↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星命回帰〜星が紡ぐ未来〜  作者: ゆき太郎
第一章〜星が紡ぐ未来〜
8/18

【第7話】初めての星夜祭

夕日が街を朱色に染める。


祭りの装飾には、一つ、また一つと灯りが灯り始めていた。


『旅人の隠れ家』の露店でも、グレンと光瑠が開店の準備を進めている。


空には宵の明星がひときわ明るく輝いていた。


やがて――


ゴォーン……


王都中へ日没の鐘が響き渡る。


鐘の余韻が静かに消えていく。


次の瞬間。


広場の向こうから音楽隊の軽快な演奏が鳴り響いた。


星夜祭の始まりである。


「いらっしゃい!」


「焼きたてだよー!」


「こっちも見てってくれ!」


次々と露店が店を開き、客を呼ぶ威勢のいい声が広場中へ響く。


子どもたちは笑いながら駆け回り、大人たちは酒を片手に語り合う。


色とりどりの灯りが夜を照らし、街はあっという間に笑顔と活気に包まれていった。


王都ルザリアは、一年で最も賑やかな夜を迎える。


『旅人の隠れ家』の露店も、開店早々から大忙しだった。


グレンは次から次へと訪れる客を相手にし、光瑠は厨房で休む間もなく料理を作り続ける。


一度頭に入った手順を迷うことはない。


包丁を走らせ、


火加減を見極め、


皿へ盛り付ける。


その手は一切止まることなく、次々と料理を仕上げていった。


グレンの妻が作る看板メニューだけは、最後まで同じ味にならなかった。


「これは、グレンさんの奥さんにしか作れない味だ。」


光瑠は苦笑して鍋を置いた。


無理に真似るのはやめよう。


自分にしか作れない料理を出せばいい。


光瑠が用意したのは――


サツマイモを使ったスイートポテトだった。


この世界には存在しないその菓子は、甘く香ばしい匂いに誘われた客の目を引き、一人、また一人と買い求めていった。


「あまーい!」


「何これ、美味しい!」


「こんなに美味しいもの食べたことない!」


驚いた客たちは、友人や家族を連れて再び露店へ戻ってくる。


「これ、本当に美味しいから食べてみて!」


「ほら、あの店だよ!」


口コミは瞬く間に広がり、『旅人の隠れ家』の露店には長蛇の列ができていた。


数々のアルバイトを経験した光瑠も、これほどの忙しさは初めてだった。


「まったく……とんだブラックバイトだよ、ここは。」


文句を口にしながらも、光瑠の表情はどこか楽しそうだった。


この世界へ来てから、分からないことばかりだった。


誰かに頼り、助けられてばかりだった。


有理栖の行方も分からない。


何もできない自分が、もどかしかった。


だけど今は違う。


自分にもできることがある。


誰かの力になれる。


それが、たまらなく嬉しかった。


――


夜が更け、露店を行き交う人の流れも少しずつ落ち着き始めていた。


「ふぅーっ!」


グレンは大きく背伸びをすると、豪快に笑った。


「ヒカル! どうやらピークは越えたみてぇだ! お疲れさん!」


光瑠も額の汗を拭い、小さく息を吐く。


「グレンさんも、お疲れさま。」


「本当にすごい客の数だったな。」


遠くではまだ音楽隊の演奏が続いている。


子どもたちの笑い声が夜風に乗って聞こえてきた。


「はっはっはっ!そりゃ、お前さんのおかげだ!本当に助かったぜ。ありがとな!」


光瑠は照れくさそうに笑った。


「ここからは休み休み、朝まで店を開けてりゃ十分だ。」


「もう俺一人でも何とかなる。」


グレンはにやりと笑う。


「ヒカルは初めての星夜祭なんだろ?」


「せっかくだ。少し見て回ってきな。」


光瑠は意外そうに目を瞬かせた。


しかし、有理栖を探している最中に祭りを楽しんでいいのかという思いが胸をよぎる。


「俺は……いいよ……」


グレンは何も言わず、しばらく光瑠の背中を見つめた。


やがて、大きな手でぽんと背中を叩いた。


「いたっ! なにするんだよ?」


「働き詰めじゃ祭りに来た意味がねぇ。」


「子どもは祭りくらい、ちゃんと楽しんでこい!」


光瑠は目を見開き、苦笑した。


