ありがとう
結局私は医者と看護師が来るまでずっと泣いていた。
医者は私の現在の体調や記憶に異常はないかなどを聞いてきた。
私自身何の以上も感じていなかったが、一応明日検査することになった。
とりあえず今は安静にしていればいいらしい。
詳しい話などは東野が対応してくれると言っていた。
この病院は母の手が届いていない病院だ。
多分東野が手を回してくれている。
もう主従関係は無いのに、ありがたい。
医者と看護師が出ていく際、彼らが彼女に「良かったですね」と言って出て行った。
部屋に二人きりになる。
私は目覚めてからずっと気になっていたことを彼女に聞く。
「そういえば、私を助けてくれた人って誰なの?」
私の命を救ってくれた人。
感謝しつくしてもしきれない人。
「えーとね......私......だよ」
彼女は言うか迷いながらも言葉にする。
やっぱり彼女だった。
私は最期に彼女にしかわからない場所を選んだ。
彼女しか助けることができない場所を。
つまり、私が生きているという事は彼女が助けてくれたという事だ。
「やっぱりあなただったのね。私、本当に死のうと思ってたのよ」
私は自分の思いを打ち明ける。
「でも、あなたに助けられた。まだ生を諦めきれなかった私はあなたに賭けたの」
彼女は私の話を黙って聞いてくれる。
「あなたが見つけれなかったら私は死ぬ。見つけてくれても生きているかは分からない。そんなあなたを巻き込んだ盛大な賭け」
彼女はこの話を聞いて何を思うのだろう。
「もし私が死んでもあなたが私のことを忘れないように。優しく接してくれたあなたに対しての最低の仕打ちだと思う」
軽蔑されて拒絶されたっておかしくない。
「あなたはすごい。私の予想を大きく覆してくれた。私の命を救ってくれた」
彼女に助けられるのはこれで2回目。
今回は命と言うとても大きなものを救ってくれた。
「あなたを巻き込んでしまって本当にごめんなさい。命を救ってくれて本当にありがとう」
私は頭を下げる。
感謝と謝罪の意味もあるが、彼女の顔を見るのが怖かった。
「あの日、なんだか胸騒ぎがすっとしてた。なんか嫌な予感がするってずっと思ってた」
彼女も語りだす。
「お風呂入ろうと思ってたら東野さんから電話が来て、しののんが行方不明だって。死のうとしてるって」
東野も流石だ。
あの電話の後すぐに彼女に連絡したのだろう。
「私、居てもたってもいられなくて東野さんに何か情報ないかって聞いて。電車の音が聞こえただけって言われて」
確かにあの時電車が私の横を通っていった。
「そんなんじゃ何も分からなくって。だから私も賭けたの。しののんが私と友達だった3日間を楽しかったって思ってくれていたらって」
彼女も賭けたんだ。
私との思い出に。
「東野さんからしののんが私に伝えたかった事を聞いたんだ。一緒に水族館に行けなくてごめん。楽しかったって」
私はそのセリフを東野が彼女に言ってくれて彼女が気づいてくれることに賭けた。
今考えると奇跡が起きない限り成功しない。
「私、それを聞いた時絶対助けてやるって思ったんだ。死なせてたまるかって」
たった3日だけ友達になって拒絶された相手に対してそれほどまでに思ってくれるのは彼女が優しいから。
「急いで水族館に向かって溺れてるしののん助けて、心肺蘇生して。息を吹き返した時は安心感で腰が抜けちゃった」
あの時、胸と唇から感じた微かな温もりは彼女の温もりなのだろう。
「私、しののんが死のうとしたことは許せない」
それはそうだ。
許されたものではない事は私も自覚している。
「でも、私に賭けてくれて嬉しかった。私との思い出を大切にしてくれて嬉しかった。こうなる前に助けれなくて悔しかった。自分の非力さが悔しかった」
彼女は自分を責め始める。
違う、あなたは悪くない。悪いのは全部あいつらだ。
私の人生をめちゃくちゃにしたあいつら。
「顔を上げてよしののん」
顔を上げて彼女の顔を見る。
慈愛に満ちた表情をしている。
「だからこれからは何かあったら私に言ってよ、私は友達だと思ってるから。しののんの事助けさせてよ」
彼女は私のことを友達だと思ってくれている。
私のことを助けてくれると言った。
つまり私の事情に巻き込まれてもいいという事だ。
「本当に、いいの?」
確認してしまう。
だってこれから待ち受けているのはとても大きな力を持った人との戦いだ。
何が起こるか分からない。
「いいよ。しののんがこれ以上悲しむ姿も見たくない。ましてや死んでしまうなんて嫌だ」
彼女は悲しい表情をする。
私のためにここまでしてくれる人なんて今までいなかった。
東野でさえ、私が不自由なく暮らせるように身の回りのことをしてくれるだけで精一杯だった。
「私と関わると何が起こるか分からないのよ?学校だって行けなくなるかもしれない」
「いいよ。別に転校なんて何回もしてるし」
「危険な目に合うかもしれない」
「大丈夫、私強いから」
「なにもかも」
「しののん、大丈夫」
彼女は椅子から立ち上がり、私に抱き着く。
彼女の温もりで満たされる。
「今まで一人でよく頑張ったね。つらかったね」
優しく背中を撫でられる。
自然と涙が零れ落ちる。
彼らの期待に応えれるよう頑張ってきた。
誰にも助けを求めれなくてつらかった。
「これからは私と分け合おう。嬉しいこともつらいことも悲しいことも全部。私に分けてよ」
彼女が言葉を発するたびに体が軽くなっていく。
今まで縛られていたのもが少しずつ解放されていく。
私の荷物を一緒に背負ってくれる。
どこまでもついてきてくれる。
彼女なら......
「茉莉さん」
彼女の名前を呼ぶ。
多分初めて呼んだ。
良い名前だ。
「何?」
「私、もう死にたくない。生きていたい」
私の本心。
「うん」
「だから......」
「だから?」
「私を助けて」
言えた。
今まで誰にも言えなかった言葉。
無駄だと思っていた言葉。
彼女が体を離す。
顔は下を向いている。
一呼吸おいて顔を上げる。
「まかせなさい!」
彼女は涙を流しながらの満面の笑みで私のお願いを了承してくれた。




