残念な男
十分ほど全力で殴り合った後、俺たちは鬼灯先生によって止められた。
雲仙先輩やランク3との戦いで強くなった気がしていたけど、それでも百塚は強かった。
武機なしでも押し切られそうになった。
「薬を塗るので脱いでください」
「自分でやるので大丈夫っす」
「背中は塗れないでしょう」
鬼灯先生の圧に観念した百塚が服を脱ぐ。身体にはあざと火傷がいくつも出来ていた。
一方の俺はダメージは負ったものの、全て『火焔』で治っている。
「‥‥すまん」
「何を謝ってるんだ? 模擬戦をしたんだからこれくらいは当然だろ。お互い様だ」
「いや、それにしてもな」
俺の訓練に付き合わせた挙句、相手にだけ怪我をさせているというのは大分ばつが悪い。
かといって俺が怪我を治さないのも変な話だ。
「本当に気にするな。お前と訓練出来るのは俺にとってもメリットがある」
「そうか?」
「ランク3と戦ったことがある人間はほんの一握りだ。お前と手合わせしたいという人間は学校の中にも大勢いるだろうよ」
「ほぼ何も出来ずに吹っ飛ばされたけどな」
ランク3を相手に戦えた感覚はない。まさしく鎧袖一触だ。
シュテンと戦っていたのは椿先輩だ。
薬を塗り終わった百塚は上着を着ながら超えた。
「お前の認識はどうあれ、強くなっているのは事実だ」
「そうですね。昔より強くなったのは間違いありません」
鬼灯先生が会話に割って入って来た。
鬼灯先生から誉め言葉がもらえるなんて珍しい話だ。鬼の口にも称賛である。
「しかしおかしいですね。話を聞いた限りだと、もう少し魔法の火力が上がってもおかしくないはずですが」
「う‥‥」
「途中で火力が上がらないようにセーブをかけてますね」
「‥‥」
まずい、背後に鬼がいる。称賛なんてとんでもない、こちらを油断させる甘言だったのだ。
黙っていてもぶっ飛ばされるし、嘘を言ってもぶっ飛ばされる。
俺は観念して口を開いた。
「火力を上げ過ぎると制御が効かなくなるんです。ランク3戦でも意識が飛びましたし、熱でまともに身体が動かなくなります」
「トラウマのようなものですか?」
「‥‥違うと思います。別に怖いとかじゃなくて、純粋に使い物にならなくなる気がするんです」
「ふむ」と鬼灯先生は顎に手を当てた。
そう。鬼灯先生の言う通り、俺は火力を意図的に抑えていた。百塚との時も、星宮が付き合ってくれた性能テストの時もだ。
肉体が魔法の成長速度に付いて来ていない。まともに操れない力はただの暴力だ。文字通り暴れ、自分も大切な人さえも傷つけかねない。
「足りないのは肉体の強度か、魔法の練度か。もう少し様子を見ないと判断できかねますね」
「俺はいつでも付き合いますよ」
「ありがとうな」
「この程度なら安いもんだ。言ったろ、俺にとってもメリットがある」
百塚は立ち上がり、かけてあった上着を着た。
体格がいいから、ダウンジャケットがよく似合う。
そのまま顔を合わせることなく、百塚は独り言のように言った。
「なにやらきな臭いことが起きているらしいが、何かあったら遠慮なく連絡しろ。多少の力にはなる」
「‥‥悪いな」
返答はなかった。百塚は鬼灯先生にゆっくりと頭を下げた。
「それじゃあ俺はこれで失礼します」
「中で一杯お茶くらい飲みませんか?」
「いえ、今日は『アイプロ』のイベントを走らなければならないので」
いい声でそう言い切ると、百塚は帰っていった。
そういえばあいつ、ソシャゲ大好きだったな。
「あの夏から鍛え上げた指捌きも見せてやりたいところだ」
「遠慮しとくよ」
マジで。
百塚は「残念だ」と言い残して帰っていった。
絶妙に残念な男である。
◇ ◇ ◇
月が青白く光る下、百塚は帰路に着いた。
「‥‥」
いつもならアイプロ最推し、水上和花のキャラソンを聞きながら帰るところだが、今日はそういう気分にならなかった。
彼の頭の中にあるのは真堂護だ。
強くなっていることは予想していたが、成長速度は常軌を逸している。
煉瓦の塔で本物の怪物たちと競い続けてきた百塚だからこそ、護の異常な成長には驚きを超え、恐怖すら覚える。
今日の訓練、百塚は本気こそ出していないが、手を抜いたつもりはなかった。
本気で叩きのめすつもりで拳を振るったのだ。
それがどうだ。攻撃すればするほど護の火力は上がっていき、つけた傷はすぐさま回復される。
初めて戦った時はスロースタートな部分が弱点だったが、今となっては『炎駆』によってそれも改善されている。
初見では攻略不可能な、理不尽なボスと戦わされている気分だ。
もしも本気で護と命の獲り合いをするとしたら――。
「ふ、悪い癖だな」
もう自分は煉瓦の塔ではない。百塚は頭の中に浮かんだ考えを振り払った。
戦うべき相手を見誤るな。
「‥‥」
百塚は自分の手を見た。あの日、拳も握れず、ただ大切な人を抱えるしか出来なかった。
護の放つ光が強くなるとの同時に、それを取り巻く影もまたより濃くなっていく。
もしもその影が彼を呑み込もうというのなら、躊躇はない。
『俺にはなぁ、譲れない物があるんだよ! それがある限り、この炎は消えない!』
汚泥から彼を救い出してくれたのは、護の鮮烈な熱だ。
戦う覚悟は、既に出来ている。




