第13話 肉弾地上戦!
俺の体から蒸気が放出され消えていく。
この体の能力を飛躍的に跳ね上げる紅蓮燃焼が解除された。
バーンナップ・ゲージはゼロを指し示している。
体にみなぎっていた熱と力が蒸気とともに消えていき、わずかな倦怠感が残る中で俺は前方を見据えた。
視線の先100メートルほどのところにはフーシェ島の砂浜が広がっていて、そこには巨大な人虎一体の怪物と成り果てたグリフィンが倒れている。
グリフィンも人喰い虎も俺の灼熱鴉・穿破を浴びて昏倒していた。
だが、こんな程度でくたばる奴なら苦労はない。
「さて。第3ラウンドといこうか」
そう1人呟いてから、俺はふと周囲を見渡した。
海面や上空には相変わらず不正プログラムに侵された魔物どもが整然と並んでいて、俺をこの海域から逃さぬよう周囲を囲んでいる。
奴らは主人であるグリフィンの言い付け通り、そこで動かずに見物を決め込んでいた。
主人の危機にも決して駆けつけようとはしない。
そんなことは命令にないからだ。
NPCもこうなっちゃ死者も同然だな。
そして後方を確認すると、ティナを抱えた海棲人の首領は数人の部下たちとともにこの海域を脱出しようと魔物どもと小競り合いを続けていた。
だが、不正プログラムによってバグッた魔物どもはライフが尽きても動きを止めない。
まるでアンデッドのように倒しても倒しても群がってくる。
それを見る限り、奴らの包囲網を抜けてここから脱出できる望みは薄いだろう。
その辺りは首領も心得ているようで、無理に突破することよりもティナの体を奪取されないことに重きを置いた動きをしている。
あれならそうそう簡単にはティナを奪われないだろう。
「よし。やるか」
俺はもう一度体に鞭を入れてフーシェ島に向かう。
空中戦と違って接近戦ならもっと確実にグリフィンにダメージを与えられる可能性が増すはずだ。
肉弾戦は俺の得意分野だからな。
だがそれは逆も然りで、俺も敵の攻撃を受けて致命的なダメージを負う危険性は高くなる。
次にまたバーンナップ・ゲージが満タンになるまでには時間がかかるだろう。
再び紅蓮燃焼の状態に入るまでの戦い方を頭の中で組み立てながら、俺はフーシェ島の波打ち際に降り立った。
まだ俺のライフは7割以上は残っている。
十分に戦える。
グリフィンと人喰い虎はすでに砂浜の上で起き上がり始めていたが、虎のほうは足元がフラフラと覚束ない様子だ。
口の中に思い切り灼熱鴉・穿破を撃ち込んでやったから、そのダメージが尾を引いているんだろうよ。
「どうだ? 虫けらにぶっ飛ばされた気分は。てめえは傲慢の酒に酔っぱらってたんだよ。いい酔いざましになったろう」
俺の言葉にグリフィンは鬼の形相を見せる。
『こんなものでは私は倒れぬ。貴様の遊びに付き合ってやっているだけだと気付かぬか? 箱庭の中を世界の全てだと思っている小物が束の間の優位に喜びはしゃぐ姿は実に滑稽だな』
チッ……負け惜しみほざきやがって。
俺は内心でそう悪態をつきながら、奴の様子を観察した。
グリフィンの機動力を一手に担っている人喰い虎が弱っているのは俺にとって好機だ。
どんな達人も足が弱ればその戦力は半減する。
まだ紅蓮燃焼を発動できない以上、相手が万全でないのはありがたい。
「ならもう少し小物の遊びにつきあってくれるか。大物さんよ。お疲れのところ悪いが、俺はまだこの通りピンピンしてるんでな」
そう言うと俺は軽くステップを踏んで拳を二度三度とすばやく振ってみせる。
そして数メートルの距離を挟んでグリフィンと対峙した。
グリフィンの持っていた光の槍は今はその光を失い、本来の長さを持つ槍に戻っていた。
しかし右手に短槍、左手に長槍を持つその姿に隙は見られない。
徒手空拳の俺にとって槍や矛などの間合いの長い武器は一番の難敵だった。
長いリーチの攻撃を避けて相手の懐に踏み込まなければ、こちらの攻撃は届かない。
それは戦いにおいてはかなりのハンデだ。
それを克服するために俺は今までさんざん訓練し、そういう武器を持つ相手とも渡り合えるようになったが、このレベルの敵を相手にどこまでやれるか。
ともかく先手必勝だった。