「……わかった。ありがとう、グレンさん。」


軽く頭を下げると、祭りの灯りに包まれた通りへと歩き出した。


光瑠は足を止め、一度だけ振り返る。


「でも、俺は子供じゃないからな。」


「おう。それは失礼したな。」


グレンは笑顔で光瑠を見送った。


――


光瑠は街に並ぶ露店や、色鮮やかな祭りの装飾を眺めながら歩いていた。


子どもたちの弾むような笑い声。


酒を酌み交わし、肩を組んで笑い合う大人たち。


音楽隊の軽快な演奏が夜空へ響き、灯りに照らされた街はまるで昼のように明るい。


光瑠は思わず足を止めた。


「……綺麗だな。」


「有理栖にも、見せてやりたかったな……」


音楽に導かれるように歩いていくと、一際大きな広場へ辿り着いた。


広場の中央には大きな特設ステージが設けられ、音楽隊が美しい旋律を奏でている。


優しく、それでいて力強い音色が広場いっぱいに響き、人々は自然と足を止めていた。


光瑠もその一人だった。


やがて一曲が終わる。


盛大な拍手が広場を包み込んだ。


拍手はしばらく鳴り止むことがなかった。


指揮者らしき男が観客へ一礼すると、静かにステージ袖へ下がっていく。


それと同時に、楽器を手にした演奏者たちがゆっくりと配置を変え始めた。


ざわめいていた広場は、次の演目を待つように静けさへ包まれていく。


やがて司会役の女性がステージ中央へ進み出る。


「続いての演目に入ります。」


一瞬の静寂。


凛とした声が夜空へ響いた。


「――『月の涙』」


その言葉と同時に、広場の灯りがふっと落とされた。


闇に包まれたステージへ、観客たちの期待が集まる。


誰もが息を呑み、次の瞬間を待っていた。


しかし――


人々の目に飛び込んできたのは、誰一人として予想していなかった光景だった。


静寂を切り裂くように、狼の遠吠えが広場へ響く。


「――っ!?」


観客たちが思わず息を呑む。


次の瞬間。


ステージ袖の奥から巨大な影が飛び出した。


ドォンッ!


巨体が壇上へ着地し、木製の舞台が大きく軋む。


ポタッ……


ポタッ……


静まり返った舞台へ、赤い雫が落ちる。


広場がざわめいた。


そこに立っていたのは、一匹の狼の魔物だった。


全身を覆う灰黒色の毛並み。


獣とは思えないほど鋭い牙。


血のように赤く輝く双眸。


光瑠は息を呑む。


間違いない。


この世界へ転移した直後に遭遇した、あの魔狼だった。


狼の魔物は、口に咥えていたものを無造作に放り捨てた。


ゴロ……


ゴロゴロ……


それは舞台の中央を転がり、人々の足元近くで止まる。


観客の視線が、一斉にそれへ向けられた。


「……え?」


誰かが震える声を漏らす。


それは――


先ほど舞台を降りた、指揮者の男の首だった。


「きゃあああああっ!」


司会役の女性の悲鳴が、静寂を引き裂く。


「うわあああっ!」


「逃げろおおっ!」


あちこちで悲鳴が連鎖する。


人々は我先にと出口へ殺到した。


押し倒される者。


転ぶ子ども。


泣き叫ぶ声が広場中へ響き渡る。


広場は一瞬で恐怖に包まれた。


狼の魔物は天を仰ぎ、大きく咆哮を上げた。


「ガアアアアアァァァッ!!」


その咆哮は夜空を震わせ、街中へ響き渡る。


一瞬の静寂。


まるで、その咆哮に応えるように――


グルルルル……


グルルル……


低く唸る声が、広場の四方から聞こえ始めた。


闇の路地裏から。


屋根の上から。


祭りの飾りの陰から。


赤く光る双眸が、一つ。


また一つ。


さらに、また一つ。


無数の魔狼が、その姿を現した。


「う、嘘だろ……」


灰黒色の狼の魔物たちが、広場を包囲するように現れた。


その数は、一匹や二匹ではない。


数十匹――。


いや、それ以上かもしれない。


逃げ惑う人々を囲い込むように、ゆっくりと牙を剥く。


あちこちで悲鳴が響き渡る。


魔狼たちは逃げ遅れた人々へ容赦なく襲いかかっていった。


光瑠は、目の前で繰り広げられる惨劇を前に、身体が動かなかった。


「ああ、あああ……」


動け。


動け、動け……!


