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おかしい ―星宮―

 どうやら厄介な事態が起きているらしい。


 星宮有朱は校舎の窓から帰ろうとする護を見守った。


 前は紡や村正と一緒に帰っていたが、最近は何故か一人で帰ることがほとんどだ。


 おかしい。


 おかしいと言えば、護は最近生活リズムが少し変わったらしい。登校の時間がこれまでの平均と比べて四分以上ずれているし、お昼は学食からお弁当に変わった。



 シャツの襟もハンカチまできれいにアイロンが当てられている。


 おかしい。


 有朱は階段を下りて正門を出ると、『イーグルアイ』を発動しながら歩く。


 ここ数日の見守りにより、護の行先は理解している。


 護はバスに乗った。


 彼の家とはまったく違う方向のバスだ。これまでは門限のせいでこれ以上の追跡を断念していたが、今日は両親の帰りが遅い。


 護の変化を確かめる唯一の機会だ。


 バスの路線図は頭に入れてある。同じバスに乗れば、目立つ有朱ではすぐさまばれてしまう。だから街を突っ切り、先回りする。


 エナジーメイルとミラージュを発動し、有朱は走り出した。


 塀から家の屋根へと飛び移り、文字通り街を一直線に突っ切る。


 走りながら有朱の頭の中には最悪の予想が描かれていた。


 変わった生活リズム、お弁当、整った洋服。


 そこから導き出される答えは、




 ――女の影。




 まさか、とは言えなかった。


 冬花祭が近付き、生徒たちは桃色の空気にかどわかされ、浮足立っている。


 既に有朱の元には両手ではきかない量のお誘いが来ているのだ。


 その空気に侵されているのは男子生徒だけではない。


 これまでの護であればそんなに心配することはなかったが、護は桜花序列戦で圧倒的な強さを見せつけた。


 不適合者(オールド)卑怯者(ハイエナ)という悪評を吹き飛ばすには十分な実力。


 守衛科だけではなく、普通科にもその活躍は轟いている。


 有朱が少し目を離したすきに、新しい女が護に近付いていてもおかしくない。


 黒曜紡。


 音無律花。


 新たな女の影。


 本当に厄介な問題だ。


 有朱は何度もバスを先回りし、ついに護が降りる場所を突き止めた。


(こんな場所に一体何の用があって?)


 有朱が調べ上げた護の行動範囲にはない場所だ。


 護はそのまま一軒の家へと鍵を使って入っていった。


 護が引っ越しをした素振りはない。


 つまりこれは――、




 同 棲。




 有朱の頭の中にどどどん、とその二文字が浮かび上がった。


 箱入りで育てられてきた有朱だが、持ち前の勤勉さと情報収集能力によって、その手の知識もきちんと網羅している。


 いわく、大人な男女は婚前にもかかわらず一つ屋根の下共に暮らすことがあるのだと。


 てっきりどこぞの馬の骨が通い妻よろしく護に付きまとっているのだとばかり思っていたが、事態は想像以上に深刻だ。


 しかし待て。護にはきちんと想い人がいたはずだ。


 まさかその人と再会したのだろうか。


 情報が足りない。


 有朱は更なる情報収集のため、動き出そうとした。


 彼女にしては珍しく、予想外の事態に視野が狭くなっていた。


 だから気付かなかった。追跡する自分を更に追跡してきた人間がいることに。




「人の家を覗き込むとは、星宮家のご令嬢にしてはあまりにはしたない行いですね」




 ――ひっ、と珍しく星宮有朱は喉を鳴らして飛び跳ねた。




    ◇   ◇   ◇




 俺たちの前で星宮有朱が深々と頭を下げている。


 ‥‥何故こんなことに。


 説明を求めて鬼灯先生に視線を向けると、先生は肩を竦めた。


「星宮さんはあなたを尾行してたんですよ」


「申し訳ありません!」


「いや尾行なんて、そんなことあるわけないじゃないですか」


 あの星宮有朱だぞ。尾行されることはあってもするなんてあり得ない。


 というか俺を尾行しても得られるものなんて何もない。そういうのはイケメン相手にやるものだ。


 王人なら分かる。俺も王人の私生活は見てきた気がするし。


「なあ星宮、先生に脅されてるんだろ。謝らなくていいぞ」


 星宮の尾行より、何らかの理由で鬼灯先生に脅されている方が全然納得感がある。


 ところが星宮はばつが悪そうな顔で俺を見上げた。


「‥‥ごめんなさい」


 え、マジの話なの?


 意味が分からなず再度鬼灯先生を見ると、先生は笑いながら薄っすらと青筋を立てていた。


「それよりも誰が誰を脅しているんですか?」


 ‥‥ふむ。


 俺は流れるような動きで星宮の横で頭を下げた。


「すみませんでした」


 こういう時に反抗してはいけない。折檻が長引くからな。


「とりあえずお茶にしましょう。真堂君」


「はい!」


 言われた通り戸棚から茶菓子を出し、お湯を沸かす。


「星宮は紅茶でいいか?」


「だ、大丈夫よ。もうおいとまするから」


「折角来たんだし、お茶ぐらいは飲んでいってくれ」


 なんで尾行してたかも聞きたいし。


「そうですね。星宮さんも今の事情は知っておいた方がいいでしょう」


「‥‥先生」


「二人ともフールになった雲仙君に襲われ、正体不明の敵にも遭遇しているのでしょう。であれば、もう巻き込まれていると思った方がいいです」


 鬼灯先生は雲仙先輩の件については何も知らなかった。俺たちが学校に上げた情報は、全て理事長と騎士団(クインオーダー)によって処理されていたらしい。


 鬼灯先生が一切言及してこないから、知っていて黙っているのだとばかり思っていた。


「でも今回の件に星宮は関係な――」


「真堂君」


 俺の前に手が出てきて、言葉を遮られた。


「約束したでしょう。私はあなたの味方で、あなたは私の味方でいる。隠し事はなしにしてほしいわ」


 それは雲仙先輩と戦った時にした約束だ。


 星宮は才媛だ。選ばれたレールに乗り、このまま走り続ければ成功が約束されている。


 対して俺の道にレールはない。道なのかさえ分からない。踏み込んだ先に奈落が待っているなんてことも考えられる。


 一緒に歩いてほしいなんて、エゴだ。


 黙った俺に、星宮の瞳が不安そうに揺れた。


「真堂君」


「顔を上げなさい」


 鋭い声が響いた。


 鬼灯先生が底冷えするような雰囲気を纏って口を開いた。


「いきさつはどうあれ、あなたたちは既に関わってしまっています。下手に遠ざけようとするのではなく、きちんと話して対応できるようにしなさい」


 対応って言ったって、理事長たちの話だと相手は国家権力だろ。そんな簡単に話せる内容じゃない。


 鬼灯先生の声が少しだけ柔らかくなった。


「教員としてこのような言い方が正しいとは思いませんが、星宮さんは御三家星宮の長子です。あなたと違って、おいそれと手が出せる人間ではないんですよ」


 そうか。星宮は御三家の出身だ。裏天宮(りてんきゅう)がどれ程の存在でも、早々手は出せないのか。ただでさえ向こうは理事長――女王(クイーン)と事を構えようとしている。これ以上敵は増やしたくないだろう。


「待ってください。手が出せるって‥‥まさか」


 何かに勘づいた星宮が驚いた様子で俺を見た。


 仕方ない。覚悟を決めよう。


 雲仙先輩と戦ったあの日、星宮は俺を信頼してくれた。その信頼に応える方法がこれなんだ。


 俺は意を決して今の状況を話した。


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