15 私を森に連れてって!
「ふふ、アルジャンは優しいのね。……年下の男の子に慰められちゃうなんてな」
そう呟くマリアはどこまでも儚げで、そしてどこまでも美しかった。
「そういうアルジャンはどうなの? コルネちゃんとは?」
(……な、なんでここでコルネの名前が出てくるんだ……!?)
予想もしなかった人物の名前に、俺は慌てて手を振った。
「い、いや! だから以前も言った通り、コルネとはただのパーティーメンバーでして!」
「そうなの? あれだけ可愛らしい子なのに」
首を少し傾げ、本当に不思議そうにつぶやくマリア。
「お似合いだし、付き合っちゃえばいいのに……」
(いやいやいや!)
本性を知らないマリアからすれば、ただの可愛らしい猫耳の少女に見えるのだろう。
『実は俺、あいつの下僕なんです』なんて……口が裂けても言えるはずがなかった。
そんなことを考えていると、マリアさんがふっと表情をやわらげ、俺の顔を覗き込んできた。
「ねえ。アルジャンが作った罠、わたし、見てみたいな」
どこか熱を帯びた瞳で語るマリアに、俺の心臓は再び大きく跳ねる。
「ええ、ぜひ! 喜んで案内します!」
食い気味の即答だった。
◇
部屋に戻った俺は、さっそくコルネにマリアを森へ案内する件を伝えた。
「へえ、よかったやん!」
コルネはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべると、俺の背中をパシンと力強く叩いた。
「二人で行っといで、と言いたいところやけど……冬でも森は魔物も出るし危険やからな。ウチも護衛でついていくけど、ええか?」
「それはもちろんです! よろしくお願いします」
コルネの申し出はごもっともだし、何より二人きりだと緊張でどうにかなってしまいそうだったから、正直なところ少しホッとした。
そんなわけで翌朝、俺とコルネはマリアを連れて、雪の残る森へと案内することとなった。
◇
「これは……すごいわ。アルジャン、本当にすごいね」
朝の凛とした空気が満ちる森の中。
雪の上にたたずむ『吊り上げ罠・改』を見上げ、マリアがパチパチと手を叩いた。
「こんなに大掛かりな罠、初めて見たわ。あの鹿ロードだって捕えられるわけね」
感心しきりのマリアに褒められ、俺の胸は誇らしさでいっぱいになった。
「この罠が普及したら、町の冬ももっと楽に越せるようになるんでしょうね」
「はい。ぜひ町の狩人の皆さんにも、この罠の作り方を伝えていきたいと思っています」
「ふふ、さすがアルジャン。さながら町の救世主ね」
大げさに持ち上げられ、俺は照れくささに頭を掻きながら恐縮した。けれど、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……俺は、マリアさんの救世主になりたいんだ)
口には出せない想いを、心の中で静かに叫んだ。
「さあ、罠の点検も終わったし、ぼちぼち帰ろうか?」
周囲の警戒を怠っていなかったコルネの一言で、俺たちは宿へ向けて帰路についた。
白一色に染まる静かな森の中を、俺たちはザクザクと雪を踏みしめて歩く。
その時、マリアがふと足を止めた。
視線の先、大木の根元にひっそりと、濃い紫色の小さな花が咲いていた。
「あ……エリカの花……」
マリアは雪の中に佇む紫の花へ近づくと、愛おしむような優しい眼差しで見つめた。
「寒さにとても強い花なのよ。花言葉は『春を待つ』。冷たい雪の中でじっと耐えて、温かな春の訪れを報せてくれるの」
そして、どこか遠くを思うような眼差しでポツリと呟いた。
「私、この花が好きなの……」
白銀の世界に咲く紫の花と、それを見つめるマリアの横顔。
俺はしばらくの間、言葉を失ってその光景に見入っていた。
◇
『吊り上げ罠・改』による鹿ロードの初捕獲以来、俺はさらに罠作りにのめり込んだ。
設置時間を縮め、誤作動を減らし、衝撃を逃がし、持ち運びまで楽にする。
壊れては直し、直してはまた試した。
寝ても覚めても頭の中は罠のことばかり。
そんな俺を見て、最初こそ一緒になって喜んでいたコルネも、とうとう呆れ始めた。
「あんたが、そんな罠オタクになってしまうなんてなあ。ウチ、責任感じてしまうわ……」
そして冬が終わる頃には、一式を背負って運べるほど小型化された新たな『完成形』が出来上がっていた。
「……お前、もうそれ罠やなくて兵器やで」
町の人々は、その罠をこう呼んだ。
『ロード殺し』。
そして、その『ロード殺し』が完成する頃、スノーグレイヴにも春の足音が聞こえ始めていた。
◇
春の芽吹きは、この町での日々に終わりが近づいていることを告げていた。
『ロード殺し』の完成、雪深い森での狩り、そして、マリア。思い返せば、息が白くなるほど切なく、けれど胸が温かくなることばかりの冬だった。
この胸にくすぶる想いに決着をつけないまま、この町を去ることなんてできない。
そう思う俺の心を見透かしてか、コルネがそっと俺に語りかけてきた。
「アルジャン。お前、この町に残ってもええで」
「え……? でも、コルネさんを故郷まで送り届ける約束を破るわけには……」
「いや。それはええ。ここからは、ウチひとりでも帰れるから」
「しかし……」
言いかける俺を、コルネの手が制する。
「ウチはお前には感謝してるんや。もう十分なんやで」
「……ありがとうございます」
◇
心地よい日差しの中、あちこちで雪解けが進む山の中で、俺は『エリカの花』を探した。
マリアが好きだと言った花。
花言葉は——『春を待つ』。
大木の陰、わずかに残る残雪を押し開くように咲く可憐な花を見つけた瞬間、胸が大きく跳ねた。今日、この花を手渡して、俺の言葉で想いを伝えるんだ。
◇
昼過ぎ、俺は町へと戻ってきた。
手には、摘みたての『エリカの花』。
自然と足が速まり、駆け足で宿へと向かう。さっきから胸の奥で心臓の音がうるさく鳴り響いていた。
宿の前に辿り着くと、午後の日差しを浴びて佇むマリアの姿が見えた。息を整え、意を決して駆け寄ろうとした
——そのとき。




