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辺境の道具屋  作者: 丸亀四鶴
19/62

19.道具屋の取引事情


自由都市国家プトロイに農作物の収穫期が近付いてきた。


普段は人の姿も疎らな第四防護壁内は、この時だけは荷車や荷馬車でごった返し、農民達は商会が検品のため臨時で立てた小屋に畑で収穫した物を持ち込んでいる。

人が集まれば食料品を売る露店も出て道を狭め、ただでさえ大きい荷車が通れる、通れないと、そこかしこで騒ぎが起きていた。

また、見習いやルーキーの探索者達も防護壁外の護衛、検品小屋の警備といった、普段の仕事よりは割の良い依頼が多く出るため、危険な迷宮探索や魔境での採取を止めて街中で活動している。

これもこの都市国家の風物詩の一つであろう。


そんな喧騒も第三防護壁内の裏路地にある「道具屋」までは届いてこない。


いつも暇な道具屋なのだが、珍しくも今日は朝の開店と同時に客を迎えていた。

七日後に魔法発動媒体となる槍を用意する、という店主ロウの言葉を受け、この日を心待ちにしていたヴェルニカである。どうやら彼女は開店前から店の前で待っていたらしい。


店を開けたのがミスリルスライムのハクであったため、一瞬店に入るのに尻込みした彼女だったが、人型スライムのハクが店前で「人族らしく」背伸びをしたのをみて、警戒している自分が馬鹿らしくなりハクにも挨拶を送ったのである。

ハクにしてみれば、普段から主がやっていることを真似ただけなのだが。


「いらっしゃいませ、ヴェルニカさん。」

「おはよう。ごめんね、こんなに早くから押しかけちゃって。年甲斐もなくワクワクしちゃって。」

「ご期待にお応えできるモノが出来たと自負しています。」


ロウは一旦工房に入り、出来たばかりの槍を持って再び店に出てきた。穂には魔獣アリゲラの黒皮を硬化させて作った鞘を挿している。

黒一色に青色の飾り房が映えるその姿を見た瞬間から、ヴェルニカの目は槍に釘付けになっていた。


カウンターを出たロウは、ヴェルニカにその槍を手渡した。

ヴェルニカは槍を胸の前で抱え、柄の感触を確かめるように利き腕を滑らせながら見入っている。


「蛇身刀という名の魔法槍です。使用者の魔力を自分で感知して、火と風の魔法を発動します。」

「え?詠唱発動とかじゃなく?」

「はい、槍に魔力を与える、という感覚です。ここで発動することは出来ませんので、今から組合の修練場に行きましょう。」


そう言うと今開けたばかりの店を閉め、二人は探索者組合へと向かった。

ディルは相変わらずロウの首元に巻き付き、ハクはスライムの姿になってロウのフードの中に納まっている。ヴェルニカは魔獣に囲まれたロウを不思議そうに見ていた。


探索者組合は早朝の混雑が収まった時間帯で、何処となく弛緩した空気が流れていた。それでも幾人かは依頼掲示板を見ていたり、椅子と机が置いてある待合所で何かの打合せをしているグループも見られ、曖昧な時間に入ってきたヴェルニカに視線を向けてくる。

だがヴェルニカは意にも返さず、修練場の使用を申し込むため担当職員がいる受付窓口へと近付いて行く。


「珍しい取り合わせですね、ヴェルニカさんと道具屋さんがご一緒だなんて。」

「彼に槍を新調してもらったの。今から修練場を使いたいのだけれど。」

「道具屋さんとお知り合いだったんですね。気が向かないと仕事しない人で有名なのに。最近は別の事でも騒がれていますけど。」

「そうなの?副支部長の推薦だったのだけれど・・・えっと、別の事って・・・」

「キャルロステさん、お喋りが長いとまたヒューイ次長から怒られますよ。」

「あ、上手く逃げましたね!シモンさん何も話さないし、色々噂が飛び交っているんですよ。」


話が変な方向に行きそうだったので、慌ててロウがヴェルニカと組合職員キャルロステの話に割り込み、本来の方向へ軌道修正する。

キャルロステも組合中で噂になっているロウとシモンの関係を、あわよくば聞き出そうという魂胆がダダ漏れである。


「どんな噂か存じませんがシモン様のお戯れです。それより早く手続きをお願いします。」

「はいはい。ええっと、修練場は・・・今は三組しかいませんね。大丈夫ですよ。」

「ありがとう。使わせてもらうわ。」


広い修練場に入ると、練習用の剣を交えている二人組の剣士と、自分の周りに火球を浮かべている人間族の魔法士が一人、隅の方で準備運動をしている狼人族の女戦士が一人、それぞれが邪魔にならない位置で身体を動かしていた。

