまいります。」と言われるので、
「いつものすさび歩きか。それなら、行こうか。」と、御馬添の物だけを連れて山に入られたそうです。
東国から来た武士たちで、残っていた者たちは、朝廷の使いが自分たちを捕らえに来たと思って、谷に落ちたり、他の山に逃げたりして、一人もいなくなったのです。




