06 猫耳少女を連れて、いざ実家へ!
先日買った奴隷のコルネだと紹介すると、母親はパンと手を叩いて目を輝かせた。
「まあまあまあ! なんて綺麗な子なの! アルジャン、いい子を見つけたわねぇ。さあさあ、遠慮しないで入ってちょうだい!」
一切の疑いもなく、コルネはあっという間に屋敷の中へと招き入れられた。
しばらくすると仕事から父親も帰宅し、その日の夜は、俺の久しぶりの帰宅を祝う賑やかな宴となったのだった。
◇
なお、俺の実家では、主人家族と奴隷の立場は明確に区別される。まあ、この国ではどこでも一般的な光景だ。
よって、今夜の宴に奴隷という立場のコルネが客として同席することはない。他の使用人や奴隷たちと一緒に、料理の準備や給仕を手伝うことになる。
不本意に思っているかと思いきや、当のコルネはそんな素振りをおくびにも出さず、せっせと給仕の仕事をこなしていた。
(さすがというか、肝が据わっているな……)
感心せざるを得ない。あとでこっそり、何か美味しいものでも奢って埋め合わせをしなければ。
さて、宴の中心は父、母、俺、そして俺の妹だ。
二つ下の妹の名はナターシャ。
ちなみに、よくある物語の中では「妹」という存在は可憐で、兄を慕うものとして描かれることが多いが、そんなのはフィクションの幻想である。実際の妹はちっとも可愛くないし、俺を慕ってもいない。
……まあ、その原因の九割九部は、俺の甲斐性なしな普段の生活態度のせいなのだが。
俺が奴隷としてコルネを買ったという話になった時も、ナターシャはあからさまに不快感を顔に出した。
「兄キ、あんな幼い獣人の女の子を買ってどうするつもり? ……ぶっちゃけキモいんだけど!」
容赦ない罵声をぶつけてきたかと思いきや、ナターシャはちょうど給仕にやってきたコルネの腕をサッと掴んだ。
「あんた、このクソ兄キに嫌なことされてない!?」
真顔で本気で心配そうにコルネの顔を覗き込む。
しかし、コルネは完璧な営業スマイルでニコリと微笑んだ。
「はい。大丈夫でございます。ご主人様は、いまだ私に指一本ふれておられません」
「えっ、そうなの?」
「はい。それどころか毎日温かいお湯を使わせてくださり、夜もベッドを私に使わせて、ご自身は冷たい床で寝ておられます」
「……そうなの?」
「その通りだ!」
俺は胸を張って自信満々に頷いた。事実、その通りなのだから!(※理由は省く)
「それに……」
コルネは急に声のトーンを落とし、しんみりとした声で続ける。
「ご主人様は……私を生まれ故郷まで連れて行ってくださると仰ってくださいました。私を購入するために大金を投じたというのに、故郷に着いたら無償で解放してくださると……」
コルネの青い瞳に、うっすらと感動の涙が浮かぶ。
「ご主人様は……まるで聖人のような方にございます」
それを聞いた父母が、感動のあまり歓声を上げた。
「まあまあ! そうだったのね、アルジャン!」
「さすが我が息子! 大金を投じて慈悲を施すとは、まさに英雄の所業じゃないか!」
ナターシャまでもが目を丸くしていた。
「……そうなの。兄キ、ちょっと見直したわ」
(父さん、母さん、そして妹よ……まんまとコルネの演技の術中にハマっているぞ……!)
俺は心の中でそっと涙を呑んだ。現実はただの脅迫と下僕化である。
「それに、ナターシャ様」
「なに?」
「わたくし、これでも十六歳にございます」
「ええっ! 私より年上なの!?」
自分より年上と知って、ナターシャの目がキラリと輝いた。
「コルネ。今夜の仕事が終わったら、私の部屋に来なさい。少しお話ししましょう」
どうやら完全にコルネに興味を惹かれたようだ。
「承知いたしました、ナターシャ様」
うやうやしく深々と頭を下げるコルネ(※中身は辺境最強の猛獣)の姿を見て、俺は一抹どころではない猛烈な不安を覚えた。
(コルネ……頼むから猫をかぶり切ってくれよ……実家を壊さないでくれ……)
俺は心の中で、ただただ神に祈るばかりだった。
◇
翌日。
俺はコルネを屋敷の陰へとこっそり呼び出した。
「コルネさん……昨晩、ナターシャと何の話をしたんですか?」
「そうやなぁ。ウチの故郷のこととか、ナターシャの普段の生活のこととか……あとは、あの子の恋の相談とか、やな」
「こ、恋の相談!? そんなことまで!?」
「なんかナターシャちゃん、昔から頼れるお姉ちゃんが欲しかったんやって。まあ、現実はダメな兄貴一人やからなぁ。気持ちは分からんでもないわ」
しんみりと語るコルネ。俺の心にグサッと突き刺さる言葉だが、否定もできずに少し傷つく。
「それにしても、ナターシャちゃんはほんま美人やな。お母さん似やろ?」
「はい。そう思います」
「ちなみに、アルジャン。お前はお父さん似やな」
「それも……そう思います」
「ほんま瓜二つやん! 初めてお父さん見た時、ウチ吹き出しそうになったわ」
ゲラゲラと笑うコルネだったが、ふっと声のトーンを落とした。
「……でもな。お前の家族を見てて、お前みたいな素直でおおらかな人間が出来上がった理由が、よう分かったわ」
「え? つまり……?」
「ええ家族や、いうこっちゃ」
なぜかコルネに家族を褒められ、俺は胸の奥がじんわりと温かくなり、すごく誇らしい気持ちになった。
◇
結局、俺たちはファルケンの実家に三日間滞在した。
出発の日の朝、玄関前ではナターシャが涙をポロポロとこぼしながらコルネに抱きついていた。
「また必ずお会いできますから。泣かないでくださいませ、ナターシャ様」
そう言って優しくナターシャの頭を撫でるコルネ。その光景は、どこからどう見ても本当の仲の良い姉妹そのものだった。
そしてもちろん、これからの長旅に必要な資金は、両親から潤沢な援助を受けることができた。
「アルジャン、必ずコルネちゃんを無事に故郷まで送り届けてあげるんだぞ!」
父と母からの温かいエールを受けながら、俺たちはついに再出発を果たした。
向かうは、北。
途中の街までは馬車で移動し、その先はいよいよ険しい道のりを徒歩で進むことになる。
遠ざかる実家と手を振り続ける家族に向かって、馬車の上から手を振り返しながら——コルネは、流れる景色を見つめてぽつりと呟いた。
「……ウチも、早く家族に会いたくなったわ」
そのどこか寂しげな横顔を見て、俺は思った。
——まあ、脅されて始まった奴隷生活(下僕)ではあるが、無事に家族のもとへ送り届けてやるのも悪くはないかもしれない、と。




