予想外
研究員の報告を聞き終えた奄美は椅子にもたれた。
「予想より早いな。」
「だな。」
平も短く答える。
宝と天音は不安そうな顔をしていた。
天聖院。
東都で天音を追っていた組織。
そして。
天音を「第七被験体」と呼んだ連中。
明らかに無関係ではない。
研究員が退出すると、食堂には再び静寂が戻った。
奄美はしばらく黙り込む。
そして。
平を見た。
「平。」
「何だ。」
「分かってるとは思うが。」
平は奄美の視線の意味を理解していた。
「……。」
奄美は続ける。
「“あの銃”は使うなよ。」
宝が首を傾げる。
「銃?」
天音も不思議そうな顔をする。
「何の話?」
平は答えない。
代わりにコーヒーを一口飲んだ。
奄美がため息を吐く。
「おい。」
「聞いてる。」
「なら返事しろ。」
「使わない。」
即答だった。
だが。
奄美の表情は変わらない。
「信用できないな。」
「失礼だ。」
「前科がある。」
平は黙る。
反論できなかった。
宝は二人を見比べる。
何かがおかしい。
普段の軽口とは違う。
奄美は本気で警戒している。
「平。」
宝が聞く。
「何の銃なの?」
平は答えない。
代わりに奄美が口を開いた。
「知らなくていい。」
その声は珍しく強かった。
宝が驚く。
天音も少し怯える。
奄美は気付いて咳払いをした。
「……悪い。」
そして。
静かに言う。
「ただ。」
「もし平が本当に追い詰められた時。」
「一番使っちゃいけない物だ。」
食堂が静かになる。
平は窓の外を見る。
雪が降っている。
白い世界。
その横顔には感情が見えない。
だが。
宝だけは気付いた。
ほんの一瞬。
平の目に後悔がよぎったことに。
奄美も見ていた。
だからそれ以上は言わない。
代わりに話題を変えるように立ち上がった。
「よし。」
「仕事だ。」
「平、お前も来い。」
「断る。」
「助手だ。」
「なってない。」
「今日からだ。」
「勝手に決めるな。」
宝が笑う。
天音も笑う。
重くなりかけた空気が少しだけ和らいだ。
だが。
誰も気付いていなかった。
雪は静かに降り続いていた。
研究院の外。
純白の法衣を纏った女性は最上階を見上げている。
銀色の長髪。
透き通るような白い肌。
まるで聖女のような姿。
だがその瞳だけは冷たかった。
「見つけました。」
静かな声。
「第七被験体。」
そして。
その唇がわずかに動く。
「先生。」
背後から声がした。
「まさか本当にいたとはな。」
女性は振り返らない。
足音だけで誰か分かっていた。
「……成宮。」
研究院の屋根の上。
黒い外套を羽織った男が立っていた。
成宮零士。
天聖院異端審問部隊隊長。
天聖院最強クラスの執行者。
そして。
かつて悪石平の部下だった男。
「久しぶりだな。」
成宮は研究院を見下ろした。
「先生も。」
「第七被験体も。」
女性は小さく息を吐く。
「成宮。」
「何だ。」
「今回は殺してはいけません。」
成宮が笑う。
「俺が?」
「あなたです。」
「信用ないな。」
「ありません。」
即答だった。
成宮は肩をすくめる。
否定できなかった。
戦争時代。
彼は平の直属部隊に所属していた。
誰よりも強く。
誰よりも危険だった。
「しかし。」
成宮の目が細くなる。
「先生が北都に来るとはな。」
女性も研究院を見る。
「あの人は変わりません。」
「世界中から憎まれても。」
「今も誰かを助けようとする。」
成宮は鼻で笑った。
「甘い。」
「だから失敗した。」
女性は否定しない。
それでも。
小さく呟く。
「だからこそ。」
「私はあの人を尊敬しています。」
成宮が黙る。
しばらくして。
苦笑した。
「お前も変わらんな。」
女性の名は。
対馬美琴。
天聖院特務司祭。
そして。
天音を生み出した計画の責任者だった。
研究院の最上階。
窓の向こう。
笑いながら話す天音の姿が見える。
その姿を見て。
美琴はほんの少しだけ目を細めた。
「生きていてくれて良かった。」
だが。
その表情はすぐに消える。
「ですが。」
「第七被験体は回収します。」
「それが私の罪ですから。」
成宮は空を見上げた。
雪が降っている。
「ああ。」
「そして先生も。」
「必ず俺たちの前に立つ。」
成宮は笑う。
昔と変わらない戦場へ向かう兵士の笑みだった。
「楽しみだな。」
研究院の中ではまだ誰も知らない。
天聖院が来た理由。
天音の正体。




