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IF異世界理美的水戸黄門その1 小説

 JINの世界。


 王都から少し離れた街道を、五人の旅人が歩いていた。


 先頭を歩くのは、引退した女商人ということになっているソフィー。


 異世界人から見れば、五十三歳ほどのごく普通の女性である。


 その少し後ろには、二人の若者。


 一人は、すらりとした二十歳くらいの青年。


 もう一人は、見るからに腕っぷしの強そうな、二十歳くらいのマッチョな青年。


 異世界人には、そう見えている。



 しかし、ソフィーこと理美から見ると――。



 サンスベリアとガジュマルが歩いている。



 フラワーロック的に。



「……何度見ても慣れないわねえ」


「何がですか、ソフィー様」


 助さんが振り返る。


 サンスベリアが振り返るというのも妙な話だが、振り返っているのである。


「いや、なんでもない」


 理美は考えるのをやめた。



 その後ろを歩いているのが、JIN。


 この世界を創り、見守っている唯一神その人である。


 ただし現在は、お忍び旅の真っ最中。


 神の力で自分の世界に介入することは、基本的にしない。


 つまり――。



「あっ」


 JINが石につまずいた。



「危ない!」


 理美が腕をつかむ。


「ありがとうございます、ソフィーさん……」


「何やってんのよ」


「すみません……」


 神、開始早々うっかりである。



 そして最後を歩くのが、理美専属執事のヒューゴ。


 若き日のヒュー・グラントを思わせる端正な顔立ちで、優雅に一礼した。


「理美様。そろそろお茶になさいますか?」


「まだ歩き始めたばっかりじゃん」


「失礼いたしました」


 理美至上主義のAIアンドロイド。


 誰の技術でもインストールできるため、その気になれば一行で最強になってしまう男である。


 そんな五人を、さらに離れたところから二つの影が追っていた。



 風車の弥七。


 柘植の飛猿。



 もっとも、理美には見えていない。


 二人は透明になり、陰から理美を見守っている。



 こうして一行は、街道沿いにある小さな町へとたどり着いた。



     ◇



「おなかすきましたねえ」


 JINが言った。


「さっき朝ごはん食べたじゃん」


「旅をしていると、おなかがすくんですよ」


「神様にもそういうのあるの?」


「あります。今の私は旅人ですから」


 なんだその都合のいい設定は。


 理美がそう思った時だった。



「きゃあっ!」



 通りの向こうから悲鳴が聞こえた。



「出たわね」


「何がですか?」


「水戸黄門的な何かが」


「まだ何もわかってませんよ、ソフィーさん」


「この流れで何も起きないわけないじゃん」



 案の定である。


 道の真ん中で、若い娘が三人の男に囲まれていた。



「お願いです! あと三日だけ待ってください!」


「うるせえ! 借りた金を返せねえなら、店を渡してもらう約束だろうが!」


「そんな……!」


 いかにも悪そうな男が、娘の腕をつかもうとする。



「お待ちなさい」



 理美は、思わず言っていた。


 男たちが振り返る。



「なんだ、ババア!」


「…………」



 理美の眉が動いた。



 異世界人からは五十三歳に見えている。


 わかっている。


 設定したのは自分である。



 だが。



「誰がババアじゃ」



 中身も五十三歳である。



「ソフィー様」


 助さんが前へ出た。



 ザッ。



 葉っぱで。



「ここは我々に」


 格さんも前へ出る。



 ザッ。



 幹で。



 異世界人たちには、凛々しい青年と屈強な青年が老婦人を守るように立ちはだかったように見えている。



 理美には、観葉植物二鉢が前に出たようにしか見えない。



 シュールである。



「なんだ、てめえら!」


 三人の男が剣を抜いた。



「助さん」


「はい」


「格さん」


「はい」


「ちょっと懲らしめてやりなさい」



 言ってみたかったのである。



「御意!」


「お任せを!」



 助さんの葉が一枚、すっと伸びた。


 瞬間、それは鋭い剣となる。



 キン!



「なっ!?」



 一人目の剣が宙を舞った。


 助さんは、そのまま二人目の剣を受け流し、くるりと回る。


 サンスベリアが。



 くるりと。



 フラワーロックのように。



「やっぱり絵面がおかしいのよ……」


 理美がつぶやいた。



 一方、格さんは拳を構えた。


 いや。


 枝を構えた。



「せいやっ!」



 ドン!



