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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
20/62

20.道具屋と店員の昔話


この世界の種の進化は特殊と言わざるを得ない。


人族は主に人間族、獣人族、妖精族、魔人族の四種族が存在し、それぞれが融和と対立を繰り返しながら共存してきた。

人間族にはアッシミア種とコードミア種があるが、圧倒的に短命なアッシミア種が多く、コードミア種に出会うことは稀である。

長寿であるコードミア種は突然変異であるという見方が一般的で、共にアッシミア種の両親からでも生まれることもあるという。


また、人族の他にも神獣や幻獣、聖獣といった知的生命体が存在し、魔獣の中にも進化を重ねた高位魔獣や妖魔といった知性を持つ生物もいるのだ。


妖人族はこうした突然変異種の中でも特に稀な種だと言われている。

人と妖魔の混ぜ合わせとも、神の廃棄物とも言われ、人気のない場所に突然その姿を現す。人なのか妖魔なのか、その姿から判別できないほど両方の特徴を持ち合わせている、とにかく形が不完全な生命体なのだ。


その禍々しい姿故か、人族、特に人間族と妖精族は彼らを厄災を撒き散らす忌諱として狩り立てる。

妖人族は賢く、狡く、戦いに長け、弱者を喰らう。長く生き、多く魔素を吸った個体は、人族に括る事が出来ないほどの強大な力を持ち、時に人族にその牙を向けてくるからである。



ヒカリゴケがびっしりと岩肌に張り着いて淡い光を発しているため、閉鎖された洞窟の中だというのにその空間全体が明るく、浮び上がっているかのように見える。

ヒカリゴケのような自発光性植物は、「魔境」か「迷宮」のような魔素濃度が高い場所にしか生息しない植物であり、それがこのような閉鎖空間にあるのならば、ここは間違いなく「迷宮」の中であろう。


そして、その閉鎖空間の中、まるでお椀を伏せたような半球形の空間で、二体の異形のモノが対峙している。


一体は上半身が人族で下半身が大蛇という妖魔メドゥーサで、漆黒の鱗で覆われた尾の先端までの体長が10mを越える巨体であるが、頭の部分だけが美しい女性の上半身であるというアンバランスさが、却ってその生物の禍々しさを煽っている。

そしてもう一体は、こちらも人外である。体型は確かに人の姿であるが、横に裂けた口から鋭い牙を、長い指からは鋭い爪を剥き出し、その背中には銀色の尾が九つも揺れていた。


それは妖魔と妖人の戦いである。

二体とも武器や防具の類は装備しておらず、種族特有の強靭な肉体と攻撃魔法だけを使っての、激しい戦いの最中にあった。


名 前:ロウ

種 族:妖人族(妖狐九尾)

状 態:平常

能 力:魔道技士/付与魔法士/探索者ルーキー(下級)


固有能力:【鑑定眼】【古代魔法】

特殊能力:【錬成】【魔法付与】

通常能力:【鍜治】【体術】【隠蔽】

-------------------------------------------------------------

名 前:---

種 族:妖魔族ハイメドゥーサ

状 態:平常

能 力:上位種/迷宮階層主


固有能力:【六魔眼(石化/魅了/麻痺/看破/隷属/鑑定】【変化】

特殊能力:【属性魔法(水土闇)】【治癒魔法】【物理魔法抵抗】

通常能力:【感知】【索敵】【威圧】【硬化】【毒牙】


妖魔とは、人族達の間では魔獣が多くの魔力を吸収したり、倒した多くの相手を喰いその力を取り込んだ結果、上位種に進化した者達であると信じられている。

滅多に出会うことがない種族であり、その見た目も奇怪で恐ろしい姿であるため、人族の間で妖魔は恐怖と討伐の対象でしかないが、殆どが「魔境」の奥深くであったり「迷宮」の階層を守護する階層主であるので、そもそも人族とは相容れぬ存在であることは間違いない。

特に迷宮にいる個体は「進化」という過程を飛ばしているため、人族にとっては厄災級の強者といえるだろう。


しかし、何故人外同士が迷宮の奥底で戦っているのだろうか。

妖人の方は探索者の肩書を持っているので、迷宮探索であるのは間違いないようだが、この階層はルーキー下級が降りて来れるような領域ではないのだ。


習得している能力だけを見れば妖魔メドゥーサが圧倒的強者であり、妖狐など一捻りで押し潰していたであろう。

だが、相対する妖狐は古代魔法の使い手であった。ありとあらゆる魔法を魔法陣で召還する古の魔法であり、その多彩さも威力もメドゥーサの魔法を遥かに凌駕していた。さらにメドゥーサが得意とする状態異常を引き起こす【六魔眼】が全く通用しない。


