俊蔭の娘(その29)
そうして暮らしていると、ある時、東国の方から、都に恨みのある四、五百人の兵士が、人里離れたこの山に入ってきました。いかめしく恐ろしい者たちが山中に満ちて、手当たり次第に鳥や獣を殺して食うので、鳥も獣も山を離れて逃げ隠れしていました。
わたくしたちは、木の洞窟に籠っていて、隠れることもできず、外には出ないで、草木すら食べることができずにいました。大変な時に、琴の音を楽しみ、数年来養ってくれていた猿が、わたくしたちを心配してやってきたのでした。武士達が寝静まったころ、青い葛を籠に組んで、栗と橡と、蓮の葉に包んだ水をたくさん入れてやってきたのでした。
武士たちは、猿が渡っているとは知らず、木の葉がそよぐ音に驚いて、
「山の魔物が動く音がするぞ。」と言って、松明を灯して大騒ぎを始めたので、どうすることもできませんでした。わたくしは、
「父俊蔭が、『この二つの琴は、幸運でも、不幸でも、非常に大変なときに弾き鳴らせ。』とおっしゃっていた。わたくしは、今より大変な目に遭うことはないでしょう。とはいえ、どうにも仕方がない。琴を弾くのもこれが最期でしょう。」と思って、なん風を取り出し、ひと声かき鳴らしました。その音は、父が七人の仙人と鳴らした音と同じだったのです。
すると、大きな山の木がこぞって倒れ、山がさかさまに崩れました。立ち囲んでいた武士は、崩れた山に埋もれて、たくさんの人が死に、山崩れもおさまって静かになりました。そのまま、次の日の午の刻(正午ごろ)まで、父が帝にお聞かせしたという『かいこくゆ』の手を何度も繰り返し弾いたのでした。(俊蔭その20)




