俊蔭の娘(その10)
これも、後から聞いた話なのですが、太政大臣である若小君の父上、大殿は、お供をしていた者をひどくとがめられたそうです。兄君である兵衛佐の君には、
「今すぐに若小君を連れてこなければ、お前はわが子にするまい。どうにかして探せ。」と責め立てられたそうです。若小君の御前の馬添いの男たちは検非違使のところの牢屋に入れられ、舎人や雑色は打たせたり縛らせたりされたそうです。
大殿は、心を乱し、大騒ぎをして探されますので、
「お探しします。もしいらっしゃらないのなら、我が首を献上いたしましょう。」と男達が言い、十人、二十人と別れて昨夜賀茂の神社に行かれた道を探されたそうです。
兄君の佐兵衛の君が、若小君を見つけられ、
「なぜこんな大変な目に合わせられるのですか。あなたがいらっしゃらないと言って、父母は何も食べられず、お供をしていた者は皆追い出されてしまいました。わたしも、役立たずになる所でしたよ。あなたが見ていた通り、供人もみな酒を飲んでいたので、あなたが立ち止まったのに誰も気付かなかったのです。父上が屋敷に着かれてから、あなたがいないのが分かり、今宵、夜中じゅう大騒ぎをしたのです。屋敷に居るときでさえ、あの様子なのですから、どんな騒ぎだったか思いやってください。
それにしても、なぜ立ち止まったのですか。いったいどこにいたのですか。」とおっしゃったそうです。




