雪の国
東都郊外。
朝日が完全に昇りきる頃。
三人は廃線となった古い高架橋の上にいた。
眼下には東都の街並み。
遠くには飛空艇。
警報の音。
そして無数の追跡部隊。
平は双眼鏡を下ろした。
「とりあえずは撒けたか。」
宝が大きく息を吐く。
「疲れたぁ……」
天音は少し俯いていた。
翼も元気がない。
「平お兄さん……」
小さな声だった。
平が見る。
天音は自分の服を握り締めている。
「私のせい?」
静寂。
宝も黙る。
「違う。」
平は即答した。
「でも。」
「違う。」
再び即答。
「追われてるのは元々俺だ。」
天音は何か言おうとする。
だが言葉が出てこない。
平は高架橋の手すりにもたれた。
しばらく東都を見つめる。
巨大都市。
かつての故郷。
そして。
もう帰れない場所。
「……仕方ない。」
平が呟く。
宝が振り向く。
「何が?」
「北都に向かうぞ。」
宝が目を瞬く。
「北都?」
天音も顔を上げる。
五大列国。
東都。
西都。
南都(×)。
北都。
中央帝国。
そのうちの一つ。
北都。
「寒いところ?」
宝が聞く。
「寒い。」
「嫌だ。」
「まだ夏だ。」
「じゃあ平気。」
単純だった。
天音が聞く。
「どうして北都なの?」
平は少し考える。
そして。
「知り合いがいる。」
宝が固まる。
天音も固まる。
「え?」
「平に?」
「知り合い?」
まるで伝説の生物でも見たような反応だった。
「いる。」
平は不機嫌そうに言う。
「失礼だな。」
宝が真顔になる。
「友達?」
「違う。」
「じゃあ恋人?」
「違う。」
「元恋人?」
「違う。」
「婚約者?」
「違う。」
「未亡人?」
「何でそうなる。」
天音も興味津々だった。
「平お兄さん。」
「何だ。」
「女の人?」
平は黙った。
その沈黙が答えだった。
宝が叫ぶ。
「女じゃん!!」
「女だね!」
天音も乗っかる。
「違う。」
平が言う。
「知人だ。」
「それを世間では女と言います。」
宝は断言した。
平は額を押さえる。
面倒だ。
本当に面倒だ。
だが。
北都。
その名を口にした瞬間。
脳裏に一人の人物が浮かんでいた。
白衣。
銀縁眼鏡。
無愛想。
天才。
そして。
世界で数少ない、
今でも悪石平を悪石平として扱う人間。
「……生きてればいいが。」
平が小さく呟く。
宝は聞き逃さなかった。
「大事な人?」
平は答えない。
その沈黙だけで。
宝には十分だった。
高架橋の上を風が吹き抜ける。
東都は遠ざかる。
天音の過去。
天聖院。
第七被験体。
そして。
東都に隠された真実。
それらを背に。
三人は次の目的地へ向かう。
北都。
雪と科学の国。




