20 最後に残った、一匹
狼ロードたちは小屋の周囲をゆっくりと回り始めた。
探している。
罠を避けて、こちらへ近づくための道を。
やがて、一匹が山小屋の背後にそびえる巨木へ向かって駆け出した。
「コルネさん!」
「見えとる!」
狼ロードは太い根を蹴り、幹へ飛びつく。そのまま枝へ駆け上がると——。
——ドンッ!
ついに屋根の上へと躍り出た。
その瞬間。
コルネが弾かれたように屋根の中央へ飛び退いた。
俺も同時に、足元のロープを掴む。
打ち合わせ通りだ。
「アルジャン!」
「はい!」
ロープを思い切り引いた。
——ガコンッ!
留め金が外れる。
次の瞬間、狼ロードが着地した側の屋根が、ガクリと大きく傾いた。
「ギャウッ!?」
突然足場を失った狼ロードが、急斜面と化した屋根を滑り落ちていく。
だが——。
ガリッ!
屋根の端で、鋭い爪が板に食い込んだ。
狼ロードの巨体が宙ぶらりんになる。
「グルルルッ……!」
必死に爪を立て、這い上がろうとする。
だが、そこまでだった。
屋根の中央で、コルネが素早く弓に矢をつがえる。
「残念やったな」
——ヒュンッ!
放たれた矢が、狼ロードの眉間を正確に射抜いた。
「ギャウッ……!」
屋根板を掴んでいた爪から力が抜ける。
巨体はそのまま、闇の中へと落下していった。
「一匹」
「……はい」
仕掛けは、ちゃんと通用した。
続けて二匹目が屋根へ躍り上がる。
——ガコンッ!
結果は同じだった。
足場を失って滑り落ち、屋根の端へしがみついたところをコルネの矢が射抜く。
三匹目。
四匹目。
屋根へ上がってきた狼ロードたちが、次々と同じ運命を辿っていった。
しかし——。
——ドンッ!
「えっ!?」
今度は反対側から一匹が屋根へ飛び乗った。
さらに、もう一匹。
俺たちの仕掛けに気づいたのか、傾斜する屋根を避けて登ってきたのだ。
「下がっとけ!」
コルネが弓を放り出し、腰の短剣をギラリと引き抜いた。
◇
「グルァッ!」
狼ロードが飛びかかった。
コルネは牙を紙一重でかわすと、すれ違いざまに短剣を首筋へ走らせた。
「ギャウンッ!」
鮮血を撒き散らしながら、巨体が屋根を転がる。
だが、もう一匹が背後から襲いかかる。
「コ、コルネさん、後ろ!」
「分かっとる!」
コルネが身を翻す。
振り下ろされた爪をかわし、そのまま懐へ潜り込む。
——ザシュッ!
刃が腹を深く切り裂いた。
狼ロードがよろめく。
そこへコルネが身体ごとぶつかり、屋根の端から蹴り落とした。
「はぁ……はぁ……」
コルネが短剣を構えたまま、肩で息をする。
「……やった?」
俺は恐る恐る周囲を見回した。
もう、動いている狼ロードはいない。
その時——。
——ドンッ!!
屋根全体が大きく揺れた。
「ひっ!?」
振り返る。
そこには、ひときわ巨大な狼ロードが立っていた。
「……ボスや」
コルネが呟く。
群れの最後方で、ずっとこちらを観察していた一匹。
「グルルルル……」
ボスが低く唸る。
コルネは弓を捨て、短剣を抜いた。
「アルジャン、下がっとけ」
「コルネさん……」
「こいつは——今までの奴とはちゃう」
◇
コルネとボスが、屋根の上で対峙する。
「グルルルルル……」
ボスが牙を剥き、低く唸った。
コルネは俺を背に庇うように立ち、短剣を構えている。
けれど、その肩は大きく上下していた。
これまでの戦いで、もう相当に消耗している。
対するボスは——ほとんど無傷。
俺にも分かった。
コルネでも、勝てない。
「……コルネさん」
「なんや」
「あれを使います」
「……!」
コルネが振り返った。
「あれか!」
「はい」
「……分かった」
コルネは短剣を収めると、弓を手に取った。
そして一瞬だけ俺の顔を見つめ——そのまま屋根から飛び降りた。
——ドンッ。
軽やかに地面へ着地する。
屋根の上に残されたのは、俺とボスだけ。
「……」
「グルルルル……」
赤い瞳が、俺を睨む。
怖い。
足が震える。
喉がからからに乾いて、呼吸すらうまくできない。
——死ぬかもしれない。
そう思った。
いや。
失敗したら、たぶん死ぬ。
ボスの牙が俺の首に食い込む光景が、ありありと頭に浮かんだ。
逃げたい。
今すぐ屋根から飛び降りたい。
だけど——。
ふと、地上のコルネが目に入った。
弓を握り締め、心配そうに俺を見上げている。
……まあ、いいか。
俺が死んでも。
これでコルネが生き延びてくれるなら。
それでもいい。
「……っ」
震える足を前へ出した。
一歩。
ボスが俺を睨む。
もう一歩。
怖い。
それでも歩く。
一歩。
また一歩。
そして——。
屋根のちょうど真ん中で、俺は足を止めた。
「……ここだ」
ボスが低く身を沈める。
俺は動かなかった。
いや。
怖くて動けなかったのかもしれない。
「グルァァァァッ!!」
ボスが屋根を蹴った。
「ひっ……!」
巨大な身体が宙を舞う。
真っ直ぐ俺へ向かってくる。
「アルジャン! よけろ!!」
コルネの叫び声。
次の瞬間——。
ドンッ!!
「ぐぇっ!?」
ボスの巨体が俺に覆いかぶさった。
背中から屋根へ叩きつけられる。
息ができない。
重い。
潰される——!
その時。
——メキッ。
背中の下から、嫌な音がした。
直後。
——バキバキバキッ!!
屋根が抜けた。
「うわあああああっ!?」
「バウッ!?」
俺とボスは、もつれ合ったまま山小屋の中へと落下した。




