水車が回る日
「このカボチャは、食べられません」
春の第3月6日、朝。
アウレリアは共同畑で、巨大な実を前に告げた。
三日間の観察で、外周の成長は止まった。だが、内部は水分が多すぎ、組織の一部が崩れている。既知の有害反応は簡易検査で出なかったものの、種まで通常と同じとは証明できない。
所有者の女性は、車輪ほどの実を見下ろした。
「大きいのに、売れないんですね」
「申し訳ありません」
ニーナが頭を下げる。
補償はすでに支払い、追加の競合損失も追補書へ記録した。それでも、育てていた三株が戻るわけではない。
「謝るだけじゃ、次の苗は育たないよ」
女性は言った。
「だから、今度は使う前に聞いておくれ」
「はい」
ニーナは顔を上げて答えた。
巨大株の最終処分は、合意した手順で行った。
成人作業員が支えを入れ、蔓と実を少しずつ切り分ける。種は所有者の同意を得て研究用の十粒だけ残し、日付、採取者、番号を付けて二重封印した。二十四鉢や残余土とは別の施錠棚へ置き、保管期限は一か月、最終処分責任者はアウレリアとする。
残りの種と残渣は、石造りの焼却場で飛散防止覆いの中に置いた。乾燥後、監視下で焼却する。灰と内部検査標本にも番号、保管期限、責任者を付け、土へ戻さなかった。
作業員には契約した賃金を払い、受領書へ署名を得た。ニーナの三日間、合計三時間の作業にも、補償とは別に賃金を支払った。
畑に残ったのは、巨大な根を抜いた穴と、何度も水を運んだ足跡だった。
「この往復を、毎日続けるのですか」
ニーナが共同井戸から畑までの道を見る。
「続けられません」
アウレリアは、土で埋まった古い水路へ視線を移した。
「ですから、水路と水車を調査します」
* * *
その日の夕方、麦穂亭に三十人近い住民が集まった。
壁には、水路と水車小屋の見取り図が貼られている。
公爵領の旧台帳では、水車と主水路はミューレ村の共同財産だった。会合は全世帯へ三日前から告知し、出席できない世帯は委任状を出せる。集まった三十人は二十四世帯を代表し、委任が五世帯。残る二世帯には、試行中も異議を出せる書面を届けた。
水車は、川沿いの低い畑へ水を回す汲み上げ機と、粉挽きの石臼を一つの軸で動かしていた。三年前に軸受けが割れ、羽根も二枚外れた。使われなくなった水路へ土砂と根が入り、今では半分以上が詰まっている。
「信託から出せるのは、構造調査、危険箇所の補修、第一観察室へつながる細い支路までです」
アウレリアが説明する。
「村の水車全部を、研究費で直すとは約束できません」
「じゃあ、温室の水だけ流して終わりか」
男の一人が言う。
「その案も可能です」
食堂の空気が冷える。
「ただし、わたくしは勧めません。主水路が止まったままでは、支路も維持できないからです。何を先に直し、誰が管理するかを、利用する方々に決めていただきたいのです」
アウレリアは議長席へ座らず、壁の横へ下がった。
最初は、誰も話さなかった。
やがて、マルタが口を開く。
「水車が回れば、王都まで粉を挽きに出さなくて済みます。宿でもパンを増やせる」
「低い畑へ水が行けば、井戸から運ぶ回数が減る」
「また壊れたら、誰が直すんだ」
「使った家で、少しずつ積み立てるしかないだろう」
意見が重なり始めた。
テオが図面へ、赤い線を引く。
「先に上流の門を直さないと、水を止めて作業できません。次に主水路。水車は軸受けと羽根。石臼は、空回しを確かめてからつなぐ」
ゲルトが別の場所を指す。
「ここの曲がりは、昔から土が溜まる。真っ直ぐにすると、春の増水で下の畑へあふれるぞ」
アウレリアの案では、その曲がりを取り除くことになっていた。
「流れをよくする方が、詰まりにくいのでは?」
「速すぎる水は、土ごと持っていく」
ルカが傾斜を測った記録を見る。
「ゲルトさんの言うとおりです。直線化すると、今の二倍近い勾配になります」
アウレリアは自分の線を消した。
「曲がりを残し、土砂を上げる点検口を設けます」
「その方が、毎年掃除できる」
水を使ってきた者の知識は、計算式の外にある。
会合は二時間続いた。
決まったのは、水車と主水路を村の共同設備として扱うこと。
テオの構造調査と専門作業、危険区域の作業には、信託から契約賃金を払う。第一観察室の支路に必要な材料費も、研究費から出す。
一般の水路清掃は、参加した時間を記録する。対価は現金か、譲渡できる利用クレジットを選べる。クレジットは製粉、維持費、ほかの世帯への譲渡に使えるが、将来の修理積立となる基礎維持分までは差し引けない。
働けない世帯にも、畑への最低限の灌水は等しく届く。作業できないことを理由に高い料金を課さない。開水路の水は飲用には使わない。
製粉を使う家は、少額の利用料を共同箱へ入れる。最初の用途は、軸受け、羽根、水門の修理積立である。
共同箱には旧設備費のわずかな残金があった。賛成世帯から任意の少額出資も募り、出資分は返済対象のクレジットとして記録する。現金賃金と安全部材には信託から上限付きで立て替え、運転後の基礎維持分から返す。清掃の現金賃金は七日ごとに支払う。
