04 猫耳少女と一緒にいると、なぜか金が減っていく
「男は外見なんか関係ないで。大事なのは中身や。どんだけ強くて、どんだけ男気があるか。それだけや」
慰めてくれている風でもない。彼女は心の底から、本気でそう思っているのだ。
——外見は関係ない、か。
そう言われると、なんだか少しだけ救われたような気持ちになる。
……が、俺はすぐに重要な事実に気がついてしまった。
「俺……中身も、無いんですけど? にゃ」
「ハハッ!」
コルネが豪快に笑い声を上げた。
「そんなん、これからどうにでもなるやん!」
さすがは武闘派部族のサラブレッド。考え方が非常にスカッとしていて、聞いていて不思議と気持ちが良い。
「ところで、お前」
「はい、にゃ」
「その『〜にゃ』付けるの、もうええわ。飽きた」
「えっ」
こうして、俺の贖罪(罰ゲーム)は、あまりにも突然に終了したのだった。
◇
「そういえば……」
食事が一段落したところで、コルネが思い出したようにつぶやいた。
「はい」
「お前」
「はい」
「名前、なんやっけ?」
「ちょっ!?」
「ごめん。忘れてしもうた」
「『ヴェルザール族』族長バシュラの娘、コルネリア・ヴァル=バシュラさん?」
「うん」
「俺、昨日聞いたコルネさんのフルネーム、ちゃんと覚えてますよ? それなのに俺の名前忘れてるなんて、ひどくないですか!?」
「ごめんて。ウチ、お前のことあんまり興味ないのかもしれへん」
しれっと、ものすごくショックなことをのたまう。
……まあ、いい。気を取り直して。
「アルジャン・ド・フォンテーヌです」
俺は改めて名乗った。
「長いわ」
(いや、あんたのフルネームもたいがい長いぞ!?)
心の中で即座にツッコミを入れる。
「それにしてもアルジャン。お前、ご立派な名前やなぁ。もしかして、ええとこの子なん?」
「まあ……親はそれなりに裕福ですけど」
「なんや、ボンボンかいな! まあ、あの宿の豪華な部屋見てうすうす気づいてたけどな」
とたんに、コルネがニヤリと悪い顔をした。
「で、お前の両親どこに住んでんの? なにしてる人?」
「隣街ですけど……商人やってます」
「よし。最初の目的地が決まったで。お前んちや」
「なんで!!?」
「『なんで』もあるかいな。これからの長い旅、先立つものが必要やろ?」
言われてみれば……コルネ自身や彼女の旅装束や武器などの購入で、俺の持ち金はほぼ底をつきかけていた。
「……俺の親に、旅の費用を出してもらおうと?」
「人聞きの悪い言い方せんといて。ちょっと『借りる』だけやん」
悪びれもせず言い放つコルネ。
(でも……まあ、たしかに彼女の言う通りだ)
残念ながら、俺自身に金を用立てる力がないのは紛れもない事実である。であれば、もう少し親のすねをかじらせてもらうのも致し方ない。
……いや、待て。
この女、何を当たり前みたいな顔して、下僕の親の財産をアテにしているんだ!? とんでもない奴だぞ!?
俺があきれ果てて口をあんぐり開けていると、タイミングよく食後のデザートが運ばれてきた。
「お待たせいたしました。デザートのチーズケーキでございます」
「ちーずけーき……?」
コルネは運ばれてきた三角のケーキを、珍しそうにまじまじと見つめる。
「コルネさん、もしかしてチーズケーキは初めてですか?」
「うん。こんなん初めて見たわ」
興味津々といった様子で、コルネはフォークで一口分を切り取り、ぱくりと口に運んだ。
「……んまっ!!」
瞬時に、コルネの青い目が限界まで見開かれた。
「なにこれ!? めっちゃうまいやん!」
ぱくり、ぱくりと、まるで小動物のような勢いであっという間に平らげてしまう。
そして——
じーーーーーーっ。
物欲しそうな瞳で、俺の皿に乗ったチーズケーキをガン見してきた。
(これはダメだ……!)
