第二節: 新しい家族、新しい居場所、そして魔法学園への道
しばらく歩き続け、アリエスはヘナと祖父のボレインとともに、ようやく彼らの住む屋敷へとたどり着いた。
屋敷の前に着くと、ヘナの表情がぱっと明るくなった。彼女は少し前へ駆け出し、弾んだ声で家の中へ呼びかける。
「おばあちゃーん! ただいまー!」
すると、間もなく玄関の扉が開き、一人の年配の女性が出迎えに現れた。
「おかえりなさい、ヘナ。ボレインも無事に帰ってきたのね」
優しい笑顔を浮かべていた彼女だったが、二人の隣に見慣れない少年が立っていることに気づくと、不思議そうに目を向けた。
「あら……? そちらの男の子は?」
ボレインは妻に視線を向け、穏やかに微笑んだ。
「その話は中に入ってからにしよう。ゆっくり話したいこともあるからな」
「そうね。二人とも、さあ、入ってちょうだい」
アリエスは少し気まずさを感じながらも、二人の後に続いて屋敷の中へと足を踏み入れた。
(へえ……なかなか立派な屋敷だな。かなり裕福な家なのかもしれない)
屋敷の中は広々としており、隅々まできちんと手入れが行き届いていた。家具も整然と配置されていて、落ち着いた雰囲気が漂っている。
「アリエス、そこに座って!」
ヘナがソファを指さして声をかけた。
「ああ、ありがとう」
アリエスが腰を下ろすと、ほかの三人もそれぞれ席についた。全員が落ち着いたところで、最初に口を開いたのはボレインだった。
「さて、何から話せばいいものか……。実は帰り道でアビスモンスターに襲われてな。わしらだけではどうすることもできず、命を落とす寸前だったんだ。だが、そこにいるアリエス君が助けてくれた。怪物を倒しただけでなく、わしらの傷まで治してくれたんだよ」
「えっ!? アビスモンスターですって?」
祖母の表情が一瞬にして変わった。
「そんな怪物が地上に現れるはずがないのに……。いったい、どうしてそんなことが……」
彼女はひどく困惑した様子だったが、目の前で静かに座っているアリエスに気づくと、すぐに我に返った。
「あら、ごめんなさい。つい取り乱してしまったわね。まだきちんとお礼も言っていなかったのに」
彼女はアリエスの方へ向き直り、軽く頭を下げた。
「主人と孫娘を助けてくれて、本当にありがとう。あなたのおかげで二人とも命拾いしたわ。何かお礼をさせてちょうだい。欲しいものがあれば、遠慮なく言ってね」
その言葉を聞いて、アリエスは一瞬目を瞬かせた。そこでようやく、自分がまだ名乗っていなかったことに気づく。
「あっ、そういえば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。俺はアリエス・グランドハートです」
そう言って、彼は礼儀正しく微笑んだ。
(待てよ……。ここでは言葉に気をつけないと。自分の正体を疑われるようなことは、絶対に話せない。これからは普通の人間として振る舞わないとな)
そんなことを考えていると、ボレインが興味深そうにアリエスを見つめた。
「ところで、君はずいぶん若く見えるが、いくつなんだ?」
アリエスは三人の顔を順番に見てから、少し間を置いて答えた。
「十五歳です」
「十五歳か?」
「はい。実は今、一人で暮らしているんです。本当の両親のことは知りません。ある家族に引き取られて育てられたんですが、その人たちも魔物に襲われて亡くなってしまって……。それからは一人で暮らしていました。今日はこの辺りを探索していたんですが、たまたまお二人の声が聞こえてきたんです」
そう言い終えると、アリエスは少しだけ視線を落とした。
もちろん、今の話はその場で思いついた作り話にすぎない。しかし、自分の正体を明かさずに一人で旅をしている理由を説明するには、これくらいがちょうどよかった。
三人は驚いた様子でアリエスを見つめていた。
「まあ……なんてことなの」
祖母は悲しそうに表情を曇らせた。
「まだこんなに幼いのに、ずいぶん苦労してきたのね。あなたもヘナと同じくらいの年齢じゃない……」
彼女は隣にいる孫娘へちらりと目を向けてから、再びアリエスに視線を戻した。
「この子の両親も、魔物に襲われて亡くなったのよ。それ以来、私たちで面倒を見ているの。うちは貴族といっても下級貴族だから、身分の高い人たちから冷たく扱われることも少なくなくてね。私たちも、それなりに苦労してきたわ」
すると、ボレインが片手を上げ、妻の言葉をやんわりと遮った。
「そうだ。いいことを思いついたぞ」
彼はアリエスの方へ向き直った。
「君はわしらの命を救ってくれた。それに、ヘナと同じ十五歳だ。どうだろう? よければ、ここでわしらと一緒に暮らさないか? 家族の一員として迎えたいと思っているんだ」
そこで一度言葉を切り、さらに続けた。
「それと、もう一つ提案がある。君も十五歳なら、ヘナと一緒にモリス魔法学園へ通ってみてはどうだ? 魔法を学ぶにはいい機会だし、これからの将来を考えるうえでも悪くないと思うぞ」
その言葉を聞いたヘナの頬が、ほんのりと赤く染まった。
(えっ……? アリエスさんが、うちで一緒に暮らすの? それに、同じ学園にも通うってこと……? ど、どうしよう……!)
