俊蔭(その23)
そうこうしておりますに、娘が十五歳になる年の二月に、急にその母が亡くなってしまいました。その急を嘆いておりますと、わたしも病を得てしまいました。
わたしは、心も弱くなりこれが最期と、娘を呼んで、
「わたしは、自分が生きているうちは、あなたに身分の高い方との交際もさせたいと思っていたのだが、若い時には知らぬ国に渡り、この国に帰っても、朝廷に仕えることもなく長年を過ごし、貧しく、あなたの行く末を定めることができなかった。天道にお任せするしかないのだ。わたしが持つ荘園はたくさんあるが、誰もそれをわたしのものだと証明してくれず、管理もしてくれない。そんなものではなく、わたしが命を終えた後、あなたのために宝となる物を贈ろう。」と言いました。そして、娘を枕元に呼び、いろいろ言い終えた後に、
「この家の乾(北西)の方角に、深く一丈(三メートル強)掘った穴がある。その上下には、沈の香木が積んであり、錦の袋に入れた琴と、褐の袋に入れた琴がある。錦の琴はなん風と、褐の琴ははし風という。
これらの琴は、わたしのことを思うなら、決して人に見せてはならない。心の中では、ないものだと思っているのだ。
幸いがあれば、その幸いが極まったときに。
禍が極まるのならば、その禍が極まり命が尽きそうなとき。または、虎、狼、熊などの獣の中をさすらい、その身を与えなくてはならなくなったとき。または、兵士たちに命を奪われそうになったとき。または、世の中でひどい目に遭わなくてはならなくなったときに、この琴をかき鳴らしなさい。
もし、子があったなら、その子が十歳になるまで見守って、聡く、賢く、魂が整っていて、見目よく、心ばえもよく、人に優れていたのならば、その子に預け給え。」と遺言し、わたしは命を終えたのです。
あて宮様、二十三夜にわたり、我が話をお聞きくださりありがたく存じます。わが孫のこと、御心に掛けていただけますと幸いです。
そう言うと、俊蔭の姿は、わたくしの几帳の前からかき消えました。あまりの波乱万丈の物語の前に、わたくしはしばらく呆然としておりました。ところが、次の夜から、今度は俊蔭の娘が現れたのです。




