表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘却の英雄  作者: はまちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/45

忘れるため

宿の食堂。


夕食も終わりに近づいていた。


宝はジョッキを持ったまま平を見る。


「ねえ、平はお酒飲んでも平気なの?」


平はグラスの水を口に運ぶ。


「平気だ。」


「強いの?」


「普通だ。」


「絶対強い。」


宝は勝手に決めつけた。


「なんでだ。」


「なんか強そう。」


「意味が分からん。」


向かいでは天音が果汁を飲んでいる。


「お酒って美味しいの?」


「子供は飲むな。」


平が即答した。


「私何歳か分からないけど。」


「見た目で判断する。」


「理不尽。」


宝が笑う。


「平ってお父さんみたい。」


「違う。」


「天音ちゃん。」


「なあに?」


「お父さんだよね。」


「お父さん。」


「違う。」


即答だった。


宝と天音は顔を見合わせる。


そして同時に笑う。


平は額を押さえた。


その時。


宝がふと思い出したように聞く。


「でもさ。」


「何だ。」


「平って昔は偉い人だったんでしょ?」


食堂の空気が少しだけ変わる。


天音も平を見る。


平はしばらく黙った。


「違う。」


「え?」


「ただの研究者だ。」


宝は首を傾げる。


「でも世界中が知ってる。」


「知っているのは名前だけだ。」


平は窓の外を見る。


夜の街灯が揺れている。


「人間は結果しか見ない。」


「……。」


「何を考えていたか。」


「何を願っていたか。」


「そんなものには興味がない。」


宝は何も言えなかった。


天音も静かだった。


平は苦笑する。


「だから酒くらい飲める。」


「忘れるため?」


宝が小さく聞いた。


平の手が止まる。


数秒の沈黙。


そして。


「忘れられたことはない。」


その言葉だけは妙に重かった。


宝は平を見る。


世界中から憎まれている男。


それでも。


誰かが困っていれば助ける。


名前のない少女には名前を与える。


なのに本人だけが、


自分を許していない。


宝は小さく笑った。


「難儀だね。」


「何がだ。」


平は眉をひそめる。


宝は楽しそうに笑うだけだった。


その時、天音がぽつりと言う。


「でも。」


「?」


「私は平お兄さん好きだよ。」


平が固まる。


宝も固まる。


天音は首を傾げた。


「変?」


「……。」


「……。」


数秒の沈黙。


宝が吹き出した。


「天音ちゃん、それ誤解される言い方!」


「え?」


「違うの?」


「違わないけど!」


平は深いため息を吐いた。


今日だけで何度目か分からない。


だが。


その口元は少しだけ緩んでいた。


宝と天音と出会って三ヶ月が経過していた。


季節は夏へ移り変わりつつある。


三人は列強の支配が及びにくい辺境地帯を旅していた。


追手から逃げながら。


時には依頼を受け、


時には魔物を狩り、


時には宿代が足りず野宿をしながら。


それでも不思議と旅は続いていた。


「悪石様。」


平は足を止めた。


聞き慣れない呼び方だった。


振り返る。


街道脇。


そこにいたのは老人だった。


痩せた身体。


擦り切れた服。


だが目だけは真っ直ぐだった。


平は眉をひそめる。


「人違いだ。」


いつもの返答。


だが老人は首を振った。


「いいえ。」


「私は貴方を知っています。」


平の表情が僅かに険しくなる。


宝と天音も立ち止まった。


老人はゆっくり頭を下げた。


深く。


深く。


地面に額がつきそうなほど。


「ありがとうございました。」


平は動かなかった。


「……何の話だ。」


老人は顔を上げる。


その目には涙が浮かんでいた。


「十二年前。」


「東部戦線の終戦時です。」


平の瞳が揺れる。


老人は続けた。


「私は兵士でした。」


「終わらない戦争に送られ続けていました。」


「毎日誰かが死んだ。」


「友人も。」


「兄弟も。」


「息子も。」


宝が黙って聞いている。


天音も静かだった。


老人は震える声で言った。


「ですが。」


「戦争は終わった。」


「私は帰れた。」


「妻の元へ。」


「娘の元へ。」


老人は笑った。


泣きながら。


「だから。」


「私は貴方に礼を言いたかった。」


平は何も答えない。


老人は再び頭を下げた。


「ありがとうございます。」


そして去っていった。


ただそれだけだった。


名前も告げず。


見返りも求めず。


しばらく沈黙が続く。


最初に口を開いたのは宝だった。


「いたね。」


「何がだ。」


「感謝してる人。」


平は前を向く。


「一人だ。」


「でもいた。」


平は答えない。


宝もそれ以上は言わなかった。


すると。


隣から声がする。


「悪石様。」


平が振り向く。


天音だった。


「お前までやるのか。」


「駄目?」


「駄目だ。」


天音は少し考える。


「じゃあ。」


「平お兄さん。」


「それでいい。」


天音はにこりと笑った。


「でもね。」


「何だ。」


「さっきのおじいさん。」


「うん。」


「嘘ついてなかった。」


平は眉をひそめる。


「分かるのか。」


天音は頷く。


純白の翼が揺れる。


「なんとなく。」


「すごく感謝してた。」


宝が笑う。


「天音ちゃんの勘、当たるからね。」


「当たる。」


得意げだった。


平は空を見上げた。


青空が広がっている。


三ヶ月。


たった三ヶ月。


それなのに。


一人で旅していた頃が、


ずっと昔のことのように思えた。


だがその時。


遠くの丘の上に、


黒い影が見えた。


馬に乗った集団。


黒い外套。


列強の紋章。


平の目が細くなる。


追手だった。


宝も気付く。


天音も気付く。


先ほどまでの穏やかな空気が消える。


そして平は静かに言った。


「走るぞ。」


宝が苦笑する。


「せっかくいい話だったのに。」


「追手は空気を読まない。」


「確かに。」


天音が頷く。


そして三人は再び走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