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忘却の英雄とその常世神様  作者: はまちゃん


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帰る場所

北都国境。


夕暮れ。


雪を頂いた山脈が地平線の向こうまで続いている。


東都との国境検問所には長い列ができていた。


商人。


旅人。


冒険者。


そして軍人たち。


「止まれ。」


衛兵が槍を向ける。


平たちの竜馬車の前に立ちはだかった。


宝が嫌な予感を覚える。


天音も翼を小さく畳む。


「身分証の提示を。」


平は無言で偽造身分証を差し出す。


衛兵は確認する。


そして眉をひそめた。


「フードを取れ。」


空気が変わる。


宝が平を見る。


平も分かっている。


まずい。


「規則だ。」


衛兵が言う。


「顔を確認する。」


周囲の兵士たちも集まり始める。


東都からの緊急通達。


悪石平捜索令。


当然共有されている。


「平……」


宝が小声で呟く。


平は静かに息を吐いた。


そして。


フードに手を掛ける。


その時。


後ろから女性の声が響いた。


「よぉ、英雄君。」


平の動きが止まる。


宝も天音も振り返る。


衛兵たちも振り返る。


そこにいたのは一人の女性だった。


長い黒髪。


白衣。


眼鏡。


そして眠そうな目。


年齢は二十代後半だろうか。


彼女は片手をポケットに突っ込みながら歩いてくる。


まるで散歩の途中のように。


平が眉をひそめた。


「……奄美。」


女性がニヤリと笑う。


「久しぶりだな。」


奄美(あまみ)(たね)


北都中央研究院主任研究員。


天才魔導工学者。


そして。


悪石平の元同僚だった。


衛兵が慌てる。


「奄美博士!」


「この者たちは現在身元確認中で――」


「私の客だ。」


即答だった。


「ですが……」


「私の。」


「客だ。」


空気が凍る。


衛兵たちが顔を見合わせる。


北都において。


奄美種は特別な存在だった。


軍部すら無視できない。


衛兵隊長が敬礼する。


「失礼しました!」


宝が呆然としている。


「強い。」


天音も頷く。


「強い。」


奄美は平を見上げる。


そして。


昔と変わらない調子で言った。


「相変わらず死にそうな顔してんな。」


「余計なお世話だ。」


「東都で暴れたらしいな。」


「暴れてない。」


「研究所吹き飛ばしたって聞いたぞ。」


「吹き飛ばしてない。」


「半壊。」


「誤差だ。」


宝が横でツッコむ。


「誤差じゃないよね!?」


奄美が吹き出した。


「ははっ。」


久しぶりだった。


平が誰かとこんな風に話しているのは。


そして。


奄美の顔が少しだけ険しくなる。


「しかし。」


「本当に面倒なことになったな。」


平も察していた。


「神代か。」


奄美は頷く。


「そう。」


そして盛大にため息を吐いた。


「あのクソ爺さん。」


宝が固まる。


天音も固まる。


「司令官だよね?」


「司令官だな。」


奄美は頷く。


「東都軍最高司令官。」


「五列強の重鎮。」


「世界的英雄。」


「そして最低の政治屋だ。」


平は何も言わない。


奄美は続ける。


「東都中に指名手配を出した。」


「天聖院とも手を組んだ。」


「今やお前の首には国家予算級の懸賞金が掛かってる。」


宝が引く。


「そんなに?」


「そんなに。」


天音も引く。


「高い。」


「高い。」


奄美は頷いた。


そして。


平を見つめる。


「で。」


「お前は何を見つけた?」


平は少し黙る。


宝を見る。


天音を見る。


そして。


静かに答えた。


「まだ分からない。」


奄美は笑った。


「そうか。」


それは昔と同じ答えだった。


学生時代から。


研究者時代から。


悪石平はいつも、


答えではなく問いを追い続けていた。


奄美は背を向ける。


「来い。」


「研究所に案内してやる。」


「北都で一番安全な場所だ。」


宝が聞く。


「本当に安全?」


奄美は振り返る。


そして不敵に笑った。


「少なくとも。」


「東都軍よりはな。」


そうして三人は北都へ足を踏み入れた。


雪と科学の国。


悪石平が数少ない信頼を寄せる人物がいる場所。


そして。


これから明かされる真実の中心地へ。


研究所の応接室。


北都中央研究院の最上階。


窓の外には雪山が広がり、巨大な研究棟が並んでいる。


宝は高そうなソファに沈み込み、


天音は興味津々で部屋を見回していた。


壁一面の本棚。


見たこともない魔導機械。


机の上には数式だらけの資料。


いかにも研究者の部屋だった。


そして。


散らかっていた。


非常に。


「汚い。」


宝が率直に言った。


「研究室だからな。」


奄美は平然としている。


「言い訳になってない。」


「なってる。」


「なってない。」


平は慣れた様子で部屋を見回す。


そして一言。


「奄美。」


「何だ。」


「お茶ぐらい淹れたらどうだ?」


部屋が静かになる。


宝が固まる。


天音も固まる。


奄美も固まる。


数秒後。


奄美が真顔で言った。


「お前が?」


「客だ。」


「知ってる。」


「なら淹れろ。」


「嫌だ。」


即答だった。


宝が吹き出す。


「仲良いね。」


「良くない。」


「良くない。」


平と奄美の声が重なった。


しかし息はぴったりだった。


「ほら仲良い。」


「違う。」


再び声が重なる。


宝は笑いを堪えられない。


天音もくすくす笑っている。


奄美は面倒そうに頭を掻いた。


「分かったよ。」


そう言って立ち上がる。


「コーヒーでいいか。」


「お茶。」


平が即答する。


「贅沢言うな。」


「お前のコーヒーは苦い。」


「研究者のコーヒーだからな。」


「毒物の間違いだ。」


「失礼な。」


宝が小声で天音に聞く。


「昔からこんな感じだと思う?」


天音は真剣に考えた。


「多分。」


「だよね。」


二人は頷き合う。


その間にも。


「お前は昔から文句が多い。」


「お前は昔から雑だ。」


「生きてるだけ感謝しろ。」


「誰にだ。」


「私に。」


「意味が分からん。」


相変わらずだった。


だが。


宝は気付いていた。


平が少しだけ自然に笑っていることに。


東都では見なかった表情だった。


奄美も気付いているのだろう。


何も言わない。


ただ。


湯を沸かしながら小さく笑った。


「……生きてて良かったな。」


その言葉はあまりにも小さく。


平には聞こえなかった。


だが。


宝だけは聞いていた。


そして。


少しだけ安心した。


悪石平にも、


帰れる場所はちゃんとあったのだと。


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