俊蔭の娘(その9)
若小君は、単衣の袖を顔に押し当て、お泣きになって、
「宿思う わがいずるだに あるものを 涙さえなど とまらざるらん」
(この宿に住むあなたを思いながら、ここを立ち去るのさえ悲しいのに、涙だけでもここにとどまることができず流れつづけているのです。)とおっしゃる。
わたくしも、泣きながら、
「見る人も 名残ありげも 見えぬ世を なにと忍ぶる 涙なるらん」
(わたくしをお世話してくださるとおっしゃるあなたは、後の事など思っていらっしゃらないではありませんか。それなのに、わたくしは誰を忍んで泣いているのでしょうか。)
そんなことはない、決してあなたを忘れはしないと、何度も約束をされて、去って行かれました。一人で出歩かれたことなどなく、どの道を行けばよいかもわからず、わたくしを見捨ててしまったことで呆然とした心持ちであったと、後に聞きました。
(西洋物の貴族の世界でも、宰相(ここでは太政大臣)の子息が、父母も知れない貧しい娘と結婚することはあり得ません。いくら若君が本気でも、このような状態では、どうしようもない。いったい娘はどうなってしまうのでしょうか。
ちなみに、四男であることは、平安時代は、あまり出世には差しさわりになりません。かの藤原道長は、父藤原兼家の五男で、藤原兼家は、三男です。)
※ これ、明日の8時に投稿する予定でしたが、間違えて投稿してしまいました。すみません。