「さあ。ケンカの続きを始めようぜ!」
虎がフラついているうちにブチのめす。
俺はすぐに仕掛けた。
砂を蹴って突進する俺に、グリフィンは長槍を鋭く突き出した。
その速さもさることながら、奴の狙いが実にいやらしい。
俺の膝頭や下腹部など、避けにくい箇所に集中して攻撃を仕掛けてくる。
奴の繰り出す槍が速すぎて、俺は手で払うことも出来ず避けるのが精一杯だ。
先ほどの空中戦と同じで、一定距離以上は踏み込めない。
だが、さっきと違うのはここは地上で、踏みしめる足場があるってことだ。
俺は炎足環に魔力を込めて砂の地面を踏んだ。
「噴熱間欠泉!」
するとグリフィンの足元から熱っせられた海水が吹き出して人喰い虎の腹を焼く……はずだったが、それは虎の腹の手前で不正プログラムの防壁に阻まれた。
チッ……またあの防壁か。
腹立たしい。
『そんなお遊びのような小細工がいつまでも通用すると思うか。愚か者が』
嘲る様にそう言うとグリフィンは体の前面から魔塵旋風を放出する。
俺は砂浜に転がりながらそれを避けるが、避けたところに踏み込まれて槍の一撃を打ち込まれた。
「くっ!」
起き上がり様に真横に転がるものの、反応が遅れて俺は左の二の腕を切り裂かれた。
「うぐっ……」
焼けるような痛みが走り、鮮血が舞い散る。
だが、痛がってる場合じゃねえ。
俺はグリフィンの槍の届かぬ位置までバック・ステップで下がって牽制の一撃を放つ。
「灼熱鴉!」
炎の鴉はグリフィンを狙って飛ぶが、どうやら足腰が回復してきたらしい人喰い虎は軽々とこれを飛び越え、俺に迫ってくる。
クソッ……虎の回復が思いのほか早い。
俺はグリフィンの放つ魔塵旋風を懸命に避けつつ、何度も灼熱鴉を放った。
だが、それをグリフィンはことごとく避け、防ぐ。
俺はジリジリと押し込まれながら不利な応戦を続けた。
チッ……やっぱりダメか。
灼熱鴉を放つ際、いくらイメージしても先ほどのように炎の鴉を変化させることは出来ない。
やはり乱舞や穿破は紅蓮燃焼の状態にある時にしか使えないらしい。
そんなことを考えているうちにもグリフィンの槍や魔塵旋風が俺の体を掠め、俺のライフは徐々に削られていく。
バーンナップ・ゲージが溜まるまでにはまだまだ時間がかかるが、グリフィンの猛攻は止まらない。
このままじゃ次の紅蓮燃焼を迎える前に、俺のライフが尽きちまうぞ。
地上戦ならば自分の間合いで戦えると思っていた俺は、自分の甘さに苛立った。
勝機を見出だせないまま、不利な状況に追い込まれていく。
グリフィンの足である虎の動きが元の俊敏さを取り戻したことが俺にとって痛手だった。
上背のある虎の背の上という高い位置から突き下ろされるグリフィンの槍を気にしながら、虎の動きを上回るのは今の俺の状態では不可能に近かった。
戦い方を再構築する必要がある。
『なぜ私がこんな遊びに付き合うか分かるか? 愚かなバレットよ』
「知ったことかよっ!」
俺は奴の繰り出す槍を避けながら叫ぶ。
とにかく目の前の攻撃を避けることに集中していないと、すぐにでもあのムカつく槍に刺し殺されちまう。
だからといって攻撃をあきらめたわけじゃねえけどな。
将を射んとすればまず馬を射よ、という。
この虎の動きを止めることが出来れば、グリフィンの戦力を大幅に削れるはずだ。
不正プログラムの防壁も無敵ってわけじゃない。
破れない壁も届かぬ頂きもクソくらえだ。
「噴熱間欠泉!」
俺は気合いを込めて再度、炎足環の力を込めて足を振り下ろした。
虎の腹の底を突くように湧き上がる熱水はやはり不正プログラムの防壁に守られて無意味に消える。
だが俺は構わずにもう一度足を振り上げて地面を踏みしめた。
すると今度は虎の目の前の地面が熱水を噴き上げると同時に派手に砂を巻き上げた。
砂埃が舞い上がりグリフィンの視界を塞ぐ。
その隙に俺は跳躍してグリフィンに飛び蹴りを仕掛けた。
それを見越したグリフィンは長槍を突き出して俺を迎撃にかかる。
『こざかしいっ!』
「うるせえっ!」
だが俺は瞬時に羽を広げて空中で静止し、ギリギリのところで槍をかわすと即座に両手に炎を宿し、それをグリフィンに向けて撃ち下ろした。
