02 猫耳少女との生活、思ってたんと違う
ゴツン。
誰かが俺の頭を小突いた。
その衝撃で目が覚める。
天井が見える。そこに誰かが覗き込んできた。
ああ、コルネだ。
「お前、いつまで寝とんねん?」
「?」
俺は思わず起き上がる。
ズキンと首に痛みが走る。
「あいたたた」
そういえば、先ほどコルネのハイキックを食らって……って、コルネがハイキック!?
見ると、コルネは俺のベッドに腰掛け、俺の方を見つめていた。
が、その表情。呆れたような、それでいて自信にあふれている表情。先ほどの憂いを含んだ不安げな表情とはまるで違う。なんだろう?
「コルネ? これは一体……?」
「お前、自分の腹めくって見てみ?」
コルネが俺を指さす。なんのことだ?
俺は言われるまま自分の服を捲り上げ、腹を見る。
そこには、黒く刻まれた紋章。
これは?
「そう。その『服従の判子』とかいうやつや。ウチが、お前に押した」
「へ?」
思わず間抜けな声が漏れる。
「つまりやな」
「つまり……」
「今日から、お前はウチの奴隷や」
◇
「ほんまはな」
コルネが足を組み替える。
「お前が判子もって近づいてきたとき、蹴り殺そう思たんや」
「ころっ!?」
コルネの口から出たあまりに物騒なワードに、俺は絶句した。
「でもな、その『服従の判子』いうやつ。これは使える思て、手加減したった」
そして、コルネはおかしそうにニヤリと笑う。
「お前、その判子に命救われたな」
俺はますます混乱した。
「おい、コルネ。これは一体——」
「コルネさん、やろ!」
ドスの利いた声が部屋に響く。俺は思わずびくりと身体を跳ねさせた。
「こ、コルネさんて……年下の子供に敬語なんて……」
コルネが目を細める。
「ウチ、16歳やで?」
「ええっ、16歳!? 年上!?」
「年上って、お前、いったい何歳なんや?」
「お、俺は、15歳……」
「15歳!?」
今度はコルネが驚愕の声を上げた。
「30くらいのおっさんかと思ってたわ!!」
そして、ベッドの上で腹を抱えて転がりだした。
「その顔で、15歳て。15歳てぇ!!」
なに、この失礼な女。
本当にさっきまでの可憐なコルネと同一人物か!?
ひとしきり転げまわった後、コルネはピタリと動きを止め、俺に向き直った。
「ところで、その『服従の判子』、具体的にどういう効果があるんや?」
一方的にしゃべるコルネの態度に腹が立ったが、なんだかめちゃくちゃおっかないので、余計なことは言わずに素直に答えることにした。
「主人に逆らおうとすると、身体が激痛・麻痺・強烈な金縛りに襲われ、物理的に反抗・逃亡することが不可能になるらしい……です」
「ほう。それは凄まじいな」
「あと、オプション機能で『おすわり』って言うと、強制的に地に伏せられるらしい……です」
「へぇ、それはおもしろいなあ」
コルネはそう言って、じっと俺を見つめた。
……嫌な予感がする。
「おすわり!」
その瞬間、俺の身体を強烈な重力が襲った。全身が床へと叩きつけられる。
「ぐふぉっ!?」
「うわ。これ、えぐいなあ……」
コルネが感心したように頷いている。
俺は、地面に顔を押し付けられた状態で進言する。
「あ、あの、コルネさん……? 『よしっ』って言ってもらえたら、『おすわり』が解除されます……」
「ああ、そうか。では、『よしっ』」
途端に強烈な重力は消え去り、俺の身体は自由を取り戻した。
「ふぅううう……っ」
肩で息を吐く俺の様子を、コルネはまじまじと見つめ、
「それにしても」
「はい……」
「お前、こんなえぐい判子、わたしに押そうとしてたんやなあー」
しみじみと言い放つ。
「そういうことになりますね……」
「そういうことになるなあ…」
「……」
「……」
「おすわり!」
「ぎゃふぅうんん!!??」
俺は再び、容赦なく床へと叩きつけられたのだった。
◇
「ところで、お前……」
二度の『おすわり』で息絶え絶えの俺を、コルネが真剣な顔で見下ろしてくる。
「さっき、ウチに『〜にゃ』付けさせたやんな?」
「はい。たしかに……」
「……」
「……」
「あれ、正直、かなりキモかったわ」
「えぇっ!?」
可愛いと思っていたのは俺だけだったのか!?
