第14話 灼焔鉄甲 ー カグツチ ー
絶体絶命の危機に陥った俺の前に現れたのは、俺の古くからの知り合いである女悪魔のリジーだった。
俺が先日注文していた俺の専用武器である手甲を届けるために、リジーはこのフーシェ島を訪れたんだ。
「あら? 何さバレットそのザマは。負けそうじゃないの。ケンカが強いのだけが取り柄のアンタが。こりゃちょうどいいところで私の商品が役に立ちそうだ。しかしまあ、こんなことならもっと代金上乗せしておくんだったね」
ニヤケ顔でそんな軽口を叩きながら、リジーは俺に何かを投げてよこす。
咄嗟に受け取ると、それは回復ドリンクだった。
「そいつの料金は後払いでいいよ。商品をご購入いただいたサービスさ」
「ケッ。サービスとかいうなら、無料にしろってんだ。銭ゲバ女め」
そう言うと俺は回復ドリンクを一気に呷った。
それは最高級品で俺のライフが一気に全快する。
リジーの奴め、金のためとは言え、いい仕事しやがる。
ま、これ一本で相当な値段なわけだが。
だがライフは回復するものの、さっきグリフィンにえぐられた太ももの傷までは治らない。
俺はティナから渡されたレッグ・カバーを外すと、傷のある左の太ももに巻き直し、きつく縛って止血する。
左の二の腕の傷はまだ痛むが、出血は止まっていた。
「さて、どんな具合か。確かめねえとな」
そう言うと俺は砂浜に突き刺さったままの手甲を拾い上げた。
これは先日戦った堕天使の頭目から奪った黒槍をリジーが鋳潰して手甲に打ち直したものだ。
黒の地金に赤い模様が炎のように散りばめられていて、俺の二の腕をしっかりとカバー出来るだけのサイズでありながら、決して大き過ぎない。
俺がそれを手にはめると、当然のことながら俺の拳や手首にピッタリとフィットする。
そして俺のコマンド・ウィンドウに新たな武器を装備したことが示される。
【専用武具:灼焔鉄甲を装備】
灼焔鉄甲。
そいつがこの手甲の名前か。
俺はそれを装備したまま、幾度か拳を振るってみた。
金属の割にはかなり軽めで、装備してもほとんど重さを感じない。
何よりもゴテゴテしておらず、その流線型のフォルムは拳を振るうのに邪魔がない。
これなら装備していない時と同様に拳を振るえそうだ。
「確かに受け取ったぜ。リジー。いい具合だ」
「毎度あり。じゃアタシは自分の作った武具がどんな働きをするのか、この目で確認させてもらうよ。どうせこの様子じゃ、ここから帰らせてもらえそうにないからねぇ。それにしてもすごいギャラリーじゃないか」
呆れ顔でそう言いながらリジーは、不正プログラムの感染者である魔物どもがひしめく周囲を見回した。
「よくここに入ってこられたな」
「まあね。おっと。そんなことよりお相手がお目覚めのようだよ。こりゃ避難しないと。特等席で見たいところだけど、巻き添えは御免だからね」
そう言って上空へ避難するリジーの言葉に次いで、海面から盛大な水柱が立ち上がる。
そこから現れたグリフィンが浅瀬の水を派手に跳ね散らかしながら俺には飛びかかってきた。
『ガアアアッ!』
人喰い虎がその太い前脚の鋭い爪で俺を引き裂こうとするが、俺は小刻みにステップを踏んで虎の前脚をかいくぐる。
太ももに受けた傷はまだ痛むが、ここまで来たらそんなことを気にしている場合じゃねえ。
『しつこい死に損ないが!』
そう唾棄するように叫びながらグリフィンが長槍を突き出した。
相変わらず速く厳しい突きだが、俺は右手の手甲でその穂先を弾いていなす。
鋭い金属音が響き、火花が散った。
だが手甲はグリフィンの槍を受けても壊れることなく、その流線型のフォルムでしっかりと相手の攻撃の力を俺の体の外側へと逃がすことが出来る。
いいぞ。
防御性に優れていて耐久力も十分だ。
こうしてグリフィンの攻撃を受け流せるようになったことは大きい。
今までは全て避けなきゃならなかったせいで、余計な気力と体力を消耗させられたが、相手の刃を跳ね返せる手甲があれば最小限の回避で済む。
