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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
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47.道具屋のご近所様


自由都市国家ラプトロイには、東西南北に四つある「門」があるのだが、常時開いているのは西門と東門だけである。

南北に延びる辺境縦断街道に出るには、当然北門を使ったほうが都合は良いのだが、政治的軍事的理由から北門と南門は常に閉じられているので、ラプトロイへの出入りは東西門を使うしかない。


四重に作られた防護壁のうち、第二防護壁と第三防護壁の間が所謂「平民」が暮らしている場所である。


第二防護壁から第四防護壁まで貫通し、東西南北の四方へ延びる大通りが平民の居住区を四つに分割していて、それぞれ商業地区、職人地区、住宅地区、探索者地区と住み分けが出来ていた。


街の北西が商業地区で、商人たちが店を構えるなり商会を営むなりしながら住んでいる地区である。

一方、北東部は職人達が工房を構えて物作りに勤しむ地区で、鍜治工房や木工石工の工房、硝子工房などが多く、店を持たない職人達が住む集合住宅も多い。

南西部は、商業地区や探索者地区に通う一般人や、第三防護壁の外へ働きに出る農民が多く住まう一般住宅地区で、こちらも集合住宅が多く、人口密度は一番高い。

そして東門に近く「魔境」や「迷宮」に通いやすい南東部が探索者地区と呼ばれ、探索者を相手にした安宿や飲食店、賭場や娼館などが多く建ち並ぶ歓楽街となっている。


どの地区でも同じことだが、大通りに面した一ブロック二ブロックは建物が整然と並び、一見整備された見た目なのに対し、そこからさらに路地を入って行くと道幅も狭く、建物同士がくっつき雑然とした様相に変わっていく。

石造りの建物の殆どが二階建て以上であり、三角屋根ではなく屋上を有した直方体をしているため、場所によっては陽が当たる場所は屋上しかないという家もあり、どの家でも屋上で洗濯物が風に靡いている状態だ。


人々の職業で大雑把に区割りはしたものの、人口増加に伴う整理が追い付かぬまま、狭い範囲に多くの人が住むようになったためで、建物の並びに規則性が無くなるのは仕方が無いことである。

建物の間を縫うように伸びる裏路地の道は、狭く曲りくねって死角も多いのに、なぜか無駄な空間(デッドスペース)が無いのが不思議だ。


現在、第三防護壁と第四防護壁の間にも新しい住宅地区が出来つつあり、第五防護壁が出来る日も近いと噂されている。

都市国家に住む者は、魔獣の脅威から身を守るため、「壁内」という限られた空間に住むしかないのだが、それを苦ともせず、互いに協力しながら逞しく日々を過ごしているのだ。



ラプトロイの第三防護壁内東エリアの職人地区は、工場や工房からモノを作る様々な「音」が絶えない騒がしい地区である。

ロウが営む「道具屋」もこの地区の裏路地にあり、そこを店舗兼工房兼住居として慎ましく暮らしている。


当然、こんな奥まった裏路地には表通りにあるような大店などはなく、親方から独り立ちを許され、小さな店舗兼工房を持った職人達が住んでいる。

ただ、この辺りの職人は独り立ちしてまだ日が浅い者が多く、ロウのように店舗を構えて飛び込みの客や依頼がくるのを待つのではなく、親方衆や大店の下請け仕事を貰っている者が殆どで、自分の店で売り上げが少なくても、贅沢しなければ食べてはいけるのである。


道具屋の西隣は、年齢が分からない怪しい女性が営む石鹸屋で、主に表通りの大店に品を卸しているが、少量なら店でも売ってくれる。

道具屋の向かい側は、ハブスが営む食堂兼酒場で、ここは早朝から夜遅くまで営業し、いつも職人達の胃袋を満たしてくれている。

道具屋から更に奥に行く小路を挟んだ東隣は、通いの職人達が住む集合住宅である。三階建てで十世帯二十一人が暮らしているが、その半分が妖精族ドワーフ種だ。

道具屋のはす向かい、ハブスの店の西隣は若い家具職人の夫婦の工房兼住居、小路を挟んだ東隣には表に看板を出していない怪しい魔石屋があった。

道具屋の裏は空き地で、一応道具屋の所有だが、街の防火対策のため建物の建築は認められていない。ここはロウが作った武器の具合を確認したり、近所の職人達のため資材の仮置き場として、外でしかできない作業をするための場所として提供している。