「いくら奴隷やから言うて、やってええことと悪いことがある」
真顔で淡々と指摘されると、かなりへこむ。
「はい……すみません……」
「罰として、お前も今から『〜にゃ』付けて喋れ。ええな?」
「……」
「……」
「……わかりました。にゃ」
「『にゃ』て!!」
途端にベッドに転がり、お腹を抱えて爆笑し始めるコルネ。
うむ、めちゃくちゃむかつく。
しばらくベッドの上で派手に転げ回った後、コルネはピタリと動きを止め、俺に向き直った。
「さて、雑談はこれくらいにして、本題に入ろか?」
「……はい。にゃ」
コルネはベッドの上にちょこんと座り、居住まいを正した。
「まずは改めて自己紹介や。ウチは『ヴェルザール族』族長バシュラの娘、コルネリア・ヴァル=バシュラ。みんなからはコルネと呼ばれてる」
「ヴェルザール族! 族長の娘! にゃ!」
「そう、『ヴァルザック山脈』の奥に集落を構えてる。あのあたりでは最強の部族って言われてるんや」
『ヴェルザール族』という名は初耳だったが、しかし——『ヴァルザック山脈』といえば、この国の北に位置する広大な山脈だ。
たしか、いくつもの山々が連なり、その奥深くまで足を踏み入れる人族はほとんどいないはず。
(コルネは、そんな遠いところからやってきたのか……!?)
それにしても、辺境をまとめる族長の娘とは。あんな一撃必殺のハイキックが飛び出すわけである。
ふと、俺の中に素朴な疑問が浮かんだ。
「その族長の娘さんが、なぜ奴隷商人なんかに捕まったんですかにゃ?」
「うっ……」
途端にコルネは、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「油断してしもうたんや……」
「油断……にゃ?」
「ひとりで麓に降りて行った時のことや。あいつらが持ってた『またたび』いうのんにやられてしもうた……」
「またたび!? にゃ!?」
「うん、またたび。あんなん、ウチらの故郷には無い。あれは、ほんまにアカンやつや……思い出しただけで体がふわふわしてくる……」
猫耳をペタンと寝かせ、悔しそうに頭を抱えるコルネ。
しかし、すぐにぶんぶんと首を振った。
「いや。結局はウチの慢心、油断があったいうことや。まだまだ修行が足りひん」
そして、青い瞳で俺をじっと見つめる。
「それで、おとなしいフリして逃げ出す隙を伺ってたら、ノコノコとお前が買いに来たというわけや」
背筋がヒヤリとした。
なんと俺は知らず知らずのうちに、辺境最強部族の族長の娘を金貨300枚で買い取っていたのだ。
俺が顔青くして震えているのも知らず、コルネは言葉を続ける。
「せやからな。故郷に帰ること。それがウチの目標や」
コルネの瞳に、力強い光が宿る。
「親父も心配しとるやろうし。許嫁も待っとるやろうしな」
「許嫁?」
「そう。幼馴染や。まあ、ちゃんと待ってくれとるか知らんけど」
「そうなんですね」
この猛獣の許嫁か。気の毒に。
いや、待てよ。
ご両親と許嫁のもとへ速やかにお引き取り願う。それが俺にとっても一番平和な解決なのでは?
「ところで、お前。さっきウチのこと『親元に連れてってやる』って言ったやんな?」
「ええ。たしかに言いましたにゃ」
「あの言葉……うれしかった」
ふっと、コルネの表情があの昼間見せた、儚げで吸い込まれそうな美しい笑みに戻る。
「……」
「せやからお前、ウチのこと故郷までちゃんと送り届けてな?」
「……はい?」
「雑用と荷物持ち、よろしくな」
「……」
「ありがとうな」
「……」
こうして俺は、辺境最強の猫耳娘の帰郷に、下僕としてお供させられることとなったのだった。