費用も項目ごとに分けた。信託は水門の安全補修、構造調査、第一観察室の支路を負担する。住民は再利用できる石と木材を提供し、評価額を利用クレジットへ換える。軸受けと新しい羽根二枚は、近隣の鍛冶屋と材木商へ共同箱から一部を払い、残りを六か月の利用料から返す契約にした。総額と信託負担が小規模研究費の範囲内であることを公開帳へ載せた。
管理帳は麦穂亭へ置き、マルタ一人ではなく、選ばれた三人が月末に照合する。
最後に、一世帯一票で賛否を示した。
反対は三世帯。保留は五世帯。残る二十一世帯は、運転開始日から二週間の試行に賛成した。正式な制度は、試行後に全三十一世帯へ改めて確認する。
全員一致ではない。
だからこそ、決め方まで記録した。
* * *
修理は、翌日から始まった。
上流の水門を閉じ、二人の見張りが勝手に開かないよう交代で立つ。見張りも現金賃金か労働クレジットの対象とし、二時間交代と休息を記録した。水位が下がったことを確認してから、危険区域と安全区域を縄で分けた。
子どもは近づけない。深い場所へ入る者は命綱を着け、必ず二人一組。雨の日は中止する。
最初の三日間は、土砂と根を上げるだけで終わった。
四日目、石積みの一部が崩れ、予定を止めた。
テオが支えを組み、ゲルトが昔の石の積み方を教える。アウレリアは修理を急がせず、変更理由と追加材料を公開帳へ書いた。
七日目、水が主水路の半分まで通った。
十日目、第一観察室への支路へ、細い流れが届いた。流入弁、目の細かい濾し網、溢水路を設け、貯水桶へ入った量と時刻を記録する。開水路の水を苔の鉢へ直接流し込まず、必要分だけ与える。
十二日目、水車の新しい軸受けが入った。
再利用した羽根は状態を一枚ずつ確かめ、不足した二枚をテオが作る。汲み上げ機と石臼は、別々に接続できる木製の切替機構を付けた。
石臼は、さらに半日遅らせた。
「今日中に粉を挽けます」
アウレリアが言うと、テオは首を振った。
「今夕、水門を少しだけ開き、どちらもつながない無負荷で一晩回します。二人一組、二時間交代の有給見張りを置いて、軸受けの熱を見ます」
「以前も同じことを言いましたね」
「待てるようになりましたね」
それは褒めているのだろう。
言い方は、やはり少し失礼だった。
* * *
十三日目、第三月十九日の朝。
この日から、料金と管理方法の二週間試行も始まる。
前夜から少量の水を受けていた水車は、低い音で回り続けていた。交代の見張り記録に異常はなく、テオが軸受けの温度を確かめる。
水門を試験位置まで、ゆっくり開いた。
水が羽根を押し、一枚、二枚と沈めていく。
古い水車が、力強く回り始めた。
まず汲み上げ機だけを接続した。水は木樋を通り、低地の共同畑へ落ちる。第一観察室の貯水桶にも、決めた量だけが流れ込んだ。
テオが軸受けへ触れ、温度を確かめる。ルカが回転数と振動を記録する。
回転数、振動、軸受け温度に異常なし。
水車を止めて汲み上げ機を外し、石臼だけを接続した。三年ぶりの臼と受け箱を洗浄し、保存麦の乾燥、黴、虫を確認する。最初の少量は試し挽きとして廃棄し、粉への異物、匂い、臼の欠けがないことを確かめた。
次に、汲み上げ機と石臼を同時につなぐ。回転数、振動、温度が安全範囲に収まることを確認してから、マルタが食用の麦を一袋だけ入れた。
白い粉が、受け箱へ落ちる。
誰かが拍手した。
それを合図にしたように、川沿いへ歓声が広がった。
昼には、挽いたばかりの粉で平たいパンが焼かれた。
各家が豆、塩漬け肉、春野菜を少しずつ持ち寄る。参加できなかった老人の家にも、マルタとリナが皿を届けた。
ゲルトは食事の途中で立ち、空の桶を持って丘へ向かった。
「リンゴ園へ行くのですか」
アウレリアが尋ねる。
「あそこは水路より高い。水車が回っても、水は届かん」
共同設備が戻っても、すべての畑が同時に救われるわけではない。
ゲルトはパンを布へ包み、止める間もなく坂を上っていった。
共同の水路では、彼は昔の水の癖を惜しまず話した。だが、丘の柵の向こうにあるリンゴ園へは、今日も誰も伴わない。村の設備へ力を貸すことと、亡き妻の木へ他人を入れることは、ゲルトにとって別の話だった。
アウレリアは、水車を直したのは自分だとは思わなかった。
テオが構造を見た。
ゲルトが水の癖を覚えていた。
住民が土砂を上げ、見張りに立ち、使い方と料金を決めた。
ルカが記録し、ニーナが祝福を使わず水を運んだ。
アウレリアがしたのは、必要な費用を一部払い、測り、相談の場を作ったことだった。
「パンが冷めますよ」
ルカが隣から言う。
「今、水車の回転数が安定したところです」
「食事も予定に入れてください」
差し出されたパンは、形が少し歪んでいた。
焼いたのはニーナらしい。
アウレリアは受け取り、一口食べた。
「味は?」
ニーナが緊張した顔で尋ねる。
「今回は、研究対象外とは申しません。おいしいです」
ニーナが笑う。
水車の音と人の話し声が、村の夕方まで途切れずに続いていた。
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