俺だってチーズケーキは大好物なのだ。このままだと間違いなく強奪される……!
俺は素早く手を挙げ、店員さんを呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「彼女に、チーズケーキのお代わりをお願いします」
「かしこまりました」
「……ええのん?」
コルネが驚いたように目を丸くする。
「はい。もちろん」
「ありがとう! アルジャン、お前ええやつやなぁ!!」
さっきまで俺の名前すら忘れていたくせに、満面の笑みで手のひらを返すコルネ。
現金な猫耳娘だなと思いつつも、その無邪気な笑顔に、俺は少しだけ胸が高鳴ってしまうのだった。
◇
食事を終え、大満足した様子のコルネとともに席を立とうとした、まさにその時だった。
「失礼。少しよろしいですかな?」
声をかけられ振り返ると、俺たちのテーブルのそばに一人の男が歩み寄ってきていた。
四十歳前後だろうか。仕立ての良いスーツに身を包み、温厚な笑みを浮かべている。いかにも品の良い紳士といった人物だ。
「はい。どうされましたか?」
俺が応じると、その紳士は俺の方へと向き直り、丁寧にあいさつを口にした。
「突然の無礼をお許しください。私はこの街で事業を営んでおります、バン・ベイヘンと申します」
「はぁ……」
実業家とやらが、一体なんの変哲もないFランク冒険者の俺に何の用なのだろうか。まったく見当もつかない。
「こちらの猫人族の少女は……あなたの奴隷ですかな?」
「あ……はい。そうです。彼女は俺の奴隷ですが」
表向きの口裏を合わせるべく、俺はそう答えた。
バンと名乗る男は、コルネの顔をまじまじと見つめる。そして、さも感心したように頷いた。
「実に美しい……。私は大変心を動かされました。どうでしょう、物は相談なのですが……この少女を私に譲っていただけないでしょうか?」
その言葉を聞いた瞬間、コルネの右の眉がピクリと動いた。
「譲る……?」
「はい。譲っていただけないでしょうか。あなたが購入した金額の『十倍』をお支払いしましょう」
「……っ!?」
十倍!? 金貨三千枚……!?
突然の跳ね上がった金額と申し出に、俺は一瞬で困惑した。
(いや待て待て待て! そもそも、彼女は俺の奴隷なんかじゃないんだぞ!?)
事態を把握していない男の勝手な提案に、俺は首を横に振った。
「申し訳ありませんが、そのお話には応じられません」
「どうしても……駄目ですかな?」
「すみませんが、どうしても駄目です」
「……」
「……」
しばしの沈黙が流れる。
バンは穏やかな微笑みを崩さないまま、ふっと息を吐いた。
「分かりました。諦めましょう。突然ぶしつけなお願いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って紳士的に頭を下げると、男は静かに食堂を去っていった。
俺はコルネの方を向き、呆れたように肩をすくめてみせる。
「まったく……人をモノみたいに。困ったものですね」
すると、コルネはフンと鼻を鳴らした。
「まったくやで。人族の男どもはほんまに……。……それにしても、アルジャン」
「はい?」
「お前、即答で断ってくれたな。……ちょっと嬉しかったわ」
ふっと、かわいらしい笑みを浮かべるコルネ。
(あ、そういえば……)
断った理由は「奴隷じゃないから」だけじゃない。
直感的に「コルネを他人に渡したくない」と思って即答していたのだ。
昨日あれだけ徹底的に蹂躙され、下僕に落ちぶれさせられたというのに。
……俺は、自分で思っている以上に相当なM体質なのかもしれない。
◇
食堂を出て、宿に向かって賑やかな街並みを歩いていた、その時だった。
ふいに、横を歩いていたコルネが俺の腕にしがみついてきた。
柔らかい感触とともに、ふわりと甘く心地よい香りが鼻をくすぐる。
「な、なななコルネさん!? いきなりどうしたんですか!?」
突然の密着に心臓が飛び跳ねる俺に対し、コルネは顔を寄せたまま、声をひそめて囁いた。
「お前、つけられてんで」