属性魔法に対する耐性は互いに習得しており、魔法攻撃が相手に決定的ダメージを与えることはなく、正に力と力の激突であった。


メドゥーサは長い体と尾の先端を使って執拗に妖狐を一所へ追い詰め、上体の腕力を使って引き千切らんと四方八方から襲ってくる。

対して妖狐は素早い動きでこれを躱し、尻尾を硬化させて弾き、メドゥーサの上体部分を攻撃する隙を伺っていた。メドゥーサの下半身は固い鱗で覆われており、打撃や刺突、斬撃などは全て弾かれてしまうからだ。


すでに長い時間、この戦いは続いていた。

妖狐が作った無数の炎の矢はメドゥーサの尾で全て粉砕され、メドゥーサの氷の槍は妖狐の障壁魔法陣に弾き返されてしまう。

魔法攻撃は相手に通用しない事を知ると、両社は物理攻撃で激突し、メドゥーサの鋭い尾先が妖狐の脇腹を抉り、妖狐の爪がメドゥーサの背中を割いた。両者とも全身が血塗れであり、流れた血が体力を削っていった。


お互いに治療魔法を習得しているのだが、そんなものを今自分に施しても無意味であることを本能が教えていた。

すでに両者とも息も上がって肩を上下させるほど呼吸が荒い。戦いの中で両者とも立っていられないほど動き、傷付き、メドゥーサは地に両手を付き、妖狐は片膝をついて顔も上げられない状態だった。


しばらくして、再びメドゥーサは鎌首を擡げ、妖狐が立ち上がって見つめ合った。両者の目にはもはや怒りも憎しみもない。メドゥーサの紅い瞳と妖狐の金色の瞳は、これまで激しい戦いを繰り広げた敵同士とはとても思えないほど澄んでいた。


先に妖狐がメドゥーサに向かって咆哮を上げながら走り寄り、思い切り左腕を突き出した。対するメドゥーサも思い切り右手を振り被り、妖狐目掛けて振り下す。

同時に繰り出した渾身の一撃は互いに致命傷ともいえる傷を与え、相打ちとなって折り重なるように地に伏した。


そのまま二体とも動けず、ただ肩が上下するだけである。どの位そうしていたのだろうか。

先に動いたのは妖狐で、血を吐きながらそれでも両膝立ちになり、地に倒れているメドゥーサに向けて右手を翳し魔法陣を顕現させた。


その様子をボンヤリと見ていたメドゥーサだったが、僅かに口元が綻んでいた。その笑みは死力を尽くして闘った相手への賞賛か、それともこんな戦いしかなかった自分の運命への嘲りなのか。

何れにせよ、メドゥーサは満身創痍で体を動かすことすら出来ない。ただ死を受け入れた瞳が妖狐の動きを追っているだけだった。


そして妖狐の放った銀色の魔法陣がメドゥーサの上体を包み込み、そのまま下半身に沿って尾の先まで流れていく。やがて光に包まれたメドゥーサの身体から傷が消え、妖狐はそのまま仰向けに倒れた。

妖狐が最後に放った魔法。それは相手を傷つける攻撃魔法ではなく、メドゥーサが受けた全ての傷を癒す【治療魔法】であった。


傷が癒え、体が動くようになったメドゥーサが再び鎌首を上げ、横たわる妖狐を見下ろしている。


「何故だ?何故あたしを殺さなかった?」

「お前、僕の仲間なる。一緒出る、ここ。」

「ここを出る?」

「そう、だ。お前、強い。僕を護って。人の姿で、いる間弱い。から。」


妖狐の言葉は人族の言葉であるが片言であり、少し聞き取り難いものであったが、声色は涼やかでメドゥーサの耳に優しく響いて聞こえてくる。


「馬鹿な狐。敵に情けを掛けるなんて。このままお前を殺し食らう事も出来るのよ!」

「ならば、殺せ。最後で自分が、間違っただけ、だ。」


そう言う妖狐からも、つい先程までの禍々しさが嘘のように掻き消え、こちらも満足したように目を閉じて口角を上げて微笑んだ。

そんな妖狐を戸惑いの表情を浮かべて見下ろしていたメドゥーサは、突然声を上げて笑い出し、妖狐に向けて【治癒魔法】を放つと、傷が癒えた妖狐を抱え上げ、満面の笑みで答えた。


