08 初めての野宿は、落ち着きません
パチパチと薪が爆ぜ、心地よい音を立てて焚き火が燃える。
俺はその火を呆然と眺めていた。
なんでこんなことになったんだ?
俺の目の前で、コルネは先ほど捌いた肉を太い木の枝に刺し、手際よく火であぶっていた。
猫耳を機嫌よくピコピコと揺らし、鼻歌交じりでいかにも楽しそうだ。
その姿は、俺が昔から憧れていた「可憐で愛らしい猫耳娘」とはあまりにもかけ離れていた。俺の思い描く可愛らしい猫耳娘は、血まみれで鹿を解体してその肉を嬉々として焼いたりしない……絶対にだ。
そんな憂鬱な気持ちで眺めていると、
「ほれ。取れたてぴちぴちの肝臓や」
焼き上がった串を、コルネが差し出してきた。
(レバーって……内臓!? そんなもん、まともに食えるのか……?)
目の前にかざされた串焼きを見つめ、俺は生唾を飲み込んだ。
俺の知る肉料理と言えば、きれいに切り分けられ、上品なソースが添えられたものばかりだった。目の前にあるようなグロテスクな内臓料理なんて、見たこともない。
だが、コルネの圧に押され、意を決して恐る恐る口に含み——刃を立てる。
(……あ、熱っ! ……ん……!?)
その瞬間、口の中で濃厚な旨味が爆発した。
生臭さなんてどこにもない。香草の爽やかな風味と絶妙な塩気が、噛んだ瞬間に弾ける濃厚なコクを引き立てている。噛み締めるたび、香ばしい薪の香りと豊かな旨味が鼻を抜け、脳を直接揺さぶるような美味が全身を駆け巡った。
「んまっ!! なにこれ、んまっ……!?」
「当たり前やろ。仕留めたてでしか味わえん、狩人だけの贅沢や」
ドヤ顔で胸を張るコルネを前に、俺はさっきまでの恐怖もどこへやら、夢中で二本目の串に手を伸ばしていた。
「フフン、驚いたか? 内臓はなぁ、鮮度が命なんや。血を綺麗に抜いて、森の香草と一緒に直火でサッと炙る。火を通しすぎたらパサつくし、生やとあかん。表面は香ばしく、中はトロッと……これが一番ウマい焼き加減なんやで」
「なるほど……もぐもぐ。たしかに……もぐもぐ。んまいっ!」
コルネは肉汁で口を汚す俺の顔を見て満足げに頷くと、次の肉を焼き始めた。
「よし。そしたら次はこれや」
次に差し出されたのは、太い枝に突き刺された豪快なモモ肉の塊だった。
じっくりと遠火で育てられ、直前に直火で炙られた表面は綺麗な小麦色に焦げ付き、溢れ出た肉汁がジュウジュウと音を立てて脂の粒を弾かせている。
「熱いから気ぃつけて食えよ」
言われるがまま、大口を開けてその塊肉にかぶりつく。
熱々の肉を噛みちぎった瞬間、パリッと弾けた香ばしい皮目の中から、閉じ込められていた大量の肉汁がどっと口いっぱいに溢れ出した。
(ぶはっ……! う、ウマすぎる……っ!!)
噛めば噛むほど、赤身肉ならではの力強い旨味が溢れ出てくる。
クセや臭みは一切なく、シンプルに揉み込まれた塩と薪の香ばしさが、噛み応えのある豊かな肉の味を極限まで引き立てていた。噛む手が、あごが止まらない。俺は一心不乱に肉を貪った。
「な、なんだこれ……! 噛むたびに肉の味がすごくて、永遠に噛んでいられる……! レバーも凄かったけど、こっちも最高です、コルネさん!」
「ふふん、分かったか? モモ肉みたいなデカい塊はなぁ、いきなり強火で焼いたらあかんねん。まずは遠火でじっくり熱を通してから、仕上げに直火で表面をカリッと焼き固める。そうすることで、旨味と肉汁が全部中に閉じ込められるんや」
「もぐもぐ……さすが……もぐもぐ……コルネさんです……!」
結局俺は、鹿肉を腹いっぱいになるまで堪能した。
調味料なんて塩と香草だけの、シンプルに焼いただけの肉がこんなにうまいとは。
自分の価値観がガラリと変わってしまったと言っても、決して大げさではないだろう。
◇
「ごちそうさまでした、コルネさん」
「ようし。ほんなら、次は、干し肉作るで」
「干し肉?こんなところで作れるんですか?」
「まあ、見とき」
そう言って、コルネは俺の目の前で手際よく作業を始めた。
解体で余った残りの肉をナイフで細長く薄切りにし、塩と森で摘んだ香草を強めに揉み込んでいく。
続いて、パチパチと燃える焚き火の上に青々とした生の葉を被せると、モクモクと香ばしい白い煙が立ち上った。その火の上にさっと組んだ枝の網を載せ、塩揉みした肉を丁寧に並べていく。
「これを一晩じっくり煙で燻すんや。そしたら水分が抜けて、腐らず長持ちする。しかも軽く小さくなるから、旅の携帯食には最適なんやで」
「へぇぇ……!」
俺は心底感心した。
お店で買い求めるのが当たり前だと思っていた保存食が、こんな野営の現場で、自然の恵みと知恵だけで作られていく。
不便で拷問だと思っていた野宿だったけれど——少しだけ、面白いと思ってしまった俺がいた。
◇
食事と干し肉の仕込みが終わると、次は寝床の準備だ。
「秋の山を舐めたらあかんで。この季節の夜はめちゃくちゃ冷えるからな」
コルネに指示されるがまま、俺は周辺から落ち葉やシダの葉を両手いっぱいに大量に集め、焚き火のすぐそばに小山を作った。
さらにその上から、手持ちの布や毛布をしっかりと敷き詰める。
完成した落ち葉ベッドの中に、俺は半信半疑でおそるおそる潜り込んだ。
固い地べたの上でそのまま寝るなんて、俺の感覚ではあり得ない苦行だと思っていたのだが——。
(あ……ふかふかだ。それに、温かい……)
背中から伝わってくる落ち葉のクッション性は優しく、地面からの冷気を完璧に遮断してくれていた。
「あ、意外と……悪くないかも……」
一日中の山道歩きと解体作業で限界を迎えていた体に、じんわりと心地よい温もりが広がっていく。
そう呟いた次の瞬間には、俺は心地よい薪の爆ぜる音を遠くに聞きながら、深い眠りの中へと落ちていたのだった。
◇
ちゅんちゅん、と小鳥のさえずりで目が覚めた。
ひんやりとした冷気が俺の顔を撫でる。あたりはほんのりと明るく、まだ夜明け前といったところだろうか。
「ああ、昨晩はあっという間に寝てしまっていたんだな……」
寝ぼけた頭でそんなことを考える。
それにしても、落ち葉ベッドの中はすごく温かい。……温かいのはありがたいのだが、なんだか妙に柔らかく、ずっしりとした重みが胸のあたりにかかっていた。
(あれ……?)
違和感を覚えてそっと毛布の中を覗き込む。
そこには、ピンと立った可愛らしい猫耳が見えた。