これなら随分と楽だ。
それに防御から攻撃へ転じるバリエーションが増える。
俺はグリフィンの槍を手甲ではじくと、そのまま虎の横っ面を蹴り飛ばした。
『ゴアッ!』
だが、グリフィンとは独立したライフゲージを持つ虎のライフはわずかしか減らない。
元々、北方最強のボス・モンスターとして君臨していた人喰い虎だ。
多少のダメージじゃビクともしないだろう。
だが、それでいい。
雨垂れ石を穿つ、と言うが、一発で倒せないなら百発でも千発でも一万発でも食らわせてやるだけだ。
『往生際の悪い男だ』
グリフィンは次々と長短2本の槍を繰り出してくるが、手甲を得た俺はそれを懸命に弾き返す。
相変わらずの鋭く強い突きで防ぐのも一苦労だが、どうにも出来ないというほどじゃない。
さっき奴の槍の速さに苦労させられたことが、今になって活きてきた。
グリフィンの速さに俺の目と反射神経が少しずつ慣れてきている。
そして避けるより防ぐほうが容易かつ確実性も高い。
俺がこうして抵抗を続けることにグリフィンは明らかに苛立っていた。
その苛立ちが奴の槍さばきから伝わってくる。
『まったく気に入らん。ステータスの低い下級悪魔。なおかつその首輪によって攻撃力が半減した状態。だというのに貴様がここまで抵抗を続けられるのはどういうわけだ? 己の分もわきまえずNPCとしての領域を逸脱するその様子は実に不可解かつ不愉快だ。理解に苦しむぞ』
「NPCとしての領域を逸脱? それをてめえが言うか。俺は戦うために生きてんだよ。戦うことが生きることそのものなんだ。てめえみたいなクソ野郎に負けたくねえから、こうして意地張ってんだよ。ま、てめえなんかに理解されたくねえがな」
『低俗な生き方だ。私と貴様とでは志に神と愚民ほどの差があると知れっ!』
グリフィンの繰り出す槍の鋭さはますます苛烈さを増していく。
その勢いに押されて俺はグリフィンの突き出す槍を手甲で防御しながらジリジリと砂浜を後退した。
だが俺だって押されっ放しじゃねえぞ。
俺は歯を食いしばって腹の底から魔力を絞り出す。
「燃え尽きろっ!」
そう叫びながら俺は灼熱鴉をグリフィンに仕掛け、続いて噴熱間欠泉で虎を攻撃する。
炎の鴉も地下から噴き出す熱水も、どちらも当たり前のように不正プログラムの防壁に阻まれるが、その隙に俺は海竜の笛を吹く。
すると海上に猛烈な水柱が立ち上り、それがそのままグリフィンを飲み込まんと浜辺に押し寄せた。
『何度も同じ手を食うわけがなかろう。愚か者め!』
そう言うとグリフィンは大規模な不正プログラムの防壁を展開した。
グリフィンの周辺に陽炎のように揺らぐ不正プログラムの防壁に、大量の海水が吸い込まれて消えていく。
だが海水の質量は相当なもので、それを防ぐ防壁が激しく揺らいでいた。
俺は遠慮することなく海竜の笛を吹き続ける。
海水は絶えずグリフィンに降り注ぐが、奴は平然と防壁を展開し続けていた。
だが、そのせいでグリフィンはそこから一歩も動かずに足止めされている。
不正プログラムの防壁を展開するのに集中している奴の足元の砂が、防壁まで届かず降り注ぐ海水を吸い込んで白砂から湿った色に変色していく。
これはいけるかもしれねえ。
俺は笛を口に咥えて吹き続けたまま、静かに少しずつ体内の魔力を高めていった。
そして体から炎が噴き上がらない程度に魔力を高めたところで前方宙返りをして、両足を勢いよく砂浜にドンッと押し付けた。
砂浜に両足の炎足環の力が最大限伝わるように。
「噴熱間欠泉!」
すると……地面がわずかに振動し始め、すぐにグリフィンの足元から大量の海水が噴き出した。
『おのれっ……』
グリフィンの声を遮って轟音を響かせながら噴き出した海水は奴を包み込む。
そしてグリフィンの体が人喰い虎ごと上に跳ね上げられた。
その弾みで奴の防壁が途切れ、頭上からの海水にも飲み込まれる。
今だ!