「うん、面白い!あたしお前に付いていく。眷属でも隷属でも何でも良い。護ってやろう、あたしより強いお前を。」

「いたたたた!!く、苦しい!!や、やめ!」


メドゥーサの両腕に締め上げられ、彼女の魔法でせっかく癒えた傷以上の痛みが妖狐を襲った。


「ははは、ごめん!!ねぇ、名前教えて。あたしの主様。」

「僕は、ロウ。師匠、付けてもらった、名前。」

「じゃ、あたしの名前はロウ様が付けて!あたしにはずっと名前が無いもの。」


妖魔と妖狐は、先程まで死闘を繰り広げていた者達とは思えぬほどの親密さで会話を重ねていく。

メドゥーサが醸し出す雰囲気のあまりの変化に、妖狐、もとい妖人族のロウが戸惑いの表情を浮かべているが、メドゥーサの方は会話が楽しくて仕方がないという風でロウの話しかけていた。


名を付けてと言われ一瞬虚を突かれたような顔になったロウだが、少しの間考え、躊躇いがちにその名を口にする。


「・・・ディル。」

「ディルね!うん、何か良い響き。ねぇ、何故その名前?」

「綺麗な紅い花、もってる、小さい香り草。君の瞳、同じ色。」

「ふふふ、ますます気に入ったよ!じゃ、早くディルをあたしの本当の名前にして頂戴。」


ロウは少し迷ってから目の前に金色に輝く魔法陣を召喚した。古代魔法【契約】における金色の魔法陣は眷属契約を意味する。

単に上位者を決め、常日頃から近くで侍る隷属契約と異なり、眷属契約は永劫なる魂や生命の繋がりを構築し、たとえ遠くに離れても、近くにいても互いの行動を縛らない特殊な契約である。


直径2mほどの金色の魔法陣が、ディルと名が付いた妖魔の胸の辺りで回転しながら徐々に小さくなってゆき、やがてディルの胸の中に消えていった。

そして正面からは見えないが、ディルの背中にくっきりと残る白い花の紋様が浮かび上がっている。その花弁は九枚だった。


術式の間、目を閉じていたディルが瞼を開けてロウを見詰め、恥ずかしそうに微笑んだ。


「ディル、さん。行こうか。」

「はい!ロウ様!」



「外へ出ようって誘ってくれて、あの時は本当に嬉しかった。」

「まぁ、師匠が【契約】さえ結べば迷宮内にいる魔獣も連れ出す事が出来ると言っていたからね。」

「でも、ロウ様が天井から落ちてきた時は、流石にビックリしたんだよ?」

「どうも落し穴の罠は苦手です。判っているのに落ちてしまうのだから・・・。」

「ふふん、ロウ様の『落ち癖』のお陰で出会えたんだ。偶に一緒に落ちる時、あの時のことを思い出すの。」


そんな会話が聞こえてくる路地裏の「道具屋」である。

二階の居間でテーブルを挟み、本来の姿に戻ったディルとロウがゆるゆると話をしている。ディルはまだ人化能力を取得していないので、時々店を閉めた後のひと時を本来の姿に戻って過ごすのだ。

これまでは二人だけだったのだが、今は従魔となったミスリルスライムのハクもいて、ディルと並ぶようにちょこんと椅子に座っていた。


テーブルの上には大皿に盛られスライス肉と野菜がたっぷり入ったスープ、キノコと香味野菜の炒めものが並んでいる。

ロウの前には蒸留酒が入った陶器のカップがあり、氷で冷やされた表面に水滴が付いていた。


かつて死闘を繰り広げた者同士とは思えぬほどに、そこには穏やかで優しい空気があった。


「いつか、ラズエルの迷宮に行って魔道具でも探してみましょう。」

「本当!?あそこを出てから一回も戻ってないもんね。今、どうなってるのか気になるなぁ。」


かつて迷宮で生まれ、階層主として君臨していたディルだが、なぜそんな場所で生まれたのか、何をなすべきなのか、本当の理由ははっきりしておらず、ディルも自我が芽生えたその時にはずでに今の姿でラズエル迷宮の深部にいたのだという。


「本当にこの世界、謎が多いですねぇ。」


そう呟くとロウはカップを口に運び、少しだけ蒸留酒を口に含むのであった。


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