ロウとヴェルニカが修練場に入っても、目を向けてくる者はいない。そんな様子を感じたのか、フードからハクが飛び出すと、早速人型に変化しキョロキョロと周囲を眺めだした。


ヴェルニカは早速、蛇身刀の鞘を抜く。すると蛇が畝るように曲がり厚みのある黒い穂が、窓から差し込む光を反射している。その槍身はヴェルニカが言葉を失うほど美しく、しばらく魅入ってしまうほどであった。


「まずは魔法発動を意識せずに、早く手に馴染むよう槍を振ってください。」

「わ、わかったわ。」


ロウの言葉で我に返ったヴェルニカは、一旦目を閉じて息を吐き出すと静かに槍を構えた。

ヴェルニカは二、三度頭の上で槍を回転させ、軸足を固定したまま突く、払う、振り下すという基本動作を黙々と続けていく。

ロウ自身も短槍を使うのだが、自分の動きとは全く異なる、まるで舞っているかのような優美な動きに一瞬見惚れてしまう程である。さらに彼女は、今度はゆったりとした動きから槍の軌跡が見えないほどの速度で横薙ぎに振う。

彼女の技術は洗練されていて、流石はエクスぺリア中級の探索者であると思わせる動きだった。


しばらく槍を振い続けたヴェルニカだったが、槍にも慣れたのか一旦動きを止め、ロウの元へと戻ってきた。


「うん、バランスがとても良いわ。軽くもなく重くもなく、手に吸い付いているような感じよ。」

「では、まず槍としての性能は合格ですかね。」

「申し分ないわ。今まで使っていた量産品なんか二度と使えないね。」


ヴェルニカにとっても満足のいく仕上がりだったようで、その表情はとても明るかった。


「では、魔法発動の練習に移りましょう。私の手を握って下さい。」

「うん?え、ええ・・・」


ヴェルニカが躊躇いがちにロウの手を握ると、ロウの掌からヴェルニカの手に「何か」が流れ込んでくる感覚があり思わず手を放そうとしたのだが、しっかりと握られたロウの手を振り払いことが出来なかった。

その「何か」が今度は自分の腕を通して出て行く感覚があると、不意にロウの手も離れていく。


「これって・・・」

「今ヴェルニカさんへ送ったのが魔力です。」

「あ、あれが魔力・・・」

「そう、魔力は目に見えませんが【流れ】として感じる事が出来る、と言われています。それを模して見たのですよ。」

「つまり、私自身があの流れを作れば魔法を発動できる・・・」

「そう、炎や水を思い浮かべる以前に、あの感覚を槍に向けて送るのです。魔力を得れば槍が魔法を発動しますから。」


槍が魔法を発動するのではなく、槍に刻んだ魔法陣が発動させるのだが、ロウは詳しい説明は省き淡々と起動方法を伝えた。

ヴェルニカも緊張の面持ちで槍を構え直し、ロウから教わった魔力が流れる感覚を再現しようと目を閉じた。


そしてそれは唐突に起こる。一瞬だけ黒い槍全体が淡く光り、その光が消えたと同時に槍の穂先、蛇身刀が白い炎を纏って周囲を照らしたのである。


「え?う、うそでしょ・・・!?」

「なんと、白い炎ですか・・・。やはりヴェルニカさんは火属性と相性が良いみたいですね。」


気を込めるだとか力を込めるとか、特段何かをしたわけでもなく魔法槍が発動し ヴェルニカは驚愕して固まった。今まで属性魔法など発動したことがなかったのに、いとも簡単に魔法が発動したのだ。

しかもこれまで見たことがない白色の炎である。

特に意識している訳ではないのに、槍の先端の炎は消えることなくそこに留まっていた。


感覚的にではあるが、ヴェルニカはその炎が相当の熱量を持っていることを理解していた。

ロウにしてみれば、ヴェルニカの魔法発動はまだまだ蛇身刀に纏わせる程度で、攻撃の幅を広げるような威力はないと思っていた。しかし白炎を纏う蛇身刀は相当な攻撃力を有している事は明らかで、慣れてくれば纏った炎を投げつけたり、風刃を投射したりと技も広がっていくはずである。


