俊蔭(その5)
旅立ってから三年目の春、高い峰に登って見回すと、頂が天に突き刺さるほど険しい山が、はるか遠くに見えた。心をはやらせ、足を速めて進むと、どうにかその山にたどり着くことができました。
そこを見渡すと、木の根は千丈の谷の底にあり、末は空を突き、枝は隣の国まで伸びています。その木を倒して、割って細工をしている者がいます。その者の頭に生えている髪は、剣を立てたようで、面を見ると燃え盛る炎のように真っ赤です。足や手は、鋤や鍬のようです。眼を見ると、金椀(金属でできたお椀)のようにきらめいております。そして、恐ろしい様子の嫗や翁、子や孫などを率いていて、頭を寄せ合い、木を切っているのです。
ここで、私は自分の運命を知ったと思いました。私の身は、この山で滅びる運命であったのだと。そうは思いながらも、勇気を奮い起し、その阿修羅の中に入って行ったのです。
阿修羅は大いに驚いて、
「お前はどういう者なのか。」と言います。わたしは、
「日本国王の使いで清原の俊蔭である。この山を尋ね歩くこと、三年になる。今日を持って、この山を尋ねおえたのだ。」と答えました。
阿修羅は、恐ろしい形相で、
「お前は何だと言ってここに来たのだ。ここは阿修羅が世界の始まりから終わりまでの一万倍の長きにわたる罪のすべてを償うまで誰も来ることはできぬはずだ。虎や狼、虫けらと言えども、この世に生きる者は寄せ付けず、山に足を入れた獣は、すべて阿修羅が食えと言われている。何を思って人の身でありながら、お前はここに来たのだ。すみやかにその理由を申せ。」と、眼を車の輪のように動かし、歯を剣のようにむきだして怒っていました。
わたしは、答えました。
「ああ、お聞きください。この山を尋ねるときのことを。険しい岩山を登るときには炎が噴き出し、獣の中を通るときには口の炎に焼かれ、剣のような牙に太ももを貫かれ、毒を持った大蛇に向かいながら、来たのだ。」と、日本からこの国に漂流したこと、住んでいた林からこの山まで尋ねて来たこと、父母と別れてから今日までのことを詳しく語りました。
阿修羅は、
「われらは昔の罪が深かったので、このような阿修羅の身となったのだ。そうであるから、慈悲の心など持ってはおらぬ。しかし、お前は日本国に慈悲のある父母を持っているという。我も、四十人の我が子がかわいく、千人の親族が愛しいのだから、お前の命を助けてやろう。お前はすみやかに日本に帰り、この阿修羅のために大般若経六百巻を書き我を供養せよ。お前を日本の父母のもとに帰してやろう。」と言いました。




