↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真実はラストに潜む―ミステリー短編集  作者: 松本 俊介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/25

『完璧なアリバイ』第1話 裏切りの帳簿

**『完璧なアリバイ』第1話 裏切りの帳簿**


十月三日、午後十一時。誰もいなくなったオフィスで、佐伯は経理データの画面を睨んでいた。


三年前、佐伯は久保田とふたりでこのITベンチャーを立ち上げた。技術の佐伯、営業と資金繰りの久保田。役割分担はうまくいき、社員は四十人を超えるまでになった。


その久保田が、会社の金に手をつけている。


偶然見つけたのは、ほんの小さな違和感だった。架空の外注費、実体のないコンサル料。流れた先は、久保田が個人で管理する口座だった。総額は、すでに一億円に迫っている。


さらに別のフォルダには、役員会に提出する予定の資料が保存されていた。タイトルは「不正会計に関する調査報告」。そこに並ぶ数字はすべて、佐伯の承認印とともに処理されたことになっていた。


「……俺に、全部かぶせる気か」


声が震えた。久保田は用意周到に、佐伯を横領犯に仕立て上げようとしている。役員会で糾弾され、会社を追われ、下手をすれば刑事告発。そのあとで久保田は、佐伯の持ち株を安く買い叩くつもりなのだろう。


翌日、佐伯は何食わぬ顔で久保田に声をかけた。


「最近、顔色が悪いぞ。ちゃんと寝てるのか?」

「ああ、ちょっと疲れが溜まっていてね」


久保田は薄く笑い、乾いた咳をひとつした。確かに痩せた。だが佐伯には、その笑みがひどく余裕ありげに見えた。裏切り者の、勝ち誇った笑みに。


その夜、佐伯は決意した。

話し合いも、告発も無駄だ。証拠は久保田の手の中にあり、役員の信頼は久保田にある。奴が動くより先に、奴を消すしかない。


ただし、捕まっては意味がない。

佐伯は技術者らしく、冷静に計画を組み立てていった。必要なのは、犯行時刻に別の場所にいたと証明できる、揺るぎないアリバイだ。


そのために使えるのは、高校時代からの友人、村井だった。

五日、佐伯は村井に電話をかけた。


「久しぶりだな。今度の金曜、飲まないか。十月十日だ」


「お、いいね! ちょうど空いてるよ。ああ、そういえば先週、品川の居酒屋のクーポンが郵便で届いたんだ。『うおたみ』って店。差出人不明で気味が悪いけど、半額らしい。そこにしないか?」


「へえ、誰かの間違いじゃないのか? ……まあ、いいよ。そこにしよう」


受話器を置いたあと、佐伯はふっと口元を緩めた。


品川なら、久保田のマンションまで原付で十分ほどだ。しかも「うおたみ」は、個室のような奥の席があるらしい。偶然にしては出来すぎている。


(運が向いてきたな)


そのときの佐伯は、疑うことすら思いつかなかった。人は、自分に都合のいい偶然を、疑わないものだ。

それから佐伯は、準備を進めた。


まず、久保田のマンションの合鍵。三年前、引っ越しの手伝いで預かったまま、返していなかったものがある。久保田はそれを忘れているはずだ。


次に、足。タクシーも電車も、記録が残る。選んだのは、中古の原付だった。現金で買い、ナンバーは偽名の登録のまま、マンションの駐輪場の隅に置く。


最後に、凶器。ロープは、ホームセンターで買った、何の変哲もない荷造り用のものだ。


そして十月九日の夜。決行の前日。


佐伯はベッドに入っても、眠れなかった。天井を見つめながら、頭の中で何度も手順をなぞる。


十九時四十五分、入店。二十時過ぎ、トイレに立つふりをして裏口へ。原付で久保田のマンションへ向かい、二十時二十分に到着。犯行は三分で終わらせる。店に戻るのは二十時五十分。席を外すのは三十分。


その間の「穴」は、村井にこう思わせればいい。佐伯は腹を下して、長くトイレにこもっていたのだ、と。


(大丈夫だ。完璧だ)


何度そう言い聞かせても、胸の奥に小さな棘が残っていた。


それは、あの日、久保田が見せた笑みだった。


勝ち誇った笑みにしては、どこか違う。あれはまるで、これから起こることをすべて知っている者の――。

佐伯は頭を振り、その考えを追い払った。


そして、運命の十月十日がやってくる。


(第1話・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。