俊蔭の娘(その3)
こうして過ごしています、八月の十日ごろ(秋の中ごろ)に、時の太政大臣が御願い事があって賀茂神社に参詣なさるとき、奉納する神楽の舞人、楽人などを連れて、作法通りに威儀を正して父の屋敷の前をお通りになりました。この行列が、いかめしい先駆けの供人のあとを通っていくのを見ようと思って、壊れかかった蔀のもとに寄って見ていると、楽人や御車などが過ぎた後、少し遅れて、これも先駆けの者がいて、二十歳くらいの若者と、十五歳くらいの光り輝くような少年が、馬に乗った伴を大勢引き連れて渡って行かれました。
のちに知ったところでは、この少年は若小君とよばれる方で、太政大臣が片時も目を離されないほどかわいがっていらっしゃる四郎君でいらっしゃいます。
父の庭の垣根に、それは美しい尾花が咲いておりまして、風に吹かれ人を招くような様子でした。兄君の方が、
「不思議にひとを招くところであるな。
吹く風の 招くなるべし 花すすき わが呼ぶ人の 袖と見つるは
(風が私を招いて花すすきを揺らしているようだ。まるで私を呼ぶ女性の袖のように。)」とおっしゃると、少年の方が、
「見る人の 招くなるらん 花すすき わが袖ぞとは 言わぬものから」
(きっと兄上の恋人の誰かが招いているのですよ。この花すすきは、わたくしの袖ですよ、とは名乗っておりませんが。)
と応じて、この花を折り取ろうとされた。そのとき、わたくしの方を見られました。わたくしは、端近に居たことを恥じて、すっと奥に入りました。
(高貴な御兄弟の会話は、なんと美しいこと。こんな心細い屋敷に住む姿を見られてしまって、なんとはずかしい、と思いながら。)
若小君は、しみじみとした気持ちでわたくしの後姿を見ていらっしゃったということですが、大勢での参詣ですから、そのまま通り過ぎていかれたということです。




