IF異世界理美的水戸黄門その1 追加設定その1
【追加設定】
■IF作品としての基本ルール
本作は「IF異世界理美的水戸黄門」であり、本編とは別のIF作品である。
そのため、理美は、このIF作品で提示されている設定をすべて把握している。
助さん、格さん、八兵衛、風車の弥七、柘植の飛猿、ヒューゴの存在や役割についても、最初からすべて知っている。
特に弥七と飛猿についても、理美は二人の存在や、陰から一行を守りながら諜報活動をしていることを知っている。
理美自身も、自分が『水戸黄門』におけるご老公ポジションであることを理解したうえで、自然に一行を率いて漫遊している。
■登場人物の呼称について
『水戸黄門』パロディーとして配役された名称は、単なる役割の説明ではなく、このIF作品の中で実際に使用する呼称とする。
そのため、JINは今回の漫遊中、「うっかり八兵衛」として一行に参加している。
本文中の呼称も基本的に「八兵衛」とし、一行からも「八兵衛」と呼ばれる。
「JIN」は、その正体・本名である。
同様に、助さん、格さん、風車の弥七、柘植の飛猿についても、基本的にその名前を物語内で使用する。
■JINの世界――ナーロッパについて
JINの世界は、西洋風ファンタジーのナーロッパ世界である。
特に都市部については、ベルサイユの時代のパリを思わせるような、華やかさと都市文化のある西洋風異世界をイメージする。
ただし、史実のフランスそのものではなく、あくまでJINの異世界である。
石畳の街路。
石造りの建物。
ベーカリー。
商店。
工房。
カフェ。
馬車。
貴族の館。
衛兵。
など、西洋風の景観や文化が自然に感じられる世界となっている。
登場人物のうち、
助さん。
格さん。
八兵衛。
風車の弥七。
柘植の飛猿。
など、『水戸黄門』パロディーとして設定されている名前については、和風のままである。
また、弥七や飛猿の「忍び」という設定についても和風のままとする。
つまり、『水戸黄門』一行には意図的に和風要素が残っているが、その一行が旅をしている世界そのものはナーロッパである。
周囲の異世界人たちは、彼らの和風の名前や忍びという存在について、特に不思議がったりツッコんだりすることはない。
彼らにとっては、普通に「ソフィー様御一行」である。
■『水戸黄門』パロディーの見せ方
『水戸黄門』のパロディーであることを、登場人物やナレーションが直接説明することはしない。
登場人物たちは、基本的に目の前で起きていることを自然なものとして受け入れ、行動する。
その中で、『水戸黄門』を連想させる人物配置、物語展開、決まり文句、お約束などが自然に登場する。
最初から、
「これは水戸黄門のパロディーです」
と読者に説明するのではなく、読者が物語を読み進めていくうちに、
「あれ?」
となり、やがて、
「あ、これ水戸黄門のナーロッパ版やん(笑)」
と自分で気づけるような作りを基本とする。
■『水戸黄門』のお約束について
『水戸黄門』らしい大きな物語構造だけではなく、会話や展開にも、それらしいお約束を積極的に取り入れる。
たとえば、旅先で理美が何者なのか尋ねられた場合、
「ただの隠居した女商人ですよ」
などと答える。
これは、「越後のちりめん問屋の隠居」に相当するものである。
ただし、作中で元ネタを説明することはしない。
また、悪人を懲らしめる場面では、
「助さん、格さん。少し懲らしめてやりなさい」
頃合いを見て、
「格さん、そろそろいいでしょう」
そして、格さんが理美のサイン入りの印籠を示し、
「このサインが目に入らぬか!」
など、『水戸黄門』を連想できるお約束や決まり文句を、JINの世界に合う形で自然に使用する。
『水戸黄門』のお約束を、日本の時代劇の舞台装置ごとそのまま持ち込むのではなく、その役割や構造を、JINのナーロッパ世界に存在する人物、職業、制度、場所、事件などへ置き換える。
■ギャグについて
ギャグは、登場人物による説明で成立させない。
理美などに、
「水戸黄門みたい」
「今、水戸黄門のお約束をやっている」
「これはテンプレね」
などと説明させることはしない。
キャラクターの設定、行動、会話、置かれている状況そのものから、自然に笑いが生まれることを基本とする。
助さんはサンスベリア。
格さんはガジュマル。
八兵衛は異世界の神様。
そして、お銀ポジションは、若い頃のヒュー・グラントのような見た目をした男性型AIアンドロイドのヒューゴ。
そんな一行が、大真面目に異世界版『水戸黄門』をやっている。
その状況そのものが笑いとなるようにする。
ただし、ヒューゴの入浴シーンなど、明らかに不自然な『水戸黄門』のお約束については、
「……なぜ私は、お風呂に入っているのでしょうか?」
程度に、本人が疑問を口にすることは可とする。
その場合も、なぜ入浴シーンがあるのか、何のパロディーなのかなど、元ネタや理由までは説明しない。
■小説本文の書き方について
本文では、
「ドラマなら映像で表現される脚本的要素」
と、
「『水戸黄門』らしいテンプレナレーション」
を明確に意識して書き分ける。
【脚本的要素】
人物の動作、表情、視線、位置関係、登場や退場、立ち回りなど、ドラマなら映像を見れば分かる部分を、小説では地の文として描写する。
読者が文章だけを読んでも、その場面を頭の中で想像できるようにする。
【テンプレナレーション】
場面の導入や転換、事件の収束、一行が再び旅立つ場面などには、昔の『水戸黄門』を思わせるような、時代劇調のテンプレナレーションを取り入れる。
脚本的な地の文は「映像の代わり」。
テンプレナレーションは「ナレーターの代わり」。
会話は「登場人物自身の言葉」。
この三つの役割を意識して書き分ける。
■会話について
複数の登場人物がいる場面では、
「○○」
「○○」
「○○」
「○○」
と、台詞だけを長く連続させない。
必要に応じて、話者名や人物の動作、表情、視線などの地の文を挟み、誰が話しているのか読者が迷わないようにする。
ただし、誰の発言なのか明らかな場合まで、すべての台詞に、
「○○が言った」
などと付ける必要はない。
小説として自然に読める範囲で使い分ける。
■今回の追加設定で目指すもの
今回目指すのは、
「ナーロッパを水戸黄門の世界にする」
ことではない。
「水戸黄門をナーロッパでやる」
ことである。
和風なのは、『水戸黄門』一行や忍びなど、パロディーとして必要な部分。
その一行を取り囲んでいる世界そのものは、JINの西洋風異世界である。
そして、登場人物たちは自分たちが『水戸黄門』のパロディーをしていることを、いちいち説明しない。
西洋風の異世界を旅しているソフィー御一行の物語を読んでいるうちに、『水戸黄門』らしい展開や決まり文句が次々と現れる。
そして読者が、
「あ、これ水戸黄門のナーロッパ版やん(笑)」
と気づく。
そのような作品を目指す。
次回は、今回の反省点と追加設定をもとに、改善を試みた小説となります。




