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俊蔭(その21)
「唐土ではかように伝わるが、この国では未だ見ぬことであったものを。不思議で珍しい才能の持ち主であることよ。その昔、遣唐使に向かう前の若き頃、二度試験を試みたときも、学問の道に優れていたが、学問の道ならば俊蔭ほどでなくても優れている者は大勢いる。
この琴に関しては、この国に俊蔭に並ぶものなどいはしない。学士でなく、琴の師として仕えよ。春宮は、才ある皇子である。師となる者に困難を与える皇子ではない。心を尽くし、秘伝の手を残すところなく伝えたならば、納言の位を与えよう。」と帝はおっしゃいました。わたしは、
「まだ若いころ、父母の元を離れ、唐土に渡されました。不運にも大風と大波に遭い、船は壊れ、波に漂い、知らぬ国に打ち寄せられました。深い悲しみ、これに過ぎるものはありません。やっとのことでこの国に帰り着きましたが、父母は亡くなり、空になった宿を見ただけです。昔、勅命に従い、試験を受けさせていただき、遣唐使として唐土に向かわされました。それ以後、父母に会うことかなわず、悲しみはあまりあるほどです。とても琴を人にお教えする気力はございません。無礼の罪に当たるとはいえ、琴をお教えすることはできないのです。」と申し上げて内裏を退出したのです。




