俊蔭(その18)帰朝
わたしは、交易船に乗り、二十三年ぶり、三十九歳になって、日本に帰って参りました。父が亡くなって三年、母が亡くなって五年になっていました。わたしは、たいそう嘆き悲しみましたが甲斐もなく、三年間、喪に服しました。
それから、朝廷に帰国の報告をすると、帝は、
「才能のある者が帰ってきたとは、めでたいことだ。」とお喜びになり、わたしを召して、事の経緯を尋ねられました。わたしは、あったことをすべて申し上げました。帝はたいそう感動され、興味を持たれて、わたしを式部の少輔になさいました。
清涼殿への殿上を許されて、春宮(皇太子)の学士を勤めるように言われました。そして、
「人事のことは、俊蔭に任せる。学問の序列を乱さぬこと、それぞれの才によって人を登用すること、世情を配慮して人心を鎮め、世に憂いのないようにいたせ。」とおっしゃいました。
世の人が皆、わたしを優れた者として扱い、娘や妹を持っている人が大勢、我が家の婿にと言って来られるのですが、仏から淫欲の罪が重いことを特に厳しく言われていたので、結婚することを慎んでおりました。しかし、帝の皇女で源氏の姓を得て臣籍に下った姫が、性質よく気立てもよい方であったので、妻にして、女の子を一人産ませました。たいそうかわいがりました。位も上がり、式部の少輔から式部の大輔になり、左大弁を兼任しました。




