48.道具屋の異国への旅
正面に見る沈みかけの夕日は、視界に入るものをすべて赤色に変えていく。
天に浮かぶ雲は赤と灰の二色だけだったのに、背後の空には既に群青の夜の気配が満ちてきていて、もう間もなく地上にも降りてくるのだろう。そんな色彩が目まぐるしく変わっていく刻限であった。
大地の起伏が殆どない草原の中を東西方向に走っているのは、辺境大脈路とよばれる街道のうち、中央諸国のハウンドール王国と辺境諸国とを結ぶ辺境横断街道である。
この道は過去に発生した大地震によって巨大な地割れが起き、約百数十年もの間通行不能となっていた街道であり、辺境諸国はこの地割れのせいで長い間中央諸国から疎外、いや見捨てられてきた。
分断によって食料や生活物資が不足する中、辺境に散らばる多種多様な民族を纏め上げ、三カ所に拠点を設けて生活基盤を作ったのが、当時この地域の一領主であった異界から来た英雄「建国の勇者様」である。
人種によって秀でた得意分野を持っていることを理解していた勇者様は、各々の能力ごとに拠点を特化させると、三カ所の拠点を精力的に回り、効率よく品質の良いモノを作る異界の技術を伝授し、生活水準を飛躍的に向上させたのであった。
生活に必要な道具や身を守る武器防具を作る拠点として作られた村は、後に「鉱山都市国家グランデル」となる。
人々の着衣を作るため、生糸の生産や綿花の栽培といった事業や木工を担当した村が、「紡績都市国家ブラーダ」となる。
そして食を確保するため、獣の狩りや食肉加工、麦の生産、漁業や塩造りを担当した村は、「自由都市国家ラプトロイ」となった。
この三都市は、まだ村であった頃から、無い物を補いながら互いに協力し、他国から支援が無いながらも、辺境という過酷な地に確固たる人族の生活基盤を築いたのである。
そして分断から長い時を経て、勇者の知識を元に地割れ部分に長大な「吊り橋」が架けられたことにより、再び「辺境横断道」としての機能を取り戻したのである。
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踏み固められた街道を軽快に走っている二足歩行の鳥型魔獣オーグの影が、背後に長く伸びている。
慣れた手つきで手綱を操りながら騎乗しているのは、自由都市国家ラプトロイの裏路地に店を構える「道具屋」の主ロウである。
ロウが目指す目的地は、彼の師匠であるサキが住まう、ハウンドール王国の王都サイトス。いつも通り簡素な革鎧一式と年季の入ったフード付のローブを身に着け、首には黒蛇のディルを、フードの中には従魔のハクを従えての旅である。
持っている荷物も何時もの肩掛けの鞄だけで、武器すら携えていない。なにせ野営の道具や毛布などはすべて魔法拡張鞄に入れあるので、オーグの負担も相当軽減されているはずだ。
魔境の奥深く、妖魔の国から帰還した日にあったサキからの手紙は「早く酒を持ってこい」との督促状であった。ロウはいつもこの時期、蒸留酒が出来あがる頃にサキの元へ届けに行くのである。
手紙を読んですぐ出発の準備をしたのだが、組合の呼び出しや魔法武器の製作依頼が重なっていらぬ時間が過ぎ、ようやく数日前に出発できたのだった。
ラプトロイから隣国の王都サイトスまで行くには、紡績都市国家ブラーダに所属する街道分岐の街パックランを経由して辺境横断街道に入らなければならない。ここまでで一日はかかる。
パックランを出てから途中一日野営を挟んで横断街道を西進していくと、大昔の地震が原因でできた深い地割れに架けた橋にぶつかるのだが、橋のたもとに発展した町セントールの宿に泊まることになる。
次の中継地は街道沿いに設けられた公共の野営所で野宿となり、さらに次の中継地がようやくハウンドール王国国境警備隊の砦を通過した先のダキニス町だ。
だが、通常の移動速度であれば町に辿り着く前に日没になってしまうため、この町には立ち寄らず、国境の砦の周りで野宿し、次の町へ向かうのが一般的になってしまっている。
その後、セヴルト町ほか二つの町村を越えて、ようやく王都サイトスに到着するのだ。
ラプトロイから片道十日以上もかかる距離ではあるが、弟子ならば師匠のため心骨削って働かなければならない。それが片道十日以上かかる遠く離れた国に住む御方でも、だ。
