14 お付き合いしている人はいるんですか?
それからの日々は、試行錯誤の連続だった。
通常の罠で鹿や猪を堅実に獲りつつ、壊れた吊り上げ罠を回収しては改造を施し、再度設置する。その繰り返しだ。
だが、吊り上げ罠の壊れ方は回数を重ねるごとに少しずつマシになってきていた。最初は木っ端微塵だったものが、パーツの脱落程度で済むようになっている。確実に前進している——そう実感できるのが、何よりの救いだった。
そして夕方、宿に戻るといつもマリアが裏庭で解体を手伝ってくれた。
俺とコルネ、そしてマリア。冷たい冬の風の中で手を動かしながら交わす他愛もない雑談は、胸が温かくなるほど楽しかった。
◇
一ヶ月ほどが経った。
冬は本格化し、町も森も白い雪に覆われる。
そしてそんなある日の朝、俺たちはいつものように罠の点検へと向かった。
「ええ加減あきらめたほうがええかもしれへんで——」
珍しく弱気なコルネが、不意に言葉を詰まらせて絶句した。
視線の先には、通常の鹿の倍はある巨躯——『鹿ロード』が横たわっていた。前脚を鉄鎖で巻き上げられ、自慢の脚力を封じられて完全に身動きが取れずにいる。暴れるたびに大木が大きくしなり、その強大な衝撃をことごとく吸収していた。
「すごい! とうとう捕まえたぞ!」
俺は思わず飛び上がって喜びを爆発させた。
その横で、コルネは呆然と立ち尽くしていた。
「……うそやろ。ほんまに捕まえおったんか……?」
◇
コルネが至近距離から矢を放ち、鹿ロードにとどめを刺した。
すぐさま罠から外し、「血抜き」と「内臓処理(腸抜き)」を済ませたものの、でかすぎて二人では到底運べない。
そこで俺たちは一旦町へ戻り、男衆を呼んで運ぶのを手伝ってもらうことにした。
集まった男衆たちは一様に、「罠で魔物を捕まえるなんて聞いたことがねえ」と驚きの表情を隠せずにいた。
太い丸太二本を縦に渡し、その間に鹿ロードをしっかりと固定する。左右から男衆が四人がかりで肩に担ぎ上げた。
俺も、誇らしい気持ちを胸に先頭で丸太を担いだ。
俺たちが鹿ロードを担いで町に入ると、行き交う町の人々が次々と足を止め、一斉に驚きの歓声をあげた。
「すげえ大物だ!」「あの若造が獲ったのか!?」とあちこちから声が飛び、子どもたちが大喜びで俺たちの周りをぐるぐると走り回る。
鹿ロードは町の人々に見送られながら、ゆっくりと宿の裏庭へと運ばれた。
「すごいじゃない、アルジャン!」
マリアは俺に駆け寄ると、俺の手をぎゅっとつかみ、感動したようにぶんぶんと振った。
「あの鹿ロードを捕らえるなんて!」
「あ、は、はい……!」
マリアの手のあまりの柔らかさと温もりに、俺の頭は一瞬でショートした。顔が一気に熱くなるのを感じる。
その日はそのまま、搬送を手伝ってくれた男衆と一緒に大解体作業となり、勢いのまま「鹿ロード初捕獲」の宴へと突入した。
宿の庭と食堂が開放され、俺はさっそく解体したての鹿ロードの肉を町の人たちに振る舞った。
「若いのにやるじゃねえか!」
「見込みあるぞ、大猟師の誕生だな!」
男衆に囲まれ、次々と背中を叩かれる。こんな体験、生まれて初めてだ。こそばゆいが、胸の奥が熱くなるほど誇らしかった。
ふと目をやると、少し離れた焚き火のそばで、コルネとレゼル、そしてマリアが火を囲んで談笑している。
チラチラと揺れる火の光に照らされた三人は、とても楽しそうだった。
◇
夜も更け、先ほどまでの賑やかな宴の喧騒も落ち着きを見せていた。
ふと、レゼルとマリアと談笑していたコルネとパッと目が合った。
コルネはニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべると、ちょいちょいと手招きして俺を呼ぶ。
俺が三人に近づくと、コルネはさっと席を立った。
「レゼル。ちょっとあっちで手を貸してくれるか?」
「あ、うん、ええけど……なに?」
状況が飲み込めていないレゼルを促し、コルネはさっさと向こうへ行ってしまった。すれ違いざま、俺にだけ見えるようにウインクを投げていく。
(……気を使ってくれたんだ)
俺とマリアが二人きりになれるよう席を外してくれたのだと気づき、俺はまたしても心臓が跳ねるのを感じていた。
静まり返った宴のあとの空気の中、焚き火の爆ぜる音だけが響く。
「……」
「……」
「マリアさん……あの、俺、ずっとあなたにお礼が言いたくて」
「お礼? 私に?」
不思議そうに目を丸くするマリアに、俺は少し照れくささを誤魔化しながら続けた。
「ええ。今回、鹿ロードを捕らえられたのも、最初にマリアさんが滑車や鉄鎖を提供してくれたおかげですし」
ちらりとマリアの横顔を盗み見る。
「それに、いつも獲物の解体まで手伝ってもらって……俺、本当に感謝しているんです」
「ふふっ、そんなの気にしないで。私だって楽しんでやっているんだから、全然構わないのよ」
柔らかく微笑むマリアと、ふと目が合う。
パチパチと音を立てて燃える焚き火の炎に照らされた彼女の顔は、どこか幻想的で、息をのむほど美しかった。
胸の鼓動が一気に早くなるのを感じながら、俺は意を決して口を開いた。
「あ……一つ、聞いてもいいですか?」
「ええ、なに?」
「マリアさんは、あの……好きな人というか、お付き合いしている人はいるんですか?」
「ふふ、いないわよ。今は……ね」
マリアはくすりと小さく笑うと、どこか遠くを見るように夜空を見上げた。
「今は……?」
「そう。前はいたわ。でもその人、去年この町を出て行っちゃったの。『王都で一旗揚げる』って」
寂しそうに微笑みながら、彼女は小さく言葉を足す。
「『俺のことは待たなくていい』なんて、身勝手な言葉だけ残してね」
そう言って俺を見つめ返したマリアの瞳は、どことなく寂しげに揺れていた。
その儚い表情を見た瞬間、俺の胸がぎゅっと締め付けられる。
「俺なら——」
「え?」
「俺なら、マリアさんを一人置いて出て行ったりしません!」
思わず声が大きくなってしまった俺に、マリアは少し目を見開いたあと、ふんわりと微笑んだ。




