21 山を越えた、その先で
けれど——。
これこそが、狙いだった。
この場所だけ、あらかじめ鋸で屋根板に切れ込みを入れ、わざと強度を落としておいた。
俺一人が乗っているだけなら崩れない。
だが、狼ロードほどの巨体が乗れば、ひとたまりもない。
そして、その真下には。
——バチンッ!!
聞き慣れた音が響いた。
「うわっ!?」
「バゥウッ!?」
落下した次の瞬間、身体が猛烈な勢いで上へ引っ張られた。
俺とボスの身体が、もつれ合ったまま宙へと吊り上げられる。
『ロード殺し』。
屋根を突き破った狼ロードが、そのまま真下の罠へ落ちるように仕掛けておいたのだ。
「か、かかった……!」
すぐ目の前で、ボスがワイヤーに絡め取られてもがく。
「グルッ……バゥウウッ!?」
さっきまであれほど恐ろしかったボスが、宙吊りになって間の抜けた声を漏らしている。
成功した。
最後の仕掛けが——。
「アルジャンッ! 動くな!!」
コルネの声が飛ぶ。
——ヒュンッ!
「ひぃっ!?」
矢が俺のすぐ横を駆け抜け——ボスの眉間を深々と射抜いた。
「——ッ!」
巨体がびくりと痙攣し、そのまま動かなくなる。
「……死んだ?」
「ああ、仕留めた!」
「や、やったぁ……」
全身から一気に力が抜けた。
勝った。
俺も、コルネも生きている。
◇
その後、コルネにワイヤーを切ってもらい、俺はようやく床へと降ろされた。
「ったく……」
地面にへたり込んだ俺を見下ろし、コルネが呆れたように息を吐く。
「なんでお前まで一緒に落ちてんねん」
「すみません。よけられませんでした」
「アホか。下手したら死んでたんやぞ」
「……はい」
俺は頭を掻きながら、コルネを見上げた。
そして——気づいた。
「……コルネさん?」
コルネの青い瞳に、涙が浮かんでいた。
次の瞬間。
屈み込んだコルネが、俺の頭をぎゅっと胸元へ抱きしめた。
「えっ……」
突然のことに、俺は身動きひとつできなかった。
「……あんな無茶、もうするな」
頭上から聞こえてきた声は、微かに震えていた。
「……はい」
俺は少し迷ってから、コルネの腰へそっと腕を回した。
そして、その震える身体を優しく抱きしめ返した。
◇
「少なくとも、この辺りで狼ロードの群れに襲われることは、もうない」
山小屋の砦を後にしながら、コルネが心から安心したように言った。
この辺りを縄張りにしていた狼ロードの群れは、今回の戦いで俺たちが殲滅した。
おそらく、この辺りで狼ロードに出会うことは、もうないだろう。
それを聞いて、俺は心の底から安堵した。
よかった。本当によかった。
もう、あんな怖い思いは二度としたくない。
それでも——俺の目に映る山の景色は、以前とは少し違って見えた。
これまでは、どこまでも続く木々も、木漏れ日に輝く緑の葉も、ただ美しいとしか思っていなかった。コルネがいる。だから大丈夫。何かあっても、コルネが何とかしてくれる。何の疑いもなく、そう信じていたからだ。
だけど今は違う。この森は——コルネでさえ、命を落としかねない場所なのだ。そう知ってしまった。
木々の向こうに何か潜んでいるんじゃないか。あの茂みの奥から、突然魔物が飛び出してくるんじゃないか。以前ならきらきらと輝いて見えた森が、今はどこか不気味にさえ感じられる。
俺は無意識に周囲へ目を配った。
命の危険を感じながら山を歩く。コルネは、ずっとこんな気持ちで旅をしていたんだろうか。危険がないか確かめながら。俺の面倒まで見ながら。
それなのに俺は——コルネに叱咤されるたびに内心で文句を垂れながら、何も考えず、その後ろをノコノコついて歩いていた。
なんだか、これまでのおめでたい自分が急に恥ずかしくなった。
「アルジャン」
「はい」
「先を急ぐで」
「はい!」
俺たちは周囲への警戒を強めながら、山道を進んだ。
◇
当然、野営にも万全を期した。
「コルネさん」
「ん?」
「前方には落とし穴を掘ってあります。間違って落ちないように気をつけてください」
「わかった」
「右側にはワイヤーを張ってあります。足を引っかけないようにお願いします」
「お、おう」
「あと、左側の獣道には『ロード殺し』を設置してあります」
「…………」
「それから後方には——」
「ちょ、ちょい待ち」
「……はい?」
「…………」
「…………」
「いや……なんでもない。ご苦労さん」
「はい」
なんだ? 妙に歯切れが悪い。どこか引き気味の、変なコルネである。
だが、俺としてはやりすぎるくらいでちょうどいい。もう二度と、あんな目には遭いたくないのだ。前後左右、魔物がどこからやってきても対応できるよう、考えられる限りの罠を仕掛けてから眠る。
夜は、当然のごとく、毛布の中にコルネが潜り込んでくる。
肌から伝わるコルネの体温を感じて、俺は俺たちが生きているのだと心から実感した。
ふと、コルネが、とても大切な存在に思えた。
(……怒られるかな。下手をしたら殴られるかもしれない)
そんな不安が頭をよぎりながらも、俺はそっと彼女の肩を抱き寄せた。
コルネは一瞬だけ小さく体を震わせた。
けれど、何も言わなかった。
しばらくすると、俺の胸元に額を預け、そのまま静かな寝息を立て始めた。
◇
翌朝。
「……また掛かってますね」
「ウサギやな」
仕掛けた罠を確認すると、見事に獲物が掛かっていた。警戒のために罠を増やした結果、食料まで勝手に増えるようになったのだ。なんともありがたい副産物である。
その後は幸いなことに、危険な魔物と遭遇することもなかった。慎重に山道を進み——数日後。俺たちは、ついに長い山越えを終えた。
「うわぁ……」
森を抜けた俺は、思わず声を上げた。




