03 猫耳少女のお風呂と、俺の逃亡計画
「さてと」
コルネはベッドの上で大きく伸びをした。
ひととおり喋り倒して、満足したようだ。
「そしたら、今日は風呂入って寝るか〜」
「……」
「さっき風呂場見たけど、お前の部屋の風呂、すごいな! 勝手にお湯まで出てきよる!」
「……ありがとうございますにゃ」
まあ、このあたりでは一番高い部屋だからな。
「よし、ウチは風呂に入る」
そう言って、コルネは軽やかな足取りで浴室へと消えていった。
——と思ったら、浴室のドアからちょこんと顔だけをのぞかせた。
「それでも、お前には感謝してるんや。あそこから連れ出してくれてありがとう」
ふわりと微笑む。
……かわいい。心臓が跳ねる。
「それから」
「……はい、にゃ」
「覗いたら、殺すで?」
「絶対に覗きませんにゃ!!!」
氷点下の声と鋭い眼光に、俺は首がもげるほどの勢いで頷いた。
◇
コルネがシャワーを浴びる水音が聞こえ始めた。
俺の中に、悪魔的な閃きが駆け巡る。
(……今なら逃げ出せるんじゃないか!?)
そうだ。この隙に部屋を飛び出し、夜の街へ逃げ込めばいい。辺境最強の猛獣だろうと、入り組んだ路地裏までは追ってこられないはずだ。
俺は息を殺し、忍び足で部屋のドアへと向かった。
そして、静かにドアノブへ手をかけた——瞬間。
「ぐふっ!!???」
突如、腹の底から焼け付くような激痛が突き抜けた。
「うぇえええええっ!?!?」
あまりの激痛と全身の強烈な麻痺に、俺はその場に激しく倒れ込み、虫のようにのたうち回った。
痛い! 痛い痛い痛い!! 息が吸えない!!
『服従の判子』——主人の許可なく逃亡を試みた場合、強力な身体制限が発動する。魔導具屋のオヤジが言っていた『性能は折り紙つき』という言葉は、恐ろしいまでに正しかった。
俺は命からがら這いつくばり、ベッドの脇まで戻ってようやく痛みが引くのを待った。
◇
「ふぅー、さっぱりしたわ。温かいお湯は最高やな!」
やがて、湯気を立ち上らせながらコルネが浴室から出てきた。
濡れた髪を拭きながら、ご機嫌な様子で歩いてくる。
「ようし、寝るかあ!」
コルネは広々としたふかふかのベッドに、ダイナミックに大の字になって横たわった。
「あのう……コルネさん?」
「なに?」
床にうずくまったまま、俺は恐る恐る声をかけた。
「俺は……どこで寝ればいいんですか……にゃ?」
コルネは一切こちらを見ようともせず、無言のまま、すっと細い人差し指で『床』を指さした。
「……あの。そのベッド、余裕で二人は寝られる広さなんですが……にゃ?」
コルネは黙って、床を指さしたまま微動だにしない。
「……」
「……」
「そうですよね。にゃ」
床で寝るなんて。
人生で、初めてかもしれない。
◇
交易都市オルディナ。
王国南方に位置する、豊かで平和な商業の街だ。
ここが、俺の住む街である。
その大通りを、俺はコルネとともに歩いていた。
コルネは昨日俺が買い与えた青色のワンピースに身を包み、興味深そうに街のあちらこちらへ目を向けている。
今日はコルネの故郷『ヴァルザック山脈』への出発に向け、旅の準備を進めることになったのだ。
ちらりと、横を歩くコルネの様子を見る。
それにしても……こうして見ると、やはり清楚で美しい少女である。
心なしか、行き交う人々からの熱視線を感じる。胸が高鳴った。
俺の十五年の生涯において、このような美しい女性と歩いたことなど一度もない。
それどころか、女性と二人で歩いたことすら無かった。
(どうだ? うらやましいだろう?)
ふと、そんな優越感に浸ってしまう。
そして——誰も、俺が実は彼女の『下僕』であるとは思いもしないだろう。
(どうだ。びっくりだろう? そうだろう?)
……。
なぜか、テンションが一気に急降下していくのを感じた。虚しい。
◇
俺たちが最初に向かった先は、冒険者ギルドだ。
目的は、コルネを冒険者として登録するため。これからの長旅、冒険者証があったほうが何かと都合が良いからだ。
俺は受付へ向かい、コルネの背中を軽く押した。
「このコルネの冒険者登録をお願いしたい。彼女は俺の奴隷だ」
「承知いたしました。ではコルネさん、こちらの登録用紙にご記入をお願いします」
ちなみに、表向きは『コルネは俺の奴隷』ということで通すことにした。そのほうが何かと都合が良いという、コルネからの提案だ。
なお、コルネの職業は『軽戦士』とした。
彼女の場合、武闘家でも戦士でもいけるのだろうが、見た目とのギャップが出ないように考慮したのだ。「何事も目立つのは良くない」というのが、彼女の考えらしい。
◇
ギルドでの手続きを終え、次は武器屋と防具屋を巡る。
「このワンピースでは山登りは無理やからなぁ」
コルネがうそぶくが、まさにその通りだと思う。
彼女は身動きのしやすい上質な旅装束と革の胸当て、そして戦闘用の短剣と弓矢を購入した。
どれもこれも、一級品の素晴らしい品揃えだ。
もちろん、支払いはすべて俺の財布からである。
ジャラジャラと減っていく金貨の音を聞きながら、俺は心の中で血の涙を流した。
一通りの準備を整えた後、俺たちは街中の少し洒落た食堂に入り、昼食をとることにした。
テーブルの向かい側で、料理を実においしそうに食べるコルネ。
こうして向き合っていると、まるで本当にデートをしているのではないかと錯覚してしまう。昨晩の悲惨な蹂躙劇が、まるで嘘のようだ。
「ところで、一つ質問なんやけど」
料理を口に運びながら、コルネがふと尋ねてきた。
「はい。なんですか、にゃ?」
「お前、なんで奴隷の女なんて買おうと思ったん?」
「うっ……」
あまり突っ込んでほしくない質問である。俺は気まずさに目を泳がせた。
「……あの、俺の『ヒロイン』が欲しいな、と思いまして。にゃ」
「あー……自分の女ね。そんなん、好きな女、力づくで奪ったらええやん?」
モグモグと肉を噛みちぎりながら、コルネはあっけらかんと言い放つ。
「女はなぁ、勇敢な男に奪われるのを待ってるもんやで?」
なぜか深みのある名言っぽく語るコルネ。
「いや、それはコルネさんの種族内の考え方ですにゃ! この街じゃ、俺みたいな少しぽっちゃりした男なんて、誰も相手にしてくれないんですにゃ……」
自分で口にしていて、何だか猛烈に悲しくなってきた。
すると、コルネは心底呆れたような声を上げた。
「お前、アホやなぁ」
「……え?」