朝からよく晴れたこの日、ロウの店にお隣の石鹸屋さんが訪ねて来た。

彼女は、超が付く人見知りである。初めて会う者なら言葉を交わすことも出来ず、たとえ店の中でもフードを目深に被り、決して素顔を見せないとまで言われている程なのだ。


だが、彼女が作っている石鹸は、ラプトロイでの塩造りの過程で得られる副産物と焼却灰、植物由来の油を錬成魔法で混合・固化し、花や果実、香草で香り付けしたもので、客からの評判も良い物だった。

碌にロウの工房にある魔高炉に残った魔核の焼却灰は、品質の良い石鹸を作るための材料になるらしく、ロウは灰がある程度溜まってくると、彼女の店に無償で提供していた。


「ああ、石鹸屋さんいらっしゃいませ。すみません、まだ焼却灰はそんなに溜まっていませんよ。」

「ううん、て、鉄の柄杓が・・・ほ、欲しいの・・・錆ないやつ、の・・・。」

「ああ、ステンレス鋼の柄杓ですね、分りました。大きさは前のと同じで良いですか?」

「う、うん・・・同じで・・・。」

「はい、前の柄杓はどうします?もう使えないなら、潰して新しいモノの原料にすればお安くできますよ。」

「あ・・・う、うん、そうして。あ、あとでもってくるわ。」


あがり症の彼女は、顔見知りになってだいぶ経つロウや近所の人と話す時でも決して目を合せないし、会話もたどたどしいが、周りもそんな彼女に慣れてしまったので、会話を急かしたりせず、ノンビリと話を聞くようにしている。

注文を終えた彼女がホッと肩の力を抜いた時、今度はロウから話しかけた。


「あ、そうだ、ミント草の石鹸は在庫有りますか?」

「え?ええ、ろ、六個あるわ・・・」

「じゃ、明後日取りに行きますので、取り置きをお願いします。お代はその時でよいですか?」

「あ、お、お師匠さんへ送るの?」

「いえ、今度師匠の所へ行く予定なのです。ついでに持って行こうかと思いまして。」

「じゃ、し、新作があるから、い、一緒に持っていってあげて。」

「え?また新しい石鹸が出来たのですか?それはきっと師匠も喜びますよ。」

「か、感想が、ほ、欲しいの・・・は、肌の保湿効果があるみたいで・・・じょ、女性にはきっと良いモノだから・・・」

「それは良いお土産が出来ました。あ、効能を書いた説明書きもいただけますか?僕じゃ説明しきれないかもしれないので。」

「わ、わかったわ、あ、明後日まで・・・ち、ちゃんと用意しとく・・・。」

「宜しくお願いします。」


石鹸屋がいそいそと店を出て行く姿を見送り、ふと何かに気付いたようにロウは呟いた。


「あ、灰と言えば、屑魔核の在庫が少なくなってきましたね。魔石屋に行っておかないと。」


ロウは店の留守番をディルとハクに任せると、店を出て斜向かいの魔石屋へと歩いて行った。


この世界に跋扈する魔獣と呼ばれる生物の体内には、必ず「魔核」と呼ばれる多量の「魔力」を内包した結晶体が生成されている。

魔核は体内にたまった魔素が結晶化したモノと考えられているが、どうやって生成されるか、なぜ魔獣だけが持っているのか、など詳細はいまだ不明で、各機関で盛んに研究が行われているという噂だ。


魔力を具現化した「魔法」が、生活の一部として当たり前に存在する世界で、人族は様々な「魔道具」を生み出し、道具と魔核を接続しエネルギー源として活用してきた。


そこで生まれたのが「魔石屋」で、魔獣から採れる魔核を魔道具に装着できるように加工を行う者達である。

歪な形の魔核は、使用する魔道具に合わせて切削研磨され、まるで宝石のような形に加工されると「魔石」と名が変わり、ようやく市場に流されていくのである。


脆い魔核を加工するには特殊な技術と知識、そして魔法能力が必要であり、誰でも魔石屋になれるわけではない。

当然ながら魔核に内包される魔力は有限なので、魔力を使い切ってしまうと何の役にも立たない結晶体になってしまうため、彼らの仕事が途切れることは決してないのである。


さて、斜向かいの魔石屋は一階部分全てが工房となっていて、店の中で何かを売っている訳ではない。この店の店主は魔人族ブーリック種の男で、戦闘能力より創作能力に優れた種族だと云われている。


