最初の商品は地味な苗
「売るなら、光らない方がいいです」
夏の第1月20日、朝。
月に一度の市場を前に、マルタは並んだ苗を見てそう言った。
共同畑の端に、手のひらほどの葉を広げた香り葉草が三十六株ある。
ミューレでは、喉を痛めたときの煎じ物や、乾燥させた虫よけとして伝統的に使われてきた。薬草産地だった頃には、どの家の裏にも植えられていた、ごく普通の多年草だ。
花は小さい。葉は灰緑色。夜になっても光らない。
「月眠り苔の苗であれば研究上の関心は高いでしょう」
「王都の研究者へ売るならね。今日来るのは鍋に入れられるものと畑で使えるものを買う人です」
「香り葉草は鍋には入れません」
「そういうところです」
マルタは、アウレリアが作った商品説明を持ち上げた。
紙には、株分け元、育苗日数、給水量、移植後の生存数、日照時間、土壌魔力の測定条件まで書いてある。
「買い物客がこれを立ったまま全部読むと思いますか」
「情報が不足すれば、適切に管理できません」
「なら、必要な情報を先にしてください」
マルタは炭筆で三行に丸を付けた。
日なたから半日陰。植えつけ後七日は、土が乾いたら水。食用不可。薬用時は薬師へ相談。
別の注意書きには、治療効果を保証しないこと、妊娠中、幼児、ほかの薬を使っている者は自己判断で用いないこと、異常が出たら使用をやめることを記した。虫よけも、人や家畜へ直接塗らない。
「値段と、この三つ。細かい記録は、欲しい人へ渡せばいいでしょう」
「記録を隠すことにはなりませんか」
「裏へ置くのは隠すとは言いません」
横で札を削っていたテオが笑った。
「表に三行、裏に悪女の論文。両方あればいい」
「論文ではありません。栽培履歴です」
「その訂正は札に入らないな」
この三十六株は、研究用の植物ではない。
春の第三月二十日、共同畑の管理を始める際、六世帯が庭に残っていた香り葉草の親株を持ち寄った。所有者の同意を得て株分けし、共同畑の一角へ植えたものである。
その区画は、春の第二月に作った仮地図で、村内では相対的に高い青へ分類された輪作畑の一部を借りている。青は安全、回復済み、絶対的な高魔力を意味しない。水車の再稼働後は決めた量だけ給水し、村で以前から使っている完熟堆肥を施した。
研究用二十四鉢、M1、リンゴ園石垣の苔候補、巨大カボチャの標本と土は、苗、用土、鉢のどれにも使っていない。祝福も使っていない。
販売苗の区画、道具、保管棚は、研究用の物と分けて表示した。
巨大カボチャから保管した研究用種十粒も使っていない。保管期限だった夏の第一月六日、所有者と村の記録者が封印番号と十粒を確認し、発芽させず、飛散防止覆いの中で焼却した。灰は管理処分へ回し、アウレリアが最終処分記録へ署名している。
水車と主水路についても、二週間の試行後、全三十一世帯へ料金、当番、最低灌水、修理積立の確認書を配った。反対と保留の意見を議事録へ残したうえで、賛成多数により村の共同設備として正式運用を決めた。管理者は村会が選び、研究事業は第一観察室への支路利用料を払う。
したがって、三十六株の生育を、土地の魔力が回復した証明にはできない。
ただ、枯れずに根を張った苗がある。
それを、次の苗を育てる資金へ変えることはできる。
* * *
販売に出すのは三十株に決まった。
六株は、親株を提供した世帯の希望で共同畑へ残す。販売分は、病斑、虫、根の傷みがないかを二人ずつで確認し、異常のある株は除外する。
鉢は、テオが屋根修理で使えなかった板材の端から作った。端材の評価額と鉢製作賃は、別々に原価へ記した。
土は販売用区画のものを使い、研究標本の残余土、リンゴ園の土、巨大カボチャ周辺の土とは混ぜていない。
アウレリアは原価表を広げた。
「親株の提供分、株分けと水やりの作業賃、端材と鉢製作賃、土地賃、市場の机代を合計すると、この価格では利益がほとんどありません」
「最初から高くして一株も売れない方が困るよ」
親株を持ってきた農婦のイルザが答えた。
「でも、働いた分をなかったことにはしません」
「無償にはしません。売れ残りを含めても、契約した作業賃と材料費は支払います」
「それを全部、お嬢様の財布から出すのも違う」
イルザは原価表を自分の方へ引いた。
「固定の対価は先に決める。苗の売上から立替分を返して、残った分を次の用土と鉢に回す」
「売上が不足した場合は?」
「今回は、親株、労賃、土地賃、端材と鉢製作、机代の固定分を立て替えてもらう。閉場後、売上から同額まで一度だけ信託へ返す。足りない分は初回事業費として負担してもらい、次からは育てる数を売れた分に合わせる」
固定分は、開場前に信託からそれぞれの提供者へ支払い、受領を記録した。
マルタが横から紙を一枚足した。
