11 猫耳娘の視線が怖い
「……あの、お客様?」
あまりの眩しさに呆然と立ち尽くしていた俺に、彼女は不審がるでもなく、不思議そうにちょこんと首をかしげる。
「あ、あ、はいっ! ご、ごめんなさい! はい、あの……しばらくの間、二人で滞在したいのですが」
急に我に返って挙動不審になりながら答える俺に、彼女はくすりと小さく微笑んだ。
「ありがとうございます。では、お支払いはどうされますか?」
「お、王国金貨で!」
俺が胸を張って革袋に手を伸ばすと、娘さんは申し訳なさそうに眉をひそめた。
「旅の方。大変申し上げにくいのですが……今の時期、王国金貨はお支払いにご使用いただけないんです」
「えっ」
予想外の言葉に、俺の手がピタリと止まる。
「ど、どういうことですか? 王国の金貨ですよ?」
「はい。ですが、冬の間はこの町も周辺も雪で途絶えてしまいますでしょう? お金があっても、食べるものや薪がなければ冬を越せませんから、この時期は通貨の価値が落ちてしまうんです。かわりに……『毛皮、干し肉、薪、手入れされた武具』といった現物物資でお支払いいただくことになっておりまして」
「そんな……」
愕然として立ち尽くす俺の横で、コルネが呆れたように肩をすくめた。
「しゃあないな。干し肉、いくらか余ってたやろ。当面の宿代はそれで支払うしかないな」
俺は慌てて荷物をあさり、非常用として取っておいた鹿の干し肉の束を取り出してカウンターに並べた。
彼女はそれをひとつひとつ丁寧に手にとり、匂いや状態を確かめる。
「きれいな鹿肉ですね。丁寧に燻製されています。……はい、この量でしたら、お二人で1週間分の宿泊費と夕食代としてお預かりいたしますね」
「まあ、しゃあない。あとの分の宿代は部屋に入ってから考えよか」
ポンと肩を叩くコルネに、俺はこくっと頷き、彼女に向き直った。
「……はい。では、これでよろしくお願いします」
「かしこまりました。それでは——」
彼女は小さく頷き、案内を始める。
「お部屋は二階の角部屋です。一階の奥には食堂がございます。それと地下には大浴場がありまして、お湯を沸かしているのは夜が更けるまでとなりますので、夕食のあとにでもぜひご利用くださいね」
「大浴場! ええなあ!」
歓声をあげるコルネの横で、俺は説明してくれる彼女の横顔から目を離せずにいた。
「マリアー。ちょっといいかい」
ふと、店の奥から声がかかる。
「はーい!」
彼女は元気よく返事をすると、俺たちに向き直って笑みを浮かべた。
「では、こちらが部屋のカギとなります。どうぞごゆっくりお過ごしください」
鍵を手渡すと、彼女はパタパタと奥へ消えていった。
(……マリア)
心の中でその名を反芻する。可憐な彼女にぴったりの、響きの良い名前だ。
うっとりとその背中を見送っていると——
パシン!
「なにいっちょ前にボサッとしてんねん。行くで」
「痛っ……あ、はい! すみません!」
頭を強めにはたかれて正気に戻り、俺は歩き出したコルネの後を慌てて追いかけた。
◇
あてがわれた二階の部屋に入り、重い荷物を床に下ろすと、どっと疲れが押し寄せてきた。
木造りの部屋には、分厚い羊毛の布団が載ったベッドがふたつ。部屋の隅には鋳物の薪ストーブが鎮座し、すでにパチパチと心地よい音を立てて部屋を温めてくれている。
(……はぁ、天国だ)
落ち葉を集めて作った野営の寝床も悪くはなかったが、やはり頑丈な屋根と壁に守られた部屋の安心感は別格だ。魔物の襲撃を警戒する必要もなく、薪ストーブの温もりが部屋全体を満たしている。
交易都市オルディナで暮らしていた頃は、風雨を凌ぐ屋根も部屋を温める火も、当たり前の日常として享受していた。それが今では、涙が出そうなほどの贅沢に感じられるのだから現金なものだ。
ほんの少し前までの自分なら「寒くて狭い部屋だ」と文句のひとつも言っていたかもしれない。過酷な野営を経て、屋根と壁があるだけで感涙している今の自分の境遇に、ふっと苦笑が漏れた。
……まあ、浸っている場合ではない。
俺は息をひとつ吐いて気を取り直すと、すでに我が物顔でベッドに大の字になっているコルネに向き直った。
「コルネさん。それにしても、この先どうしましょう。一週間なんてあっという間ですよ」
「そうやなあ。幸い、裏にはでっかい森が広がっとる。狩りでもして毛皮なり肉なり調達するしかないやろ。幸い、ウチの前には『立派な猟師』になりつつある下僕がおるしな」
「……また俺が酷使される未来しか見えないんですが」
「なに言うてんのや。とりあえず腹ごしらえや。下の食堂で夕食にしようか」
「そうしましょう……」
◇
一階の食堂に入り、店の人に宿泊者であることを告げると、奥の角席へと案内された。
木造の温かみのある店内に、肉を焼く香ばしい匂いとスープの甘い香りが漂っている。
しばらくすると、給仕係の娘が料理を運んできた。
見ると、頭の上にぴょこりと生えた猫耳と、スカートの後ろから覗く丸っこい尻尾をプラプラと揺らしている。
コルネと同じ猫人族だ。
胸元が開いたラフな服をサマになるように着こなした、どこか色香の漂う勝気そうなお姉さんである。
「おまちどうさん」
猫人族の娘は、熱々の料理が載った皿をテーブルに手際よく並べながら、俺たちを失礼なくらい無遠慮にまじまじと見まわした。
「あんたら、見ない顔やな。どこから来たんや?」
「南からや。今朝、山をぬけたばかりや」
コルネが答える。同郷の種族に会えたのが嬉しいのか、その声は心なしか弾んでいた。
「この町で冬を越すつもりや」
「へえ、それはごくろうさんやったな。……で、春になったらどこ行くんや?」
娘はテーブルに身を乗り出すように両手をつき、コルネと気さくに話し込み始めた。
「北の山を越える。故郷に帰るんや」
「はー、北の山か。そりゃまた先が長いなあ」
感心したように頷いた娘は、ふと視線を横に滑らせ、俺の顔をちらっと見た。
「ところで……このイケメンは、あんたの男か?」




