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俊蔭の娘(その26)
子が、洞穴に移ることを勧めるので、わたくしは、
「何を言うのです。わが子が行かれるというところに、どこであろうとも、行かないということなどありません。里に住んでいても、あなとより他に訪ねてくる人などありませんから。」と言って、出立いたしました。
この家の中には、何もありませんでした。父、俊蔭が遺言された琴どもは、この子に運ばせ、一緒に行くのに、特にこみあげて悲しい思いがあるわけでもなかったのです。
涙川 渕瀬も知らぬ みどり子を しるべと頼む われや何なり
(私の流す涙の川の渕瀬の深さも知らない幼い子を、道しるべと頼ってついていく私は、いったい何なのでしょうか。)
とつぶやきながら歩くうちに、洞穴に着きました。
とても奥深い山道の果てで、堪えがたいと聞いていましたが、洞穴とは思えないほど、広く、三千坪くらいあり、明るく開けておりました。人が造った家のように、木立が趣深く、松、杉、花の木、果物の木が生えていました。また、周りには、椎や栗の木が森のように生え連なっていました。仏の使いである童が造ったということで、わたくしのような行くところにない者でなくても住みたいと思うところであると見えました。