だが、特に期限があって急ぐ旅でもない。サキの機嫌が少し悪くなるだけなので、ロウとしては慣れたオーグに乗って、ゆっくりと旅を楽しむ心算だった。
すでにラプトロイを発ってから四日目。
サイノスまでの半分の行程を過ぎたが、旅は至って順調である。
辺境大脈路の横断街道のうち、辺境諸国連合が管理しているブラーダから国境の町セントールまでの範囲は警備が行き届いており、魔獣や野盗に襲われる事も無かった。
そこから先はしばらく白地地帯になるのだが、セントールで聞いた話では、最近ハウンドール王国が大規模な野盗討伐と魔獣狩りを行ったとかで、街道を走る者の安全が飛躍的に向上したという事だった。
白地地帯には人族が住んでいる「正規の」町や村はないので、この先にある公共の野営所が今日の目的地となる。
「ロウ!オーグを駆る旅は気持ちが良いな!!」
「は、はぁ・・・」
「間もなく野営所に着くだろう。今夜はロウの手料理が食せるな!楽しみだ!」
「あはは・・・」
何故かシモン・ヴェルモートルが一緒であった。もちろんシモンの従者である戦闘用機械人形サンも一緒だ。それぞれがオーグに騎乗しているので、街道に延びる影は三つだった。
シモンとサンはいつも着用している鎧は籠手を残して脱いでいて、旅用の軽い革の胸当てやキュートレットを装着しているだけの装備である。
先日、いつもの様に道具屋を訪れたシモンは、ロウが旅の準備をしていることを何となく察し、ロウを問い詰めてサイトス行きを聞き出した。
そして、サンを仲間にしたことで迷宮の探索も順調に進み、ここ数季以来一番の利を上げていたシモンは、しばらく探索は休みにして、自分もロウと共に旅に出ると言い出したのである。
もちろんロウは、自分が師に会いに行くための旅なのだからシモンの同道を断ろうとしたのだが、サンがサキの元にいる自分と同じ機械人形のヨキに会ってみたいと言ったことで、渋々ロウが折れたのである。
サキの元にいる機械人形ヨキは、彼女の錬金術の知識、技術、感性の全てを注込んで復活させた、創世期の遺物、いや至高の機械生命体ともいえる個体だ。
ヨキが目覚めた当時、まだサキの助手であったロウは、師の技術力、想像力、行動力に瞠目したと言って良い。手に触れた物質を錬金術で形も性質さえも変化させる魔法技術は正確無比であり、思考の切り替えの早さと知識の引き出しの多さにはただ唖然とするしかなかったほどである。
サンもヨキも、同じ時代に作られたわけでも、記憶を共有しているわけでもないのだろうが、その身体構造は共通部分が多く、互いの情報交換は有意義なものになるだろう。
◆
そんな訳で、三騎連ねてラプトロイを出発し、現在に至る。
遠くの山へ夕日が完全に隠れる頃、三騎のオーグは街道際に設置された公営野営所に到着した。門に立つ野営所の管理人に身分証を提示して、柵の中に入れてもらう。
野営所は高さ3m程の頑丈な格子柵で囲まれていて、魔獣や野盗の襲撃から身を守る事ができる施設だ。万が一外敵から襲撃を受けたら、中にいる者が一致団結して戦うという暗黙の不文律もある。
ただし、柵があるから完全に安全という訳ではない。過去には商隊に擬装した野盗が出たこともあったし、地竜の群れに襲撃されて柵を破壊され、甚大に被害が出た事件もあった。
今日の野営所には七台の馬車が集まり、単騎や徒歩の者も合わせて約四十人が利用していた。この中の三分の一が旅の途中か護衛依頼を受けた探索者達である。
それぞれが仲間同士で集まり、野営の準備や荷の点検をする者達、すでに火を囲んで食事をしている者達と見慣れた風景だ。商隊の馬車は全て入口付近に馬車を止めていて、奥に行けば行くほ空いている場所が多い。
中に入れば特に場所の割り当てなど無く、適当に空いているところでバオ(テント)を建てても良い事になっているので、ロウ達も早速野営の準備を始めた。
出入口から遠い奥まで行き、魔法拡張鞄からバオと中敷きの毛皮を取り出す。ハクとサンも手伝って二棟のバオが建てられ、中に毛皮を敷いてあっという間に設営が終わった。
ロウは休む間もなく、魔法拡張鞄から簡易机や調理道具や食材、コンロや木炭など取り出して、すぐに食事の準備を始めた。
「ここまでの旅は順調だな。魔獣にも盗賊にも出会わない長旅なんて久し振りだよ。」
「辺境諸国はともかく、この白地地帯にハウンドール王国軍が出張ってきているとは思いもしませんでしたよ。」
