05 楽しい買い出しのはずが、なんだか物騒です
「えっ」
「間違いなく、さっきの店の男の差し金やろな」
「えっ……なんで!?」
「お前もおめでたいやつやなぁ。お前を消して、ウチを強引に奪うつもりに決まってるやろ」
それを聞いた瞬間、俺の血の気が一気に引いた。
そうだ……ここは冒険者の街だ。俺が路地裏で突然消えたところで、大した騒ぎにはならない。
突如、俺の膝がガクガクと悲鳴を上げ始めた。
「コ、コルネさん……どうすれば……!?」
「このまま、気づかへんフリして進むんや」
恐慌をきたしかけた俺の顔を見て、コルネはふっと柔らかく笑った。
「大丈夫や。ウチに任せとき」
その力強い笑顔を見たら、不思議と俺の足の震えはピタリと収まったのだった。
◇
コルネの巧みな誘導に従い、俺たちは意図的に人通りの途絶えた見通しの悪い空き地へと足を踏み入れた。
そこまで来ると、追っ手たちも隠れるのをやめたようだ。
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた三人の男たちが俺たちを囲み、無言で腰の剣を抜いた。
相手は武装した大の男が三人。
対する俺は——今日は丸腰だ。完全なる絶体絶命!
男たちの顔には余裕が浮かんでいる。
丸腰の男一人に、華奢な奴隷少女一人。楽勝だと思っているのだろう。
だが——コルネは、今日購入したばかりの短剣をすでに装備していた。
コルネはワンピースの裾をさっと翻し、太もものホルダーに忍ばせていた短剣を鋭く引き抜いて構えた。
男たちの余裕の表情が、一瞬で驚愕へと変わる。
だが、すぐに鼻で笑い、ニヤけ顔を取り戻した。
所詮は可愛らしいお嬢ちゃんの抵抗。短剣一本で何ができる、と高を括っているのだ。
「アルジャン。あいつらの狙いはお前や。ウチから離れたらあかんで」
直後、男たちが一斉に俺に向かって襲いかかってきた。
それと同時に、コルネの叫びが響く。
「おすわり!!」
ビタンッ!!!!
「ぎゃふぅうんん!!????」
その瞬間、俺の体は超自然的な力で地面に凄まじい勢いで叩きつけられた!
突如として視界から消えた標的(俺)に、襲いかかろうとしていた男たちが「えっ!?」と完全に凍りつく。
その一瞬の隙を、コルネは見逃さなかった。
まるで舞を踊るかのように可憐に、そして残酷なほど圧倒的な速度で跳躍し、男たちの懐へと潜り込んでいく。
刃の背で手首を砕き、華麗な脚蹴りで顎を撃ち抜き、最後の一人の鳩尾に強烈な掌打を叩き込む。
俺は地面に腹を擦り付け、縛り付けられた格好のまま、彼女が戦う姿を呆然と眺めていた。
(……美しい)
心から、そう思った。
次の瞬間には、三人の男たちが苦悶の声を漏らしながら地面に撃沈していた。
静寂が訪れた空き地の中、ただ一人佇むコルネの背中を、落ち始めた夕日が橙色に美しく照らし出している。
「みね打ちや。安心しぃ」
短剣を鞘に収めると、コルネはくるりと振り返った。
「よしっ」
そう言って俺の『おすわり』を解除すると、地面に転がっていた俺の手を力強く引っ張り上げてくれた。
「ようがんばったな」
夕空を背に、優しく微笑む彼女の顔を見て——俺は、危うく泣きそうになってしまうのだった。
◇
俺たちはうめき声を上げる男たちを置き去りにし、急ぎその場を離れた。
「アルジャン。お前、あの男の居場所調べることできるか?」
歩きながら、コルネが真剣な目つきで尋ねてくる。
「はい。あの身なりですし、名の知れた実業家でしょうから、ギルドで聞けば分かるかと」
案の定、ギルドで尋ねると、すぐにバンの屋敷の場所が分かった。
「しかし……居場所を知って、一体どうするんですか?」
「まあ、あとはウチに任せとき」
コルネはそう言い残すと、宿へ戻るなり俺を一人部屋に残し、夜の闇の中へとすっと姿を消してしまった。
(……大丈夫だろうか)
部屋で一人、生きた心地もしないまま不安な思いで待っていると、小一時間ほどでコルネが何事もなかったかのように帰ってきた。
「コ、コルネさん! 一体どこへ……まさか!?」
「そのまさかや。あの男の屋敷に忍び込んできたで」
「えぇぇっ!?」
驚愕のあまり声をひっくり返す俺をよそに、コルネは淡々と報告を続ける。
「それでなぁ、ベッドでスヤスヤ寝とるあいつの首筋に、ナイフをこう……スッと突きつけてやな」
コルネはニッと八重歯を覗かせて笑う。
「『次はないで?』って、しっかり脅しといたわ」
「す、すごすぎる……」
「ふふん。ああいう自分は安全な場所にいると思っとる奴は、自分が襲われることなんか1ミリも考えてへんからな。案外、奇襲なんて楽勝やねん」
悪戯が成功した子供みたいに楽しそうに笑うコルネを見ながら——
(ああ、この人だけは……絶対に絶対に敵に回してはいけない……!)
俺は心底、身の毛のよだつ思いで深く実感したのだった。
◇
翌朝、俺とコルネは交易都市オルディナを旅立った。
向かうは東方にある隣町——「貿易都市ファルケン」。俺の両親が住む街だ。
なお、この国は東西に平野が広がっており、この方向の移動は比較的楽である。高低差が少なく、何より馬車での移動が可能なのだ。それに対して南北の移動は困難を極める。急峻な山脈と谷が連なり、深い森に覆われているため、基本は徒歩での移動となる。
そんなわけで、今回の移動手段はもちろん馬車だ。朝に出発すれば、夕方には到着する手軽な道のりである。
しかし、冒険者になってからもろくにクエストをこなしていなかった俺にとって、街の外へ出るのはほぼ初めてのことだった。
思わず「胸が躍るな」とコルネに伝えたところ、
「お前の人生、ウチがおらんかったらほんま終わってたなぁ」
となぜか凄まじい恩を着せられた。
まあ……強ち間違ってもいない気がするので、反論はせずに黙っておいた。
それでも、夏の新緑の中、街道をゆく馬車の旅は実に快適で楽しかった。
コルネも目を輝かせ、御者席の横から流れる風景を物珍しそうに見入っている。
(……なんだか、新婚旅行みたいだな)
そんな甘い妄想を抱いてフッと頬を緩ませていると、
「なに一人でにやついてんねん。きも」
とコルネから容赦のない不審の目が向けられた。
◇
そして夕方。俺たちは無事に「貿易都市ファルケン」へと到着した。
商人たちの集うファルケンは、交易都市オルディナに負けず劣らずの活気に満ちあふれている。
俺は、きょろきょろと周囲を見回してお上りさん状態になっているコルネを連れ、実家へと向かった。
屋敷の前に到着すると、コルネが「すごー……」と素直な感嘆の声を漏らした。
まあ、無理もない。俺の実家はいわゆる豪邸だ。商売で大成功を収めた両親が建てた、絵に描いたような成金屋敷である。
立派な門をくぐると、敷石の音に気づいた母親が玄関から飛び出してきた。
「まあまあ! アルジャン、おかえりなさい! 急に帰ってくるなんてどうしたの? ……あら、そちらのお嬢さんは?」