ロウが店の扉を開けると、奥で何かの作業をしていた店主が作業の手を止め、顔の半面を覆っていた革製のマスクを外して立ち上がった。


店主が装着していたのは、家畜の乳袋を鞣した革を二枚重ね、その間に炭粒と綿を詰め込んだモノで、魔核の加工時に発生する粉じんを吸い込まないようにするための保護具である。もちろんご近所さんのため、ロウが作ったモノだ。

顔にピッタリと吸い付くように収まり、ただ布を口に巻くよりよっぽど良いと好評である。


「こんにちわ、屑魔核を買いに来ました。木箱八つほどお願いします。」

「やあ、道具屋さん、いつも助かるよ。こんなのを買ってくれて。」

「こちらこそ、これだけ集めるのでも手間でしょうに。」

「探索者養成所でいっぱい取って来るからな。組合でも買取ってくれない屑魔石が幾らかの金になるんだ。お互い様だよ。」


屑魔核とは、ゴブリンやスライムといった弱小魔獣から剥ぎ取って得られる小さなものや、切削加工の過程で出てくる破片などのことで、使い道がないために組合でも買取ってはくれないものだ。

熟練の探索者は、わざわざ解体して売れない魔核を剥ぎ取ることはしないので基本的に放置されるのだが、養成所に通う見習いは魔獣の解体を覚えるため、弱小魔獣でも魔核の剥ぎ取りをしなければならないので、こうした屑魔核はどこの町でも余剰がある状態だ。。


そんな売り物にならないような魔核を安い値ではあるが、ちゃんと買取るのがこの魔石屋であり、魔石屋から買うのがロウなのである。

ロウの工房では魔高炉の燃料として炭や石炭を使わず、魔力を有した魔核を燃やして火力を得ている。そのため、大量の魔核が必要となるのだが、その殆どを斜向かいの魔石屋から卸してもらっているのだ。


対価を払い、いつも通り取引が終わると、そこは気心知れたご近所さんなので、なんとなしに世間話のような雑談になってしまう。


「何か最近森の浅部でゴブリンが増えているみたいでな、屑魔核も結構集まっているらしいぞ。」

「そうですが。安く買えるようになるのは良いけど、ゴブリンが増えているというのは心配ですよね。」

「だな。探索者組合も注意喚起はしているようだから、道具屋さんも外に行くときは気を付けなよ。」

「はい、ありがとうございます。それじゃ頂いて行きますね。」

「まいど。台車は使っていいぜ。箱は空いたものから戻してくれればいいよ。」

「分りました。いつも通り店の前に置いておきますね。」

「はいよ。」


それだけ言うと、魔石屋はまた仕事に戻っていった。

ロウは台車に木箱を積み上げて店の外へ出ると、石畳の道で荷が崩れぬよう慎重に台車を押していく。


すると、細い路地の奥から子供達が勢いよく駆けてくるのが見えたので、ロウは子供達に道を譲り、一旦台車を止めてやり過ごそうとした。見れば全員が近所の子供達で、ギムキョウ学校の年少組に通う男の子三人、女の子二人のパーティである。

子供達は走りながらも器用に台車を避け、五人とも足踏みしながら立ち止まってロウに挨拶をしてきた。


「ヘビのオッチャン!こんちわ!!」

「はい、こんにちは、そんなに勢いよく走ったら危ないよ。」

「いまからがっこうの広場で遊ぶんだ!早く行かないと他のヤツに場所を取られちゃうんだよ!」

「はいはい、前をよく見て、気を付けて行きなさい。」

「わかってる~!!!」

「こんどハクちゃんもいっしょに遊ぼうってつたえといて~!」

「うん、お休みの時にお願いするね。」

「わかった~!!!」


再び子供達が駆け出していく。彼らの一糸乱れぬ統率された動きは、見ていて何とも気持ちが良いものだ。

ロウは子供達が見えなくなるまで見送ると、笑みを浮かべながら「道具屋」の扉を押し、カウンターに座って笛を吹いていたハクに言った。


「ハク、近所の子供達から遊ぼうってお誘いがありましたよ。師匠の所から帰って来てからですが、行ってみなさい。」

「・・・」


ハクは少しだけ首を傾げてからコクコクと頷くと、また笛を拭く事に没頭していく。


ロウは木箱を工房に運び入れた。

ほんの少しの間お店を留守にした主だったが、裏路地の「道具屋」は、またいつもと同じ日常に戻って行った。






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