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不出来なオムライス

 話を聞き終わった星宮は、呆然とした様子で下を向いていた。


「まさか、国家権力がそんな非合法なことを‥‥」


 俺が今、『火焔(アライブ)』の力を国に狙われていること。その刺客がいつ襲ってきてもおかしくないこと。理事長や女王(クイーン)については話していいか分からなかったので、そこはぼかしながら伝えた。


裏天宮(りてんきゅう)は表向き正式な組織ではありません。まことしやかに囁かれる存在しない集団です。とはいえ、あなたのお父様ならその実態もご存じかもしれませんが」


「父がこの案件に関わっていると⁉ あり得ません!」


 だん! と星宮が立ち上がった。


 鬼灯先生はそれを受けても冷静なままだった。


「落ち着きなさい、誰もそんなことは言っていません。秩序を重んじる星宮がこんなやり方は認めないでしょう。つまり、今回の件は裏天宮(りてんきゅう)の独断専行。魔法省そのものは関わっていないと見るべきです」


 星宮は言葉を噛み砕き、深呼吸をして座った。


「‥‥すみません。お恥ずかしいところをお見せいたしました」


「大丈夫ですよ」


 俺よりも魔法省に近い場所で生活してきた星宮にとっては、信じ難い話だろう。


 実際俺もまだ信じ切れているわけじゃない。


「であれば、一刻も早く父に状況を伝えた方が――」


「それは止めた方がいいですね」


「何故ですか?」


 なんでだ? てっきり星宮の力を借りるために話をしたのだとばかり思っていた。


「星宮家が介入してくれば、今回の件は更に大規模なことになる。力を借りるのは裏天宮(りてんきゅう)が本気で戦争を始めようとした時です」


「戦争って‥‥」


 そんな大げさな、とは言えない雰囲気だった。先生の目は本気(マジ)だ。


「ならどうして私にこの話を?」


「知っておくべきだと思ったからです。何も知らないままでいるか、知っていて爪を潜めておく方がよいか。あなたは後者だと判断しました」


 こんなに口数多く喋っている先生は珍しい。


 それだけ星宮に何かを伝えたいんだろう。とりあえず、今回の件に星宮を直接巻き込むようなことにはならさそうで安心した。


「分かりました。私は私にできることを行います」


「無理だけはしないように。あなたがいる場所は単純な力だけではどうにもならない場所でしょうから」


 俺を蚊帳の外で、二人は視線を交わして頷いた。


 なんで先生はこんな御三家とか魔法省について詳しいんだろう。相変わらず謎が多い人だ。


「そんなに心配そうな顔をしなくても、私も別の護衛も付いています。何事もなく終わりますよ。とりあえず今日は夕飯でも食べていってください。大したものは出せませんが」


「先生、そういうのは自分で作ってから言ってください」


「え、真堂君が作るの?」


「先生はご飯とか一切作らないから」


 俺も料理が得意なわけじゃない。一人暮らしでも外食に頼ってばかりだった。


 しかし先生と暮らすようになってからそんなことは言っていられない。


 居候代ですと料理を求められたのである。


 おかげで俺は訓練に加えて一通りの家事もやることになった。


「それなら手伝わせていただくわ」


「客人にそんなことさせられないって」


「勝手に押しかけて何もせずご飯だけいただけないもの」


 押しかけてというか、尾行してたんだよな。そういえば理由を聞いてなかったけど。


「星宮はなんでここに来たんだ?」


「‥‥それは、その。いつもと様子が違う様子だったから気になって」


「心配してくれたんだな。ありがとう」


 最近は鬼灯先生による朝晩トレーニングでやつれきってたから、心配してくれたんだな。


 星宮の凄いところは、優秀さだけではなく、それを鼻にかけない優しさだと思う。


