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君は俺の常世神様  作者: はまちゃん
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9/22

久しぶりの朝ごはん

応接室での話が一段落した頃には、外はすっかり暗くなっていた。


北都の夜は早い。


窓の向こうでは雪が静かに降り始めている。


奄美は資料の山を机の端へ押しやりながら言った。


「今日は風呂入ってもう寝ろ。」


宝が目を輝かせる。


「お風呂あるの!?」


「研究所を何だと思ってる。」


「研究所。」


「正解だ。」


「じゃあ何であるの?」


「研究者は徹夜する。」


奄美は真顔だった。


「風呂がないと死ぬ。」


「説得力ある……。」


宝は妙に納得した。


天音もこくこく頷く。


「平お兄さんも死にそうだった。」


「失礼だな。」


平が言う。


「実際死にそうな顔してた。」


奄美が追撃する。


「お前もか。」


「事実だ。」


容赦がない。


宝と天音が笑う。


平は深いため息を吐いた。


今日だけで何回目か分からない。


「風呂はあっちだ。」


奄美が廊下を指差す。


「着替えは用意させてある。」


宝が驚く。


「用意いいね。」


「客だからな。」


「優しい。」


「気のせいだ。」


即答だった。


だが少し照れている。


宝は見逃さなかった。


「天音ちゃん行こ!」


「うん!」


二人は嬉しそうに立ち上がる。


そして。


「平お兄さんもちゃんと入るんだよ?」


天音が言う。


「分かってる。」


「ちゃんと髪洗うんだよ?」


「子供扱いするな。」


「でも平お兄さんたまに研究者みたいな匂いする。」


「研究者だ。」


「確かに。」


宝まで頷く。


平は頭を抱えた。


奄美は腹を抱えて笑っている。


「ははは!」


「お前も研究者だろ。」


「私はちゃんと風呂入る。」


「そうか。」


「お前よりはな。」


「そうか。」


珍しく反論しなかった。


宝と天音は顔を見合わせる。


「平。」


「何だ。」


「疲れてるね。」


「……。」


否定できなかった。


東都での騒動。


天聖院。


追手。


天音の記憶。


久しぶりの故郷。


そして恩師の夢。


身体よりも心が疲れていた。


奄美はそんな平を見て少しだけ真面目な顔になる。


「今日は考えるな。」


平が顔を上げる。


「……。」


「研究も。」


「過去も。」


「神代も。」


「全部明日だ。」


部屋が静かになる。


奄美は窓の外の雪を見る。


そして肩をすくめた。


「世界は一晩じゃ変わらん。」


平はしばらく黙っていた。


やがて。


小さく答える。


「そうだな。」


宝は少しだけ嬉しくなった。


平が誰かの言葉を素直に聞くのは珍しい。


天音も安心したように笑う。


「じゃあお風呂!」


「お風呂!」


二人は廊下へ走っていく。


その後ろ姿を見送りながら。


平は久しぶりに肩の力を抜いた。


窓の外では雪が降っている。


追手もいない。


誰も襲ってこない。


今夜だけは。


少しだけ休んでもいいのかもしれなかった。食堂。


北都中央研究院の職員食堂は、研究施設とは思えないほど広かった。


長いテーブル。


暖炉。


湯気の立つ料理。


窓の外では雪が降っている。


旅の途中ではなかなか食べられないような豪華な夕食が並んでいた。


焼き立てのパン。


シチュー。


魚料理。


肉料理。


サラダ。


そしてデザート。


宝は目を輝かせる。


天音は既に食べ始めていた。


そして。


奄美は一口食べるなり感動したように言った。


「おぉ、こんな美味しいご飯久しぶりだよ。」


宝が固まる。


天音も固まる。


平は予想通りという顔だった。


「お前の研究所だろ。」


「そうだが?」


「毎日食えるだろ。」


奄美は首を振る。


「甘いな。」


「何がだ。」


「研究者を舐めるな。」


真顔だった。


嫌な予感がする。


「昨日の夕飯。」


奄美が指を一本立てる。


「栄養補助バー。」


二本目。


「一昨日。」


「栄養補助バー。」


三本目。


「その前。」


「コーヒー。」


宝が引いた。


「酷い。」


天音も引いた。


「酷い。」


奄美は頷く。


「酷い。」


本人も認めた。


「だから久しぶりなんだよ。」


「自業自得だ。」


平が即答する。


「うるさい。」


「死ぬぞ。」


「まだ生きてる。」


「今のところな。」


奄美はパンを頬張る。


宝は呆れていた。


「研究者ってみんなそんな感じなの?」


平と奄美が同時に答えた。


「違う。」


「違う。」


また声が揃った。


宝が笑う。


「仲良い。」


「違う。」


「違う。」


再び揃う。


天音まで笑い出した。


「本当に仲良し。」


「違う。」


三度目だった。


もはや芸だった。


食堂の職員まで笑っている。


奄美は不機嫌そうにスープを飲む。


「だいたいお前が悪い。」


「何がだ。」


「お前がいた頃はちゃんと飯食ってた。」


平の動きが止まる。