「ぐえっ!」



 男が吹っ飛んだ。



「強っ」


 理美自身が驚いた。



 残った一人が逃げようとする。



「待てー!」


 JINが追いかけた。



 そして。



 ドテッ。



 転んだ。



「JINさん!」


「大丈夫です!」


「何しに来たのよ!」


「私にも何かできるかと……!」


「できてないじゃん!」



 その横を格さんが走り抜け、逃げた男をあっさり捕まえた。



     ◇



 助けた娘の名前は、ミーナといった。


 彼女の実家は、この町で代々続く小さなパン屋だった。


 父親が病に倒れ、治療費のために金を借りた。


 ところが最近になって、領主代官のゴルドンと結託した商人バルガスが法外な利息を要求し、店を取り上げようとしているという。



「出たわね、悪代官」


「代官です」


「越後屋は?」


「バルガスさんです」


「そこは越後屋じゃないのね」


「ソフィーさん、ここ異世界ですから」


「知ってるわよ」



 理美は腕を組んだ。


「で、その代官と商人が裏でつながってる証拠は?」


「それが……」


 ミーナがうつむく。



 その時だった。



 誰にも見えない黒いサンスベリアが、屋根の上を移動していた。



 風車の弥七である。



「……理美様がお困りだ」



 隣には、黒いガジュマル。



「壁を壊すか?」


「まだ早い」


「そうか」


「お前はすぐ壁を壊そうとするな」


「得意だからな」



 柘植の飛猿は、少し残念そうに枝を下げた。



     ◇



 その夜。



 町で一番大きな屋敷では、代官ゴルドンと商人バルガスが酒を酌み交わしていた。



「ふっふっふ。これであの店も我々のものですな」


「うむ。あの場所を手に入れれば、商会の倉庫を建てられる」


「代官様も悪ですなあ」


「おぬしほどではないわ」


「はっはっはっはっ!」



 屋根裏で、黒いサンスベリアが思った。



 テンプレだ。



 あまりにもテンプレである。



 しかし、これこそ今回求められている仕事なのである。



 弥七は二人の会話を最後まで聞き届けた。


 机の上には、借金の額を書き換えた帳簿と、代官へ渡した賄賂の記録まである。



「証拠、確認」



 弥七が透明になる。



 その頃、屋敷の裏では。



「壁……」


 飛猿が壁を見つめていた。



「壊していいか?」


「まだだ」


「……そうか」



     ◇



 翌日。


 なぜか一行は町の共同浴場にいた。



 湯気の向こうから、鍛え上げられた上半身が現れる。



 ヒューゴである。



「…………」


 理美は無言だった。



「理美様、いかがなさいましたか?」


「いや……」


「はい」


「本当に入浴シーン入ったなと思って」


「ご入用でしたでしょうか?」


「全然」


「では、なぜ私は入浴を?」


「私に聞かないでよ」



 ヒューゴは優雅に湯船につかった。


 無駄に絵になる。



 そして、無駄に長い。



「もういいんじゃない?」


「かしこまりました」



 入浴シーン終了。



     ◇



 その日の午後。



 ミーナのパン屋に、代官ゴルドンが兵士を引き連れて現れた。



「期限だ! 店を明け渡せ!」


「そんな! まだ期限は三日残っています!」


「黙れ! この証文には今日までと書いてある!」


「書き換えたんでしょう!」


「証拠があるのか!」



 ゴルドンが笑う。


 その後ろでバルガスも笑う。



「さあ、出ていけ!」



「お待ちなさい」



 店の奥から、理美が現れた。



「また貴様か。引退した商人風情が、代官である私に逆らうつもりか!」


「まあねえ。私も元商人って設定だからさ」


「設定?」


「こっちの話」



 理美はため息をついた。



「人から店を取り上げるために借金の額を書き換えて、しかも代官と商人がグルになってるっていうのは、ちょっといただけないわね」


「何を証拠に!」


「弥七」



 シーン。



「……あれ?」



 理美が首をかしげた。



 そもそも理美は、弥七がついてきていることを知らない。



 なぜ今「弥七」と言ったのか、自分でもわからない。



 すると、どこからともなく――。



 シュッ!



 サンスベリアの葉で作られた風車が飛んできた。



 カッ!



 柱に刺さる。



 そこには、帳簿がくくりつけられていた。



「…………」


 理美は風車を見た。



「いるの?」



 返事はない。



「あとでJINさんに聞こう」



 JINが目をそらした。



「なぜ私を見るんですか」


「なんとなく」



 帳簿を確認した町の人々が騒ぎ始めた。



「本当だ!」


「借金の額が書き換えられている!」


「代官への賄賂まで書いてあるぞ!」



「ええい! 黙れ黙れ!」



 追い詰められたゴルドンが叫んだ。



「こやつらを全員捕らえろ!」



 兵士たちが一斉に剣を抜く。



 理美は待っていた。



 ここである。



「助さん、格さん」



 二つの草が前へ出る。



「もういいでしょう」



 言った。



 ついに言った。



 理美はちょっとうれしかった。



「懲らしめてやりなさい!」



「はっ!」



 助さんが飛び出す。



 葉の剣が閃く。



 一人。


 二人。


 三人。



 次々と兵士たちの武器だけを弾き飛ばしていく。



 格さんも突進する。



「せいやあっ!」



 ドン!



 兵士が飛ぶ。



「とうっ!」



 ドン!