頭の中でさまざまな考えが駆け巡り、ヘナはちらりとアリエスの方へ視線を向けた。
祖母もボレインの提案に賛同するように頷いた。
「もちろん、あなたがよければの話よ。無理にとは言わないわ」
アリエスは少しの間、黙って考え込んだ。
(確かに、二人の言うとおりだ。俺には帰る場所もないし、まだ十五歳なんだから……。まあ、正確には天使なんだけど、それはともかく、ここで一緒に暮らしても問題はないはずだ。普通の人間として振る舞っていれば、正体を疑われることもないだろう)
改めて、彼らの提案を考えてみる。
(それに、学園か……。人間界の魔法について学べるなら、なかなか面白そうだな)
やがてアリエスは顔を上げ、少し戸惑いを含んだ表情で口を開いた。
「皆さんの優しさには、本当に感謝しています。でも……俺なんかが、本当にここにお世話になってもいいんでしょうか? 迷惑をかけてしまうんじゃないかと……」
すると、祖母とボレインは顔を見合わせ、穏やかに笑った。
「何を言っているの。迷惑だなんて思うわけないでしょう?」
「そうとも。むしろ、こちらこそ君に来てもらえたらありがたいくらいだ」
祖母は優しく微笑みながら、さらに続けた。
「それじゃあ、決まりね。学園の制服と教科書も、もう一人分用意しておくわ」
そう言って、今度はヘナの方へ顔を向けた。
「ヘナ、アリエスに空いている部屋を案内してあげてちょうだい。自分の部屋があれば、少しは落ち着けるでしょうから」
「うん、分かった!」
ヘナは嬉しそうに立ち上がると、アリエスに向かって明るい声で呼びかけた。
「アリエスさん! こっちだよ! 部屋を案内してあげるね!」
「ああ、分かった」
アリエスは彼女の後について、居間を出た。
(うーん……。ここで暮らすことにしたけど、みんなと一緒の生活に慣れるまでは、少し時間がかかりそうだな)
廊下をしばらく進むと、ヘナは一つの扉の前で立ち止まり、それを開けた。
「ここだよ! ここがアリエスさんの部屋!」
アリエスは部屋の中へ入り、ぐるりと見回した。
部屋は清潔で広々としており、ベッドや机のほかにも、いくつかの家具が置かれていた。生活するうえで必要なものは、ひと通り揃っているようだった。
「それから、あそこの扉は浴室とトイレにつながっているの。部屋から直接行けるから、わざわざ外に出る必要もないよ」
ヘナが指さした扉に目を向けてから、アリエスは彼女へと視線を戻した。
(これはすごいな……!)
アリエスは心から嬉しく思った。天界を追放され、行く当てもなく途方に暮れていた自分が、まさか見ず知らずの人たちから、これほど親切にしてもらえるとは思ってもいなかった。
「ありがとう、ヘナ。すごくいい部屋だよ」
彼の反応を見て、ヘナも嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ、どういたしまして!」
そう答えた彼女は、部屋の入り口に立ったまま、期待に満ちた表情でアリエスを見つめた。
「それじゃあ、明日から一緒にモリス魔法学園へ行こうね!」
アリエスは小さく微笑み、頷いた。
「ああ。楽しみにしているよ」
こうして、アリエスのモリス王国での新たな生活が始まった。