宝が聞き逃さない。


「へぇ?」


奄美はしまったという顔をした。


「余計なことを言った。」


「詳しく。」


宝が身を乗り出す。


「詳しく。」


天音も乗り出す。


「言わん。」


「言え。」


平が言った。


「お前まで。」


奄美はため息を吐く。


そして渋々話し始めた。


「昔な。」


「研究に没頭して飯を忘れてたら。」


「こいつが。」


奄美は平を指差す。


「無言で弁当置いていった。」


宝が固まる。


天音も固まる。


「平が?」


「平お兄さんが?」


信じられないものを見る目だった。


平はシチューを食べている。


「別に珍しくない。」


「珍しい。」


奄美が即答した。


「研究所中が驚いた。」


「大袈裟だ。」


「お前人に興味ないからな。」


「否定できない。」


宝が頷く。


天音も頷く。


平は黙ってスプーンを動かした。


だが。


奄美は少しだけ笑う。


「まあ。」


「その頃はまだ。」


「今よりマシな顔してたな。」


食堂が少し静かになる。


平は答えない。


奄美もそれ以上は言わなかった。


だが。


宝は思った。


この人は。


悪石平が「忘却の英雄」になる前を知っているのだと。


そして。


だからこそ。


今の平を見ているのが少し辛そうだった。

翌朝。


北都中央研究院の食堂。


窓の外では雪が静かに降っていた。


暖炉の火が揺れ、研究員たちが朝食を取っている。


宝は焼き立てのパンを頬張り、天音はジャムを塗ることに全力を注いでいた。


平はコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。


そして。


奄美はまだ眠そうだった。


「眠い。」


「なら寝ろ。」


平が即答する。


「主任研究員は忙しい。」


「昨日は?」


「徹夜。」


「自業自得だ。」


いつもの調子だった。


宝は少し安心する。


平がこうして普通に会話しているだけで珍しい。


しばらくして。


奄美がふと思い出したように言った。


「それで平。」


「何だ。」


「しばらくの間、私の助手にならないか?」


食堂が静かになる。


宝が顔を上げる。


天音もスプーンを止める。


平は新聞をめくりながら答えた。


「無理だ。」


即答だった。


「俺には俺の研究がある。」


奄美は呆れた。


「まだやってたのか。」


「当然だ。」


「追われながら?」


「追われながら。」


「旅しながら?」


「旅しながら。」


「馬車飛ばしながら?」


「飛ばしながら。」


宝がツッコむ。


「何の研究なの!?」


平は少し考える。


そして。


「平和についてだ。」


宝が固まる。


天音も固まる。


奄美だけは黙っていた。


「平和?」


宝が聞く。


「世界平和?」


「そうだ。」


平は当たり前のように答える。


「どうすれば戦争をなくせるか。」


「どうすれば人は争わなくなるか。」


「どうすれば同じ過ちを繰り返さないか。」


その声は静かだった。


だが。


誰よりも本気だった。


奄美が苦笑する。


「昔から変わらんな。」


平は答えない。


学生時代。


若き日の悪石平は誰よりも真面目だった。


誰よりも理想主義者だった。


そして。


誰よりも平和を信じていた。


宝がぽつりと言う。


「だから兵器を作ったんだ。」


食堂が静かになる。


平の手が止まる。


数秒。


沈黙。


「そうだ。」


否定しなかった。


「俺は。」


「平和になると思った。」


宝は何も言えなかった。


天音も。


奄美がコーヒーを飲む。


そして。


低い声で言った。


「でもな。」


平が見る。


「お前は一つ勘違いしてる。」


「何だ。」


「世界平和なんて研究しても見つからない。」


平の目が細くなる。


奄美は続ける。


「人間は馬鹿だからな。」


「争う。」


「嫉妬する。」


「憎む。」


「だから戦争もなくならない。」


宝が聞く。


「じゃあ諦めるの?」


奄美は首を振る。


「違う。」


そして。


平を見る。


「だからこそ。」


「人間を知れ。」


「数式じゃなく。」


「理論じゃなく。」


「人を見ろ。」


平は黙る。


奄美はパンをちぎりながら言う。


「お前。」


「昔からそこが下手なんだよ。」


「天才のくせに。」


「人間だけ分からない。」


宝が吹き出す。


「確かに。」


天音も頷く。


「確かに。」


「お前らまでか。」


平がため息を吐く。


だが。


珍しく反論はしなかった。


窓の外では雪が降り続いている。


その時だった。


研究員の一人が食堂へ飛び込んでくる。


「奄美主任!」


息を切らしている。


「大変です!」


奄美が眉をひそめる。


「どうした。」


研究員は青ざめた顔で言った。


「天聖院が。」


「北都へ入ったそうです。」


食堂の空気が凍った。


天音の手からスプーンが落ちる。


カラン。


平の表情が変わる。


そして。


奄美もまた、


初めて笑顔を消した。


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