目覚め
ここはどこだろう。
気が付くと私は暗い世界に一人倒れていた。
地面には1センチほどの水が張っていて少し光っている。
体を起こす。
私は海に沈んで溺れて、死んだ。
ならばここは死後の世界なのだろう。
「なんもないじゃん」
死んだ人間は極楽浄土や天国か地獄に送られるなどとよく言われているがここには何もないし誰もいない。
それでいい。もう誰からも指図されないし何もしなくていい。
それだけで十分だ。
「本当に?」
どこからともなく声が聞こえる。
誰かいる。
「誰?どこにいるの?」
辺りを見回しても人の姿は見えない。
「ここよ」
足元にあった水が一か所に集まり人の形を成す。
それは私だった。
顔は暗くて分からないが見た目は完全に一致している。
何で私がもう一人いるのだろう。
「何で私がもう一人いるの?とでも考えてそうね」
声もさっきまでは誰か分からなかったが今は私の声だと認識できる。
「私はあなたの心よ。正確には我慢してきた感情の集合体かしら」
私によく似たそれはそう自己紹介をしてくる。
心?感情の集合体?
さっきから説明不能な現象が起こりすぎて理解が追い付かない。
死後の世界だから。で片付けられる問題ではない気がする。
「ちなみに私達死んでないわよ」
「は?今何て言ったの?」
嘘だ、そんなはずない。
だって私は海に溺れて死んだんだ。
「だ・か・ら・死んでないって言ってるの」
ありえない。
私が生きている?
じゃあここは一体どこ?
「何で生きてるのよ」
「誰かさんが助けてくれたんじゃない?私の言葉が信じられないのなら自分の胸に手を当ててみたら?」
自分の胸に手を当てると鼓動を感じる。
弱弱しいが確かに動いている。
私は生きている。
「本当に生きているのね......」
死ねなかった。
またあの地獄に逆戻りだ。
「死にたかったわよね」
「ええ」
「でも死なせてあげないわよ」
彼女が一歩踏み出して来て距離が縮まる。
顔が見える距離まで近づかれる。
顔のパーツは無く、鏡のようになっていた。
そこには悲しい私の顔が映っている。
「あなたは自分が死ぬという結末に満足しているのかしら?」
「それは......」
「ねえ、この顔を見て言える?これでよかったって」
私は自分の置かれている環境に絶望した。
こんな地獄ならもう死んだほうがましだと思った。
だから死を選んだ。
「悔いはなかった?もうやりたいことなんて無かった?」
あるに決まってる。
行きたい場所もやりたいこともたくさんあった。
でもできなかったしこれからも叶うことは無いと思った。
「橋本 茉莉にもう一度会いたいと思わなかった?助けてほしいと一度も思わなかった?」
会いたい。
意識が途切れる直前に浮かんだのは彼女の顔だった。
彼女なら私を絶望の淵から救い出してくれるかもと勝手に期待していた。
その結果、彼女を巻き込み傷つけてしまった。
でも、できることならもう一度......
「ほら、やっぱり満足してないじゃない」
そうだ、私はこの結末に満足なんてしていない。
「でも、どうやったら彼らから逃れれるのか分からないの」
「そんなの簡単よ。あなたはひとりじゃない、東野も彼女もいるじゃない」
頼っていのだろうか、私と関わったところで損しかない。迷惑しかかけないこんな私を助けてくれるのだろうか。
「東野も彼女も損得なんて気にしないし私をきちんと見てくれる人よ。あなたが助けてと言ったら必ず力になってくれるわ。それに......」
そう言って彼女は私に抱き着く。
「今度は私もいるわ。あなたの心が、あなたを導いてあげる。だから......」
彼女の形が崩れて水となって私の体を濡らす。
「だから、生きなさい......」
暗い世界が白く明るくなっていく。
唇と手首と胸にほんのり温もりが残っており、そこから血が全身に通っていくのを感じる。
私は生きている。
そろそろ目が覚めようとしているのを感じる。
1つ、命を大事にする
2つ、目覚めたらあいつらの言うとおりにならない
3つ、彼女たちに助けてと言う
4つ、自分の気持ちを大事にする
この4つを自分の心に誓おう。
私は絶対に幸せになってやる_____
意識が覚醒する。
私はベッドで横になっているみたいだ。
ベッドの隣で誰かが何かしているのも分かる。
東野かな。
目を開けると白い天井が目に入ってくる。
私は病院にいるらしい。
溺れていたのだから当たり前か。
人がいる方へ目線を向けると女性が花瓶に花を移しているのが見えた。
金髪で私と同じ制服を着た女子。
そう、彼女だ。
なんで彼女がここにいるのだろう。
あんなに拒絶したのに、友達じゃないと言ったのに。
嬉しい。
何て話しかけたらいいのだろう。
気づいてもらうまで待っていた方がいいのかな。
どうすればいいの?
「ねえ、その花は何?」
出た言葉はあまりにもくだらない疑問だった。
言葉を発すると彼女が勢いよく振り返る。
振り返って目を見開いたまま固まってしまい何もしゃべらない。
「えっと、おはよう?」
とりあえず挨拶をしてみる。
まだ反応がない。
「何か反応して、怖いわ」
起き上がって彼女の目の前で手を振る。
すると、彼女は瞬きをして動き始める。
「しののん目が覚めんだね!よかった~!」
彼女はその場で大はしゃぎする。
静かにしてと言おうと思ったが私の病室は個室だったので、まあ良いかと思って口を閉じる。
本当は彼女が喜んでくれていることが嬉しいから止めない。
「ちょっとまってね、病院の人呼ぶから。あと、東野さんにも電話しないと」
そう言って彼女は忙しそうに動き回る。
ナースコールで看護師さんと会話をし、嬉しそうに東野に電話をする。
「何で泣いてるの!?どこか痛い?大丈夫?」
「え?」
泣いてる?私が?
自分の頬を手で触ると暖かい液体が手に当たる。
私、泣いてるんだ。
これは悲しくて泣いているんじゃない、嬉し涙だ。
彼女のやさしさが私の心を溶かしてくれているんだ。
涙は今まで我慢していた分までも出すかのようにずっと流れていた。