俺は高めていた魔力をさらに最大限まで放出した。
俺の体から炎が噴き上がり、焔雷が迸る。
そして俺は右手が炎に包まれる様子をこの目に焼き付けた。
さっき灼熱鴉を放った時もそうだったが、灼焔鉄甲は俺の炎を浴びてもビクともしない。
むしろ炎の中でまるで息吹を吐いて、炎をより燃え上がらせているようにさえ感じられる。
さすがリジーだ。
底意地の悪い守銭奴だが、鍛冶の腕前だけは文句のつけようがない。
俺は満足感を得ながら前方を見据えた。
そこでは地面から噴き上げる海水と頭上から降り注ぐ海水がぶつかり合う水流に飲み込まれてグリフィンの体が翻弄されている。
先ほど奴は頭上からの海水を不正プログラムの防壁をフル稼働させて防ぎ続けていたが、その防壁が絶えず点滅を繰り返していたのを俺は見たんだ。
そして少なからず奴の体を海水の飛沫が濡らしていたのも。
俺の灼熱鴉・乱舞を防いでいた時と同様に、あの防壁は連続して発動させるとわずかな綻びが生じる。
そこに俺は噴熱間欠泉を最大出力で撃ち込んだんだ。
その結果として奴の足元に溜まっていた海水が一気に熱せられて噴き上がり、防壁の綻びを突いてグリフィンを吹っ飛ばした。
海水に飲み込まれたグリフィンの体が、とうとう水流に押し出されて宙を舞う。
俺は待っていたその瞬間を見逃さず、羽虫を追う猫のようにグリフィンに飛びかかった。
「うおおおおおっ!」
一気に跳躍してグリフィンに迫ると俺は燃える拳を突き上げる。
「噴殺炎獄拳!」
必殺の一撃はグリフィンの顎を確実にとらえた。
クリティカルヒットだ!
そのまま俺は思い切り拳を突き上げた。
だが巨大な人喰い虎と一体化しているグリフィンを天高く飛ばすことは出来ず、逆に虎が前脚を俺に叩きつけてきた。
「ぐっ……」
俺は咄嗟に手甲で防御して致命傷を避けるが、虎の凄まじい力は俺を軽々と叩き落とす。
俺は背中から砂浜に叩きつけられて苦痛に呻いた。
「うぐぅ……」
くそっ……グリフィンをぶん殴ることに全力を傾けていたため、虎の一撃を避け切れなかった。
ある意味1対2の戦いだから注意すべきことなんだが、それでも俺はグリフィンをぶん殴ることを優先した。
その結果として、今グリフィンの体は炎に包まれている。
『ごふっ……ごうああああっ!』
「へっ。ざまあみやがれ」
地面に叩きつけられた痛みに呻きながらも、俺は会心の笑みを浮かべた。
噴殺炎獄拳を浴びたグリフィンはその口や鼻から火を噴き、その上半身全体が炎に包まれていた。
自分の背中の上で火炙りとなって苦しむ主人の姿に、人喰い虎は大きく吠えながら踵を返して海水の中へ飛び込んでいく。
ムダだ。
水に入ったくらいじゃ、その炎は消えねえよ。
俺は痛みを堪えて立ち上がると、歯を食いしばってすぐさま虎を追う。
虎は海水でグリフィンの体を燃やす炎を消そうとしたが、水を浴びて激しい水蒸気を放出するとすぐにグリフィンの体は再び燃え上がる。
奴の体に打ち込んだ俺の火種は簡単には消せやしない。
「北方最強のボスともあろう虎が、すっかり飼い猫だな!」
俺はすばやく虎に突進すると、繰り出される前脚をかいくぐって虎の顔面に右、左と連続で拳を浴びせた。
グリフィンの奴が燃え上がっているせいで、不正プログラムの防壁が発動しない。
