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儚げな猫耳美少女奴隷を買ったら、返り討ちで下僕にされました  作者: しばたろう


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18/26

18 逃げるより、迎え撃つことにしました

「まずいことになった……」

「え……?」

「あいつらは……ただの『斥候』や」

「て、手先……ですか?」

「ああ。改め直して、群れごと襲ってくる……!」


 コルネがゆっくりと俺の方へ振り向く。その瞳には焦燥の色が濃く滲んでいた。


「三、四匹程度ならウチ一人でもなんとかなる。でも……本隊の群れで来られたら、ウチの手には負えへん」


 衝撃の告白だった。

 あの強く頼もしいコルネが、青ざめた顔で震えている。


 コルネでも、敵わない——?

 その事実を理解した瞬間、今度は俺の全身がガタガタと酷く震え始めた。


 これまでずっと、どんな魔物が現れてもコルネが俺を守ってくれた。彼女さえいれば大丈夫だと、心のどこかで完全に依存していたのだ。

 その大前提が、今、脆くも崩れ去った。


 ——食い殺される。


 死のイメージが脳裏をよぎり、とてつもない恐怖が津波のように押し寄せてくる。


 怖い。恐ろしい。死にたくない。


「アルジャン……お前だけ、逃げろ」


 ふいに、頭上から掠れた声が聞こえた。

 ハッと息を飲んでコルネを見上げる。

 彼女の顔は蒼白なままだったが、その瞳だけは強い意志の光を宿し、俺をじっと見つめていた。


「ウチがここで時間を稼ぐ。お前は今すぐ、全速力で山を下りろ」

「で、でも……っ! そんなことしたらコルネさんが……!」

「大丈夫や。ウチ一人なら、逃げようと思えばなんとでもなる」


 そう言ってコルネは、俺を安心させるように小さく口元を緩めた。


 けれど——分かってしまった。

 コルネは、嘘をついている。

 彼女は俺を逃がすために、ここで命を捨てる覚悟を決めたのだ。


 俺だけなら。

 今すぐ走れば。

 もしかしたら助かるかもしれない。


 一瞬だけ。

 ほんの一瞬だけ、足が山の麓の方角へ向きかけた。


 だが——そんな考えは、発生した次の瞬間には激しい自己嫌悪とともに吹き飛んでいた。


 嫌だ。コルネを死なせたくない。

 絶対に、彼女をこんなところで死なせるわけにはいかない。


 俺の心を占めたのは、契約でも義務でもない、純粋な想いだった。

 二人で生き伸びる。絶対に、二人揃ってここを突破するんだ。


 怖い。

 今にも逃げ出したい。

 それでも俺は、必死に頭を働かせた。


 狼ロードの群れ。およそ十匹、あるいは二十匹以上。

 むざむざ取り囲まれれば、全方位から一斉に襲いかかられて一たまりもない。多勢に無勢だ。ただ山を下りて逃げたところで、脚力の差ですぐに追いつかれ、背中から食い殺されるのが落ちだ。


 普通に戦っても勝てない。普通に逃げても逃げ切れない。

 なら、どうする?


 何かあるはずだ。


 何か——。


 その時。


 今日通り過ぎた、あのボロボロの建物が脳裏に浮かんだ。


 あそこなら。

 多対一の状況を遮断できる。

 あそこへ狼どもを引きずり込み——迎え撃つ。


「コルネさん」


 声はまだ少し震えていた。


 コルネが俺を見る。


 俺は震える手を握り締めた。


「……あの山小屋へ戻りましょう」


◇


 俺たちは大急ぎで野営地を撤収し、山小屋へと戻ってきた。


 ここで、狼ロードの群れを迎え撃つ。


 そう考えて改めて山小屋を見つめると、あんなにも頼りなく見えていたぼろ小屋が、まるで頼もしい砦のように見えてくるから不思議だった。


 コルネも俺の隣に立ち、険しい表情で山小屋を見上げる。


「で、どうするつもりや?」


 俺は山小屋を見上げたまま、力強く宣言した。


「……作ります」

「なにを?」

「狼ロードを殺すための、砦を」

「砦……?」

「はい。ふたりであの屋根の上から迎え撃ちます。高い所からの攻撃は絶対的に有利ですし、あいつらもあの高さまで簡単には跳び上がれないはずです」


 息を整え、俺はコルネへ具体的に指示を出した。


「コルネさんは、屋根の上の状態を確認してもらえますか? 俺たち二人が乗って戦えるだけの強度があるか、それと狼ロードが登ってこられそうな場所がないか見てほしいんです」