ヴェルニカが槍を振い始めた。槍の先端の白い炎の熱気と、風を巻き込んで起こる低い音がロウのいる場所にまで届く。

しばらくして槍を収めたヴェルニカは満面の笑みを湛えてロウの元へやって来た。


「ロウさん!凄いわ!素晴らしい魔法槍よ!」

「気に入って頂けて良かったです。魔法発動に慣れてくればいずれ槍なしでも魔法を発動できるようになるでしょう。」

「そうね!そんな気がしてきた。まだまだ私もやっていけそうだわ!本当にありがとう!」

「はい。でもヴェルニカさん。その槍を過信せず、なるべく単独探索をしないでくださいね。槍は前衛攻撃も後衛防御もできる優秀な武器ですから。」


ロウが最後に言った言葉の意味をしばらく考え、最後はコクンと頷くヴェルニカであった。



修練場を出た二人は、探索者組合待合所の卓を挟んで座っている。蛇身刀はヴェルニカの眼に適ったようで、後はロウが対価を受け取るだけであった。


「良い槍を作ってくれて本当にありがとう。お代は言い値で払うわよ!」

「あの、真に不躾なお願いなのですが。」

「なに?」

「あの魔導書と交換という訳にはいかないでしょうか?」

「え?」

「はぁ、なにせ小さな店ですので百万ギル(金貨一枚)も出してしまうと、私ご飯も食べられません。材料も買えません。飢え死にしてしまいます。」

「え・・・えっと・・・」

「やっぱり何ともならないですよね。」


ダメ元のお願いだとは思っていたのだが、言葉無く固まるヴェルニカを見てロウはガックリと肩を落とした。

だが、ヴェルニカの答えは全くの逆で、項垂れるロウに慌てて話し出した。


「あのね、ロウさん違うの。逆なの!この槍なら五百万ギルでも買う人がいると思う。あんな魔導書なんかじゃ釣り合わないのよ。」

「いえいえ!あの魔導書だって欲しい人がいたら一千万ギルでも買うでしょう。特に私の師匠なんか。」

「いや、だからね、特定の人が基準じゃロウさんが損するのよ。それじゃ、私の気が済まないの!」


槍の代金を支払いたい者と魔導書の代金を支払いたくない者の、全くかみ合わない不毛な言い合いが続き、時間だけが過ぎていく。

それでもロウがあの魔導書の希少性やら学術性、この魔導書が師匠に渡った場合の危険性を説き、ヴェルニカが渋々妥協した事で、ようやく魔法槍と魔導書の等価交換が成立したのであった。


納得は行かぬまま、ロウとの取引に応じたヴェルニカがポツリと呟くように訊ねてくる。


「ね、ロウさん。どうして見ず知らずの私に、こんなにも良くしてくれるかな?」

「もう知り合いになりましたから、お店に来て頂いた時点で。見ず知らずではありませんよ。」

「でも・・・」

「まぁ、私自身が作りたかった魔法槍でもありますし、それに狐人族には縁がありまして。そのお礼のようなものですよ。」

「そうなの?」

「遠い昔、私に人族の言葉を教えてくれたのが、狐人族でしたから。」

「へ?」


そう言ってロウはにっこりと微笑んだ。


サキ師匠との出会いを経て、人族と係わるのも退屈しないと感じたロウ。名前を付けてくれたサキ師匠に付いて人族の世界へ行く事にしたのだが当然言葉を知らず、最初の頃は意思疎通など出来なかった。

そんなロウに人族の言葉を教えてくれたのが、当時師匠と付き合いがあった狐人族だったのだ。


狐人族には同族同士だけで意思疎通ができる「念話」という特別な能力を持つ者が多い。当時のロウは、なぜかその念話を理解する事が出来たのである。


ロウの種族は妖人族である。

滅多に見ることがないこの種は、人族と魔獣が進化した妖魔の混血だとか、神が創りしものの中で最も穢れた駄作などと云われていた。


何故この世界にロウという妖人が存在するのか、本人すら知らない。ロウが自我を持ったのは、遥か遠い昔、「魔境」の中心部に一人で立っていた時だったのだから。



この日の夕暮、自分の店「道具屋」に戻ったロウは件の魔導書をカウンターの上に置いた。

七日前、この場所に同じように置かれた魔導書に外観の変化はない。あの時、ロウの魔力を吸い取ろうとする気配を感じたが、その後は一切そんな気配を見せていない。


「アウロヅテル=デヒットヴェッド=ヒポテリアン(この世に非ざる幻なる者を召ぶ)」


さて、魔導書の中にある古代文字を唱えると、一体どのような「幻なる者」を召喚できるのであろうか。


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