虎は鼻から血を垂らしながら怒りに燃えて俺を食いちぎろうと牙を剥く。
だが俺はすばやく虎から離れると灼熱鴉や炎足環で攻撃を仕掛けて虎のライフを削っていく。
グリフィンと合体したことの悪影響が出ているんだろう。
北方最強のボスと名高い人喰い虎は、本来ならばもっと強いはずだ。
だが、上に乗ったグリフィンが燃え盛っているせいで、それが気になって本来の力が出せずにいる。
余計なもん背負い込まされたもんだぜ。
気の毒にな。
だが、こっちにとっちゃ幸運だ。
俺は容赦なく虎を攻め立てる。
「オラオラオラオラァ!」
連続して灼熱鴉を放ち、人喰い虎を追い込んでいく。
そうこうしているうちに、そろそろバーンナップ・ゲージも7割ほど貯まってきていた。
次の紅蓮燃焼で決着をつけてやる。
俺は痛む体を奮い立たせ、決然と虎にむかっていく。
炎に包まれながら悶え苦しんでいたグリフィンは気を失ったのか、ぐったりとして動かなくなっていた。
後は人喰い虎を始末するだけだ。
俺は人喰い虎を相手に接近戦と中距離戦を繰り返し、少しずつだが着実に虎のライフを削り取っていく。
そしてバーンナップ・ゲージは満タンに向けて蓄積されていく。
苦しい戦いの連続で俺は心身ともに疲弊しつつあったが、グリフィンを打ち倒すまでもう手を緩めるつもりはなかった。
勢いに乗ってこの山場を乗り切ってやる。
そして……。
【紅蓮開花】
バーンナップ・ゲージがついに三度目のフルゲージを迎え、俺の頭の中に例の鐘の音が響き渡る。
だがその時、それよりももっと大きな音が俺の遥か後方で巻き起こった。
それはまるで女が泣き叫んでいるかのような声であり、耳を塞ぎたくなるほどの大音響だった。
だが、それだけだったら敵である人喰い虎を前にして俺は背後を振り返るようなことはしなかっただろう。
それでも俺は振り返らざるを得なかった。
なぜなら今にも背中を刺されるような殺気が俺の首すじを撫でたからだ。
「な……何だ?」
振り返った俺の視界に、何者かがこちらに向かって宙を飛んでくる様子が映った。
そいつは俺のすぐ傍らの波打ち際にドシャッと音を立てて転がったんだ。
その姿に俺は思わず目を見開く。
「お、おまえ……」
そこに転がっていたのは、体中を傷だらけにされて虫の息となっている海棲人の首領だった。
その無残な姿に俺は戦慄を覚える。
こいつは飛んできたんじゃない。
何者かにやられてここまで飛ばされてきたんだ。
まさかあの包囲網の中の魔物に、この首領を倒せるほどの奴がいたのか?
ティナは、ティナの奴はどうした……ハッ!
周囲を見回していた俺は息を飲んだ。
「……どうなってやがる」
俺の前方200メートルほどの海上に恐ろしい殺気を放つ人物が浮かんでいた。
翼の片方が白く、もう片方が黒いその人物は禍々しい気配をその身にまとっている。
それは……命を落として物言わぬ骸となっていたはずのティナだった。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 最終章 第15話 『堕天の少女』は
11月25日(月)0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