「灼熱鴉!」
『ムダだっ!』
俺の放った灼熱鴉はグリフィンの目の前で防壁にかき消された。
だが俺はそれを目で確認することはなかった。
すでに次の技に入っていたからだ。
「螺旋魔刃脚!」
錐揉み状に回転しながら俺が繰り出した攻撃は、灼熱鴉をかき消したばかりのグリフィンの防壁にブチ当たる。
俺の爪先が不正プログラムの防壁に阻まれるが、俺は負けずに魔力をフル稼働させて体を回転させ続けた。
「ぐぅぅぅっ!」
『ムダだと何度言えば分かる!』
そう言ってグリフィンは右手の短い槍をさらに短く持って、回転する俺の体に向かってその穂先を鋭く突き出した。
そんなもん弾き飛ばして……。
「ぐっ!」
俺は左の太ももに鋭い痛みを感じて思わず呻き声を上げた。
奴の突き出した短槍の刃が俺の左の太ももを正確に突き刺したんだ。
さらには回転していたせいで、俺の太ももはまるでリンゴの皮を剥くように360度えぐられた。
その激痛のショックで俺の回転が止まり、そのまま俺は地面に叩き落とされる。
「ぐあっ!」
『ガウッ!』
すかさず人喰い虎がその太い前脚で、地面に倒れ込んだ俺の胸を抑えつける。
すさまじい重圧が俺の胸骨を軋ませ、肺を圧迫した。
し、しまった!
捕まっちまった!
「がっ!」
『ゴアアアアッ!』
ず、ずいぶんと力が入ってるじゃねえか虎の野郎。
さっき俺の灼熱鴉・穿破を口の中にお見舞いされて、相当アタマに来てるんだろう。
押しつぶす様に思い切り俺の胸を踏みながら、血走った眼で今にも俺を喰い殺そうと牙を剥いてやがる。
苦しむ俺を見下ろして、グリフィンがその顔にクソ忌々しい冷笑を浮かべた。
『満足したか? ムダな悪あがきだったな。この私に働いた無礼の数々を清算する時間だ』
くっ……馬鹿野郎が。
てめえはその何倍も俺をムカつかせてきやがっただろうが。
差し引きしたら俺の方が釣りをもらいたいくらいぜ。
くそったれ。
『もし貴様がこのショーの最後まで生き残れたら、見せてやりたいものがあったんだが、残念ながら物語の途中で貴様は舞台から退場だ』
そう言うとグリフィンは俺に長槍を向けて狙いを定める。
くそっ……万事休すか。
最後の抵抗で俺は魔力を必死に体に巡らせて焔雷を起こそうと試みたが、グリフィンは確実かつ迅速に俺を片付けようと長槍を振り上げた。
こ、ここまでか……。
『これで終わりだ! バレット!』
嬉々としてそう叫ぶグリフィンの野郎を、俺は唇を噛みしめて睨みつけた。
すると……グリフィンの肩越しに見える空に一瞬の光がキラリと瞬いた。
な、何だ?
俺が目を凝らした次の瞬間。
何かが猛烈な速度でこちらに向かって落下してきたんだ。
それは人喰い虎の腰に直撃して凄まじい衝撃とともにグリフィンを吹き飛ばした。
『ゴアアアアッ!』
『ぐおっ!』
俺にのしかかっていたグリフィンの体は大きく吹き飛ばされて海の中に落下した。
朦々と巻き上がる砂煙の中、体の自由を取り戻した俺は咳き込みながら目を瞬かせる。
「ゴホッ! ゴホゴホッ! な、何なんだ一体」
「ケンカの最中に失礼するよ。お楽しみのところを邪魔したねぇ。バレット」
昔馴染みの女の声に俺が顔を上げると、頭上十数メートルのところに1人の悪魔が浮かんでいた。
スラリと背が高く、真紅に輝く長い髪をかき上げながら、その女悪魔は緑色に光る目で俺を見下ろした。
「リ、リジー……」
そう。
それは俺の古い知り合いである女悪魔、リジーだった。
「お待ちどうさま。注文の品の配達だよ。お客さん」
そう言ったリジーは指を差して何かを俺に示す。
その指差す先に視線を送り、俺は知った。
上空から猛烈な勢いで落下してきてグリフィンを吹き飛ばした物の正体を。
そしてそれが今、俺の目の前の砂浜に突き立っているのを。
それは俺が先日、リジーに注文していた俺専用の武器。
黒と赤の金属で作られた左右一対の手甲だったんだ。
今回もお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回 最終章 第14話 『灼焔鉄甲』は
11月21日(木)0時過ぎに掲載予定です。
次回もよろしくお願いいたします。