「それと、誰が現金箱を持つか」
「わたくしが管理します」
「却下です」
「なぜですか」
「お客と栽培条件を話し始めたら、お釣りを忘れるからです」
否定できる証拠がなかった。
現金箱はマルタとイルザが交代で管理する。開場前と閉場後に二人で数え、売上帳へ署名する。アウレリアは栽培相談に回るが、値引きと販売数を勝手に決めない。
苗は、アウレリアの商品ではない。
六世帯が親株を出し、四人が育て、テオが鉢を作り、マルタたちが売る、村の最初の商品だった。
札作りの前に、リナの見習い契約も更新した。
本人、母マルタ、アウレリアの三者三通。期間は夏の第一月二十日から第三月五日まで、日中一時間以内。仕事は麦穂亭での商品札作りと、マルタ監督下の市場補助に限る。定額賃金、危険作業禁止、いつでも辞められる条件は以前と同じである。
「名称はどうします?」
リナが小さな札を持って尋ねた。
「ミューレ共同育苗事業、第一期香り葉草栄養繁殖株」
「長いです」
「では、どの部分を削れば正確さを失わないでしょう」
リナは少し考え、札へ書いた。
ミューレの丈夫な香り葉草。
「丈夫だと断定する根拠が不足しています」
「じゃあ、ミューレで育った香り葉草」
アウレリアはうなずいた。
それなら、観察済みの事実だった。
* * *
市場は、村の広場へ布屋が一軒、塩商人が一軒、近隣農家の野菜売りが三軒並ぶ小さなものだった。
以前なら、昼前には客足が途切れたという。
香り葉草の台にも、しばらく誰も来なかった。
「地味だからですか」
アウレリアが尋ねる。
「まだ四半刻です」
ルカが答えた。
「リンゴ園では十八日待てたでしょう」
「売り物は萎れます」
「七日間は土を乾かさない、とご自身で書いています」
「反論の用途が不適切です」
最初の客は、隣村から来た年配の女性だった。
苗を一株持ち上げ、根元を見て、葉を指で軽くこする。
「昔のミューレの香りだね」
女性はそう言って、二株買った。
次に、塩商人が荷馬車の虫よけ用に三株。
喉を痛めやすいという粉挽き職人が一株。ただし、煎じ方は近隣の薬師へ確認するという条件を説明し、了承を記録した。
昼までに、十九株が売れた。
イルザは受け取った硬貨を一枚ずつ現金箱へ入れた。親株を渡した農婦の指には土が残り、硬貨が木箱へ落ちるたび、その手で育てたものが初めて村の収入へ変わる音がした。
大行列はできない。
金貨も一枚も入らない。
それでも、売上帳には購入数と用途が一つずつ増えた。
午後、残りはゆっくり減り、閉場一刻前に最後の一株が売れた。
三十株の売上を数え、信託が立て替えた固定対価を一度だけ全額返した。内訳は、親株提供分、労賃、土地賃、端材と鉢製作賃、机代である。
残った利益は、小銀貨で数枚だった。
「温室の屋根一枚も買えません」
アウレリアが言うと、イルザが呆れた顔をした。
「一日で屋根を買おうとしてたんですか」
「必要経費です」
「今日は、次の四十二株を育てる土と、鉢の留め具が買える。それで十分でしょう」
販売に出さず残した六株に、親株を提供した世帯が追加で共同利用を認めた健康な二株を加え、八株を共同育苗事業の共有親株とした。追加二株は病斑、根、周辺土を確認し、根腐れが出た苗床とは別の道具で共同畑へ移した。
管理者はイルザ。枯死しても個人へ弁償を求めず、状態を共有帳へ記す。次に株分けした苗の売上も、同じ分配規則へ入れる。
市場の片づけが終わる頃、マルタは塩商人と布屋を呼び止めた。
「次は、夏の第2月5日にも来られませんか」
「月一の村へ二度も?」
「今日の売上を見たでしょう。次は苗だけじゃない。水車が動いたから、挽きたての粉も出せます。量と日は先に知らせます」
マルタは、村の三軒の出店者にも声をかけた。
毎回出る必要はない。売る物がある者だけ参加し、机代と片づけを分ける。
夏の第一月二十日の定例市場を基準に、第二月五日に追加市場、第二月二十日に定例市場、第三月五日に追加市場を開く。そこまでを試行期間とし、客数と売上が足りなければ月一回へ戻す。
商人たちは、その条件ならと答えた。
「市場を月二回へ変更するのですか」
「まだ試すだけです。第二月五日から第三月五日まで。続けるかは記録を見て、出す人たちで決めます」
アウレリアは売上帳を見た。
自分が決める欄は、そこにはなかった。
「では、客数、出店数、売上、売れ残りを同じ形式で記録しましょう」
「三行でお願いしますよ」
「それでは不足します」
「表は三行。詳しい記録は裏です」
広場に笑い声が広がった。
地味な苗が三十株売れた日、ミューレの市場には、次に開く日が一つ増えた。
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