「ああ、王都の商隊が襲われたので、王国が野盗の討伐軍を派兵したらしいな。護衛の探索者も含めて三十人も殺された事件は、ラプトロイの組合にも注意喚起が回ってきていたぞ。」
「それは知りませんでした。」
「でも、五日もしない内に野盗を全滅させたそうだ。仲間を殺されたのだから、探索者組合も野盗の拠点捜索に相当数の探索者を動員したらしい。」
野盗などが出れば直ぐに拠点の大捜索が行われ、討伐軍が殲滅に向かう。ならず者が好き勝手にのさばれるほど、この世界は甘くはないのだ。
そんな雑談をしながらも、ロウは夕食を作る手は止めず、然程時間も掛けずにブロック肉の香草包み焼き、ふかし芋と味茸の塩バター炒め、野菜スープ、おにぎりが出来あがった。
すでにディルとハクは肉を炙る火の前に陣取っており、ロウが火から下ろすのを今か今かと待ち構えている。
ロウは苦笑いを浮かべ、ブロック肉を木皿に移して簡易机の上に置く。すると、早速ハクが肉を器用に切り分けて、横で待つディルの口へ放り込んでいった。
その他の料理も並べられ、人族に妖人、妖魔、魔獣に機械人形まで揃った、訳の判らない一団の食事が出来あがった。
「うむ、やはりロウの料理は美味いな。芋とキノコがこんなに合うとは思わなかった。」
「セントールの宿で下拵えをさせてもらえたのが良かったです。簡単な料理ですから迷宮の中でも作れますよ。」
「もちろんだとも。サン、調理法を記憶してくれ。」
「シモン様、ご自分で調理してみようとハ?」
「・・・家にはキロステイとネネイがいるし、迷宮ではサンが作ってくれるからな。私は別に作らなくても良いのだ。」
「シモン様ハ、私がくるまで迷宮では干し肉ばかり齧っていたそうでス。」
「なっ!そ、そんなことはない!それなりに作ることは出来ると思うぞ!」
シモンの料理不得手が暴露されるが、探索者の料理など男女ともそんなものである。美味しい料理を作るための道具など、探索には「余計な荷物」でしかないのだ。
だが、シモンもサンが来てくれたおかげで、探索中の食事や十分な休息が確保されたので、だいぶ助かっているとの事だった。
食事を終えてオーグの世話をする。身体に付着した埃を洗い流してやってから、ペレット状のエサと魔法で出した水を飲ませると、柔らかい草の上で足を畳み、そのまま眠ってしまうようだ。
「オーグも良いが、騎乗やはり疲れる。今度は馬車で移動する事にしよう。」
「は、はあ・・・」
リミテッド級探索者ともなれば、依頼を受けて遠い他国まで行く事もあるので、その移動用に自分の馬車を持つ者が多く、例に洩れずシモンも自分の馬車を持っている。もちろん曳馬はその都度、業者から借り受けるのだが。
今回の旅に出る前、シモンは当然の如く自分の馬車での移動を希望したのだが、ロウはあの乗り物が壊滅的に苦手であった。乗り心地はまあ及第点なのだが、馬車の中という閉鎖空間に息が詰まってしまうからである。
シモンが所有するのは、四輪二頭立てキャピトル型の六人用馬車である。
ラプトロイも含め辺境諸国では、建国した当初から馬車の「サスペンション」という技術が伝承されていて、馬車での移動速度も上がり、都市国家間の流通に大きく寄与している。。
建国の勇者が伝えた技術なのだが、それまでの馬車に比べて格段に乗り心地は良くなったものの、特殊な部材「板バネ」や「ダンパー」などを作るには高度な技術が必要だし、調整も難しい。
それなりに値が張るモノになってしまうためか、こういった馬車は貴族か大商人しか使っておらず、一般人は従来型の馬車を使っているのが現状である。
以前、ロウはシモンからの依頼を受けて、馬車の足まわりに相当手を加えて乗り心地を向上させたわけだが、それでも馬車に乗ると、御者台や屋根がない所にいないと気分が悪くなってしまうのだ。
ともあれ、シモンが話しかけてきた「今度」とはいつどこへ行く旅のことなのか、ロウには全く分らなかった。
そして夜。
安全な柵の中だと言っても、夜は当然火を焚いて不寝番を置く。不寝番はともに睡眠を必要としないハクとサンの役目だ。
ハクはこの旅の間、ずっとご機嫌である。サキの元へ行けば新しい曲を教えて貰えるのだから。
野営所の夜は笛を吹けなくても、愛用の笛を見詰め、踊る炎と同じように機嫌良さげにプルプルと揺れていた。




