24 「ただいま」が聞こえました
「……」
「……」
「…ええよ」
差し出された小さな手を握る。
じんわりと温かさが伝わってきた。
「ほな……次は肉やな!」
「はい!」
俺たちは手をつないだまま、賑やかな市場を再び歩き出した。
◇
翌朝。
俺たちは、『ベルヴェディア』を後にした。
「このへんは集落が点在してるからな。山に入るまでは、野宿せんで済むで」
そう言いながら、コルネが歩き始めた。
俺も荷物を背負いなおし後を追う。
眼前に広がる『ヴァルザック山脈』が朝日を受けてきらきらと輝いている。
そこに向かう道を意気揚々と歩く旅装束の猫耳少女。
美しい光景だと思った。
いつまでも眺めていたくなるような光景だった。
ふと、名案が浮かんだ。
コルネを故郷に送り届けたあと。
今度は俺から、一緒に旅に出ないかと誘ってみるのはどうだろう。
もしかしたら、コルネなら「ええで」と言ってくれるかもしれない。
そう考えると、自然と胸が弾んだ。
二人でのんびりと平原を進むのは楽しかった。
平坦な道。
野獣や魔物の気配もない。
暖かい日差し。心地よい風。
どこまでも歩いて行ける。
そんな気がした。
夜は、集落の宿に泊まった。
質素ながら心のこもった夕食をいただき、暖かいベッドで眠った。
そんな穏やかな旅を続けること四日。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、『ヴァルザック山脈』の麓の集落にたどり着いた。
「いよいよ明日から山に入るで。まあ、安心しい。この山はウチの庭みたいなもんや」
コルネの目が輝く。
◇
『ヴァルザック山脈』の道のりは、これまで登ってきた山々よりも険しかった。
しかし、道なき道だろうが険しい崖だろうが、コルネは軽やかに登っていく。
さすが、「ウチの庭」と言い切るだけのことはある。
俺も重い荷物を背負いながら、なんとかその後についていく。
ときおり、先を行くコルネが振り返り、
「ほれ」
と、手を差し伸べてくれた。
◇
夜は早めに野営の準備に取りかかった。
せっせと周囲に罠を仕掛ける俺を見て、コルネが呆れたように笑う。
「ほんま、好きやなぁ」
枯れ枝を集め、火を起こす。
鍋を取り出し、水と干し肉を入れる。
ぐつぐつと煮える鍋を眺めながら、器を二つ取り出した。
「……できましたよ」
「おう。うまそうや」
出来上がったスープを器によそい、二人並んで焚き火の前で食べた。
やがて夜が更ける。
草の上に毛布を敷き、横になって空を見上げる。
満天の星が、夜空いっぱいに広がっていた。
そのまま目を閉じる。
「夜の山は冷えるなぁ」
そう言いながら、コルネが当然のように俺の毛布へ潜り込んでくる。
俺も当然のように、その小さな身体をそっと抱き寄せた。
コルネは何も言わず、俺の胸に顔をうずめた。
暗闇の中、風が木の葉を揺らす音だけが響いていた。
◇
山を登るほど、あたりの景色は変わっていった。
周囲の山々は間近に迫り、雲海の隙間からは、ときおり麓の平原がはるか下に見えた。
山に入って三日目の朝。
なだらかになった山道を進んでいると――
「止まれ!」
突然、上から声が降ってきた。
見上げると、木の上から二人の男がこちらに弓を構えている。
そのとき、コルネが顔を上げた。
「あ」
「コルネさま……?」
コルネの顔が、ぱっとほころんだ。
「ただいま」
二人の男は慌てて木から飛び降り、コルネの前にひざまずいた。
「よくご無事で」
「ずっと探しておりました」
「ああ。心配かけたようやな」
「おい、ダウル。お前は村に知らせろ」
「兄ちゃん、わかった!」
一人が山道を駆けていく。
残った若者が俺たちに向き直った。
「村までお供します」
そして、俺を見る。
「そちらの方は?」
「ウチの仲間や。ウチをここまで送り届けてくれたんや。命の恩人や」
「それは……なんと感謝すればよいか。さあ、どうぞご一緒に」
◇
しばらく歩くと、村が見えてきた。
「アルジャン。あそこが『ヴェル=グラッド』。ウチの故郷や」
村をぐるりと囲む木の塀。その中央にある大きな門が開け放たれ、大勢の人たちが集まっているのが見えた。
「おとうちゃん! おかあちゃん!」
突然、コルネが駆け出した。
その先には、壮年の大男と、その隣に寄り添うように立つ女性の姿があった。
コルネは勢いよく、二人の胸へ飛び込んだ。
「コルネ……コルネ……!」
「おとうちゃん……おかあちゃん……!」
三人は強く抱き合い、何度も互いの名を呼びながら泣いた。
(ああ、よかった。本当に、よかった)
そのとき――
「コルネ!」
集まった人々の中から、一人の青年が叫んだ。
その声にはじかれたように、コルネが振り向く。
「カイル!」
コルネが駆け出した。
青年も人混みから飛び出してくる。
二人はそのまま駆け寄り、強く抱き合った。
「ずっと探してたんや。でも、見つけられへんかった。ごめん。ごめんな」
「ええんや。ウチのこと、待っててくれたんか?」
「当たり前や」
待っていた――?
その言葉に、何かが引っかかった。
そして、思い出した。
コルネと出会った、あの日。
『許嫁も待っとるやろうしな』
確かに、そう言っていた。
(ああ……そうだった)
どうして俺は、こんな大事なことを今まで忘れていたんだ。
二人はまだ、抱き合っている。
俺はただ、その姿を見つめていた。
◇
コルネの両親は俺の手を取り、何度も何度も礼を述べた。
そして、コルネを連れて村の中心にある族長の家へと入っていった。
まずは身を清め、長旅の疲れを落とすのだろう。
いや、そんな堅苦しいものではないか。
家族団らん。
きっと、そういう時間なのだ。
「アルジャン。あとでな!」
家へ入る直前、コルネが振り返って俺に手を振った。
「はい。またあとで」
俺も手を振り返した。
「さあ、アルジャン殿。こちらへ」
声をかけてきたのは、村でもそれなりに偉い立場らしい男だった。
俺はその人の家へと案内され、客人としてもてなされた。
湯を用意してもらい、久しぶりに身体の汚れをきれいに落とす。
そのあと、用意してくれた温かい料理をいただいていると、一人の男が訪ねてきた。
カイルだった。