「わ、わかった。アルジャン、お前は?」

「俺は小屋の周りを固めます」

「了解や!」


 コルネは軽やかに壁を蹴り、さっと小屋の屋根へ躍り上がった。


 その背中を見届けると、俺もすぐさまリュックからショベルを取り出した。


 まずは小屋の周囲に壕を掘る。


 狼ロードが屋根へ跳び上がるには、必ず助走が必要になる。

 ならば、その踏み切り場所そのものを潰してしまえばいい。


 ザクッ、ザクッと無我夢中で土を掘り返していく。


 腕が痛い。

 腰も痛い。

 握り締めたショベルの柄が擦れ、手のひらにはいつの間にか血が滲んでいた。


 それでも、手を止めるわけにはいかなかった。


 止めれば、死ぬ。


 俺だけじゃない。

 コルネも死ぬ。


「くっ……!」


 歯を食いしばり、再びショベルを土へ突き立てる。


 そうして小屋の周囲に壕を巡らせると、今度は底へ切った枝や丸太を乱雑に放り込んでいく。これなら落ちた狼ロードも簡単には駆け上がれないはずだ。


 もちろん、すべてを壕で囲うわけではない。


 あえて何箇所か、狼ロードが走り込める場所を残しておく。


 そこには細いワイヤーを低く張った。


 罠を仕掛けるなら、ただ相手が引っ掛かるのを祈るだけでは駄目だ。


 ——引っ掛かる場所へ、相手を誘導する。


 これまで何度も罠を作り続けてきた俺が、いつの間にか身につけていた考え方だった。


「アルジャン!」


 屋根の上から、コルネの声が飛んできた。


「こっちは大丈夫そうや! 見た目よりずっと頑丈やで!」


「狼が登ってこられそうな場所は!?」


「何箇所かある! こっちと、あっち。それから裏側や!」


 コルネが指差す場所を順番に確認する。


「分かりました! そこを塞ぎます!」


 鋸と手斧を使って手頃な細木を数本切り倒し、板や丸太と組み合わせて足場になりそうな場所を塞いでいく。


 ただし、一箇所だけは残した。


 狼ロードが屋根へ上がろうとすれば、自然とそこへ向かうように。


「コルネさん! その板を屋根の端に打ちつけてください!」

「これか!?」

「はい! そっちは登れないように完全に塞いでください!」

「了解や!」


 金づちの音が山中に響き渡る。


 俺が考え、指示を出す。

 コルネがそれを聞き、迷うことなく動く。


「アルジャン! 次は何したらええ!?」


「その丸太をこっちへお願いします!」


「これやな!」


「はい!」


 壕を掘り、ワイヤーを張り、板を打ちつける。

 使えそうなものは何でも利用した。


 二人で夢中になって作業を続けるうちに、陽はいつの間にか大きく西へ傾いていた。

 

「はぁ……はぁ……」


 俺は膝に手をつき、荒い息を吐いた。


 身体中が痛い。

 もう腕なんて上がらないくらい疲れている。


 それでも、まだ終わりじゃない。


 俺はゆっくりと顔を上げた。


 視線の先にあるのは山小屋。


 そして——その背後にそびえる、あの巨木。


 太い幹から伸びた巨大な枝が、山小屋の屋根を覆うように広がっている。


 俺はその枝をじっと見つめた。


「……」


 頭の中で、ひとつの仕掛けを組み立てていく。


 できる。


 いや——やるしかない。


「……コルネさん」


「なんや?」


 屋根の上のコルネがこちらを見る。


「もう一つだけ、やっておきたいことがあります」


「まだあんのか!?」


「はい」


 俺は背負ってきた荷物へ目を落とした。


「これがたぶん、一番重要です」


◇


 満月が山小屋を明るく照らしていた。

 小屋を囲むように設置した篝火が、暗闇を切り裂くように煌々と燃えている。


 静まり返った森の中、俺とコルネは山小屋の屋根に腰を下ろし、一枚の毛布を分かち合って肩を寄せていた。


「来たで……」


 コルネが耳元で小さく呟いた。


 その瞬間、周囲の茂みが微かに揺れた。

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