 でもそれなら直接聞いてくれたらよかったのに。まあいいか。


 俺と星宮は共にキッチンに立った。


 冷蔵庫を開けると中には玉ねぎと人参、他ちょっと残しの野菜たち。あとは鶏肉に卵、ソーセージがあった。


 週末に買い出しに行ったんだけど、意外と一週間分を上手に買うのも、使うのも難しい。


 この素材で俺に作れるものといえば、一つだけだ。


「米は冷凍したのがあるから、オムライスにするか」


「真堂君、オムライスなんて作れるの?」


 俺用のエプロンを着けた星宮が腕をまくりながら聞いてきた。


 ‥‥なんだか随分と攻撃力高めだな、その姿。普段は絶対に見ることのないエプロン姿に胸がどうしたって高鳴ってしまう。


「そんな大したもんじゃないぞ。チキンライス作って薄焼き卵乗せるだけだ」


「‥‥薄焼き卵? オムライスってふわふわのオムレツを乗せて開くものではないの?」


「そんな難しいの作れないって」


 というか星宮の家はそういうタイプのオムライスしか出ないのか。うちなんて炊飯器に丸ごとケチャップと具材入れてまぜまぜするコスパ重視オムライスだったぞ。


「これ解凍しておいてくれ」


 星宮に冷凍ご飯を渡し、玉ねぎと人参をみじん切りにする。鶏肉も切って、それらを全部フライパンにどーん。


 ある程度炒めたら、解凍したご飯を入れてケチャップもずびびと放り込む。


「じゃあ星宮はこれをお皿に盛って」


「分かったわ」


 卵は贅沢に一人二個にしよう。どうせ鬼灯先生のお金だし、作ってるの俺だし。


 今なら母の気持ちがよく分かる。やっぱ自炊の経験って大事だったんだな。


 油を十分に熱したフライパンに、溶いた卵を流し込む。この間やった時は、フライパンがまだ冷たくて卵がひっついてしまった。同じ轍は踏まない。


 くるくるとかき混ぜながら火を通し、程よく固まったら、皿の上のチキンライスに滑らせる。


 我ながら上手く出来た気がする。


 二皿目を作ろうとしていると、ちょっと残しのレタスでサラダを用意していた星宮がおもむろに聞いてきた。


「こんな状況で聞くのもおかしいかもしれないけれど‥‥真堂君は冬花祭、誰と出るか決まったかしら?」


「冬花祭?」


 当然決まっていない。というか休み時間は村正や王人といて、放課後は専攻練(せんこうれん)。終わったらこの家に帰ってきて訓練。誰かを誘う暇もない。


「決まってないぞ」


「そ、そそ、そうなのね! まだ決まってないのね!」


「そんなに強調しなくても。そっちはたくさんお誘いが来てるんだろ?」


 俺と違って選り取り見取りだ。その中に星宮のお眼鏡にかなう人がいるかは分からんが。


「‥‥ええ。ありがたいことにたくさんいただいているわ」


「やっぱ人気者は違うな。冬花祭はいろんな企業の人が来るんだろ。星宮くらいになると、釣り合うパートナーを探すのも大変そうだな」


 さっきも話に出たけど、星宮は御三家の人間だ。きっとパートナーを決めるのも単純な好き嫌いじゃ決められないんだろう。


「もしかして、許嫁(いいなずけ)とかいたりするのか?」


 現代ではフィクションでしか確認されない伝説の存在、許嫁。


 俺も昔は年頃になったら知らない許嫁とか出てきて「なんでお前となんか!」「こっちこそ!」みたいなやり取りがあるのかと思ったものだ。


 実際に現れたのは妖精(フェアリー)だったけど。


「い、いないわ!」


 星宮の手の中でぐしゃりとレタスが潰れた。


 お、おおう。そうか。まあ現代的ではないわな。


 はっと手の中を見た星宮は、レタスを丁寧に広げて皿に乗せた。


「‥‥でも、似たような人たちはいるの。許嫁とまではいかないけど、婚約者候補みたいなものね」


「流石名家だな。ちょっと想像のつかない世界だけど」


「私にとってもそうよ。見たことも聞いたこともない人が自分の未来の夫として選ばれているなんて。おかしな話」


 どこか自嘲するように星宮は言った。