 また飛ぶ。



「強すぎない?」


 理美が言った。



「理美様の護衛ですので」


 ヒューゴが答える。



「あなたは?」


「必要でしたら参戦いたします」


「いや、あなたが入ったら一瞬で終わるから待ってて」



「かしこまりました」



 JINも何かしようと、倒れている兵士を押さえようとした。



 その兵士が起き上がる。



「うわっ!」



 JINが逃げた。



「八兵衛!」


 理美が思わず叫ぶ。



「誰が八兵衛ですか!」



 とうとう神様本人から抗議が入った。



     ◇



 やがて、兵士たちは全員地面に転がった。



 代官ゴルドンが後ずさる。



「き、貴様ら……いったい何者だ……!」



 来た。



 理美は思った。



 来ましたよ。



 これをやるために、ここまで旅してきたと言っても過言ではない。



「格さん」



「はっ!」



 ガジュマルが一歩前へ出る。



 異世界人たちには、屈強な青年が威厳たっぷりに前へ出たように見える。



 そして懐から、あるものを取り出した。



 印籠。



 絶対破損しない。


 落としても自動的に格さんのもとへ戻ってくる。


 JIN特製、異世界最強の身分証明アイテム。



 その中央には――。



 理美のサインが、でかでかと書かれている。



 格さんが高々と掲げた。



「この印籠が目に入らぬか!」



 町中が静まり返った。



「こちらにおわすソフィー様こそ――」



 格さんが続ける。



「唯一神JIN様が、ただお一人『推し』と定められた、理美様である!」



「えっ」



 理美が言った。



「一同、頭が高い!」



 ざざざざざっ!



 町の人々が一斉にひれ伏した。



「ええええええ!?」



 代官の顔から血の気が引いた。



「じ、JIN様の……唯一推し……?」



 異世界人にとって、その意味は絶大である。



 唯一神がただ一人だけ特別扱いしている人物。



 逆らっていいわけがない。



「ははーっ!」



 ゴルドンもバルガスも地面に額をつけた。



 理美だけが困っていた。



「これ、恥ずかしいんだけど」



「理美様、威厳を」


 ヒューゴが小声で言った。



「だって私のサイン、でかすぎない?」


「JIN様のご指定です」


「JINさん!」



 理美が振り返る。



 JINはいなかった。



「逃げた!?」



 少し離れた物陰から、五十代くらいの男の顔だけが出ている。



「ソフィーさん、今はお裁きを……」



「あとで話あるからね」


「はい……」



     ◇



 不正を行っていた代官ゴルドンは、その地位を失った。


 商人バルガスも、不当に奪った金品をすべて町の人々へ返すこととなった。


 ミーナのパン屋も守られた。



「ソフィー様、本当にありがとうございました!」


「いやいや。私は何もしてないから」


「そんなことありません!」


「ほぼ草がやったから」


「草?」


「なんでもない」



 町を出る一行を、ミーナたちがいつまでも見送っていた。



     ◇



「いやあ、いいことをしましたねえ」


 JINが満足そうに言った。



「JINさん、ほぼ何もしてないじゃん」


「見守っていました」


「神様の本業に戻ってんじゃん」


「世界の均衡を守るためです」


「石につまずいて転んでたけど」


「あれも均衡です」


「何のよ」



 助さんと格さんが、その後ろを歩く。


 サンスベリアとガジュマルが、楽しそうに揺れている。



「でもさあ」


 理美は格さんを見る。


「その印籠、毎回出すの?」


「必要とあらば」


「私のサイン、もう少し小さくできない?」


「できません」


「なんで?」


「JIN様の神力により、絶対破損・改変不能となっております」


「JINさん!」


「偽造防止です!」


「サインの大きさは偽造防止と関係ないでしょうが!」



 少し離れた場所では、透明になった弥七と飛猿が一行を見守っている。



「今日も理美様は素晴らしかった」


「うむ」


「我らもお役に立てた」


「うむ」


「ところで飛猿」


「なんだ」


「今日は壁を壊さなかったな」


「…………」



 飛猿は、少し寂しそうだった。



「次こそは」


「必要がある時だけにしろ」



 さらにその後ろでは、ヒューゴが涼しい顔で歩いている。



「ヒューゴ」


「はい、理美様」


「ところで今日のあなた、何した?」


「理美様のお世話をいたしました」


「戦ってないよね」


「はい」


「事件解決にも参加してないよね」


「はい」


「風呂入っただけじゃない?」


「おっしゃる通りでございます」



 理美は空を見上げた。



「お銀枠って、それでいいのか……?」



 異世界の街道に、五人と二草の影が伸びていく。



 いや。


 正確には、理美から見れば――。



 五人ですらない。



 五十三歳に見える自分。


 井之頭五郎っぽい神様。


 若き日のヒュー・グラントみたいな執事。


 そして歩くサンスベリア。


 歩くガジュマル。


 さらに、どこかにいるらしい黒いサンスベリアと黒いガジュマル。



「……なんなの、この一行」



 理美は笑った。



 こうして、ソフィー御一行の異世界漫遊は続くのである。



 あっはっはっはっはっは。



 ご老公の笑い声が聞こえてきそうな青空の下――。



 次に彼らが立ち寄る町でも、きっと。



 悪いやつが、わかりやすく悪いことをしているのであろう。



 たぶん。

いかがでしたでしょうか?


次回は、反省回となります。

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