俊蔭の娘(その6)恋物語
若小君は、そこに居るのに返事をしないわたくしに、何度も語り掛けられました。
「まあ、なんと強情な方なのでしょう。声をお聞かせください。いい加減な気持であれば、ここに訪ねてきたりいたしません。わたしは、心からあなたをおしたいしているのです。」などとおっしゃるので、ご様子が親しみやすそうで、少年でもあり、遠慮がいらないように思えて、
「蜻蛉の あるかなきかに ほのめきて あるはありとも 思わざらなん。」
(蜻蛉のようにあるかなきかわからないような身の上のわたくしです。ここに居りましても、いないものと思ってくださいませ。)とお答えいたしました。すると、
「まことに、このような寂しい暮らしを、なぜなさっているのですか。どなたの一族でいらっしゃるのですか。」と尋ねられます。わたくしは、
「ああ、いったい何をお聞かせすることができましょうか。このようなわび住まいですので、立ち寄る方もございません。このようなみすぼらしい身で、どうしてよいのか分かりません。」とお答えいたしました。
「『疎きよりとし』(はじめは誰でも疎いもの)というではありませんか。お互い何も知らないというのも、かえって頼もしいことですよ。あなたの様子がとても趣深く見えましたので、このまま通り過ぎることなどできなかったのですよ。私の思った通り、素晴らしいお方です。親を亡くされてどんなに心細いことでしょう。父上は、どなたなのですか。」とおっしゃいました。
「誰と世に知られているような人ではありませんので、ご存じないでしょう。」と答えて、父を思い、思わず琴をかき鳴らしました。若小君は、関心なさったように聴き入られました。
一夜、語り合い、どういうことがありましたでしょうか、若小君は、そのまま屋敷に泊まられました。