 眉目秀麗、完璧超人の星宮有朱にだって悩みはある。少し前までは、見せてさえもらえなかった弱み。


「もしかして、雲仙先輩も」


「そう。あの人も候補者の一人だったみたい。とはいっても、おじい様が勝手に候補を選んでいるから、私も厳密に誰がいるのかは知らないの」


「それであのバチバチ具合だったのか‥‥」


 あの時は教えてもらえなかったことを、話してくれる。


「学生の間くらいは、気兼ねない関係を持ちたいものだけど、中々難しいものね」


「‥‥そっか」


 なんだこれ。駄目だって分かってるのに、不思議と胸がぽかぽかしてくる。悩みを打ち明けてもらえるということが、特別に感じてしまう。


『あなたが私の味方をしてくれたように、今度は私があなたの味方をする』


 胸の中で今も響き続けている言葉が、強く跳ねた。


 待て待て真堂護。


 相手はあの星宮有朱だ。冬花祭という重要な局面で、多くの手が差し伸べられるマドンナ。まさしくスポットライトど真ん中の存在。


 かたや俺は、壁の花にさえなれるか分からない存在だ。


 まばゆい光にあてられて、自分も特別なんじゃないかと勘違いしそうになる。


「大変なんだな、名家の出身ってのも」


「今のあなたに言われても頷きづらいわね‥‥」


「パートナーとか言ってる場合じゃないもんなぁ」


 まずは生きてその時を迎えなければならない。一人だけ冬花祭のハードルが高すぎる。


「そ、その。もし、もしよ」


「どうしたんだ?」


「もし誰かに冬花祭のパートナーに誘われたら、どうするつまりかしら?」


「俺に誘い? ‥‥そんなもの来ないと思うけど」


「どうかしら。桜花戦で十分活躍したでしょう」


「八つ当たりだよ」


「でも、その八つ当たりに救われた人もいるわ」


 いつの間にか、ジュージューと音を立てて二皿目の薄焼き卵ができていた。


 余熱で火が入り過ぎないように、さっさとチキンライスに被せる。


 最後の一皿を作ろうと卵を用意していると、星宮が何か言いたげに俺を見てきた。


「‥‥やってみる?」


「いいの?」


「もちろん。星宮がやってみたければだけど」


「それじゃあ、折角だから挑戦してみようかしら。やっぱりオムライスはふわふわのオムレツだと思うのよね」


 まだ諦めてなかったんだな、それ。


「星宮は普段から料理するの?」


「しないわね。いつも専属のお手伝いさんか、たまにだけど母が作るから」


「どこの漫画の話なんだ、それは」


「し、仕方ないでしょう。お父様もお母様も仕事が忙しいんだもの」


「星宮ってお城みたいなところに住んでそうだよな」


「普通の家よ。大体真堂君だって来たことあるでしょ?」


 ほほ笑みながら言われた言葉にさっぱり心当たりがなくて、俺は思わず目を白黒させた。


 俺が星宮の家に?


 そんな一大イベントがあったかな。鬼灯先生との訓練で殴られ過ぎて忘れてしまったとか。


 はっ、と自分の言葉に気付いたらしい星宮が慌てて両手を振った。


「ご、ごめんなさい。間違えたわ。この間綾芽が遊びに来たから――」


「あ、ああ。そういうこと」


 良かった。俺の頭がポンコツになったわけではないらしい。


「それじゃあ作るわね」


「オムレツなんて難しそうだけど、本当に大丈夫か?」


「ふふ、これでも作ってるところは何度も見てきたもの。結局は動きの模倣。オムレツくらい簡単なものよ」


 意気揚々と卵をフライパンに落とした星宮は、案の定見事な炒り卵を作り出した。


 本人は半泣きで自分で食べようとしたが、折角だから俺がいただいた。


 まあ炒り卵でも美味しいのがオムライスのいいところだ。ついでに星宮有朱の手料理を食べられるなんて、俺には二度とない経験だろうから。


 せいぜい村正にでも自慢してやろう。


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