逃げなければ。


しかし、光瑠の身体は恐怖に縫い止められたように動かなかった。


目の前で一人の男性が魔狼の牙に倒れる。


鮮血が宙を舞い、光瑠の頬を濡らした。


「――っ!」


命の火が消える瞬間を目の当たりにした、その時。


まるで呪縛が解けたように、光瑠の意識は現実へと引き戻された。


「うわあああああ!」


光瑠は反射的に駆け出した。


「くそっ……なんであれが!」


人波をかき分け、広場から離れる。


背後では魔狼の咆哮と、人々の悲鳴が入り乱れていた。


ドドドドドッ……


重い足音が迫る。


「ああああああっ!!」


すぐ背後で、誰かの叫び声が途切れた。


振り返ることはできない。


振り返れば、自分も死ぬ。


ただ必死に足を動かし続けた。


息が切れる。


心臓が壊れそうなほど脈打つ。


やがて『旅人の隠れ家』の露店が視界へ飛び込んできた。


「ヒカル! 何が起こってる!? この騒ぎは一体――」


手には、露店で使っていた丈夫な木の板を握っていた。


「グレンさん!! 逃げろおおお!!」


その瞬間だった。


ドンッ!


背後から魔狼が飛びかかる。


「ヒカル! 伏せろおおお!」


光瑠は反射的に地面へ身を投げ出した。


ブォンッ!


グレンは木の板を渾身の力で振り抜いた。


――バキィッ!!


鈍い衝撃音と共に、木の板はいとも容易くへし折れ、砕け散った。


「くそっ!」


砕けた板の向こうから、魔狼がそのままグレンへ飛びかかる。


メギャッ!!


「ぐあああああっ!!」


ボキボキボキッ!


骨が砕ける鈍い音が夜空へ響いた。


光瑠は思わず振り返った。


目に飛び込んできたのは――


右腕を失い、苦悶の表情で膝をつくグレンの姿だった。


「そ、そんな……」


光瑠は目の前の光景を受け入れられなかった。


ついさっきまで笑いながら一緒に料理を作っていたグレンが、


今は右腕を失い、血を流している。


あまりにも現実離れした光景に、思考が止まる。


立ち尽くす光瑠へ、グレンが掠れた声を絞り出した。


「ヒ……ヒカル……逃げろ……」


「嫌だ……!」


光瑠の口から、思わず言葉が漏れた。


足は震えている。


それでも、拳だけは強く握り締めていた。


グルルル……


魔狼はゆっくりと光瑠へ向き直り、その赤い双眸で獲物を見据える。


光瑠の視線が露店へ向く。


カウンターの上には、料理で使っていた肉包丁が置かれていた。


「ちくしょう……」


光瑠は肉包丁を掴んだ。


「うおおおおおっ!!」


恐怖を振り払うように、魔狼へ向かって駆け出す。


魔狼が牙を剥き、真正面から飛びかかってきた。


光瑠は夢中で身を捻る。


鋭い牙が頬を掠めた。


熱い痛みが走る。


その勢いのまま、肉包丁を魔狼の首へ深く突き立てた。


グオオオオオオォッ!!


魔狼が苦悶の咆哮を上げ、激しく暴れ回る。


光瑠は振り落とされまいと必死にしがみつき、肉包丁を魔狼の首へさらに押し込んだ。


「あああああっ!!」


背中に焼けつくような激痛が走る。


魔狼の鋭い爪が、光瑠の背中を深く切り裂いた。


「うおおおらああああ!」


血を流しながらも、グレンは残った左腕で包丁を握り締める。


渾身の力で、魔狼の首へ刃を突き立てた。


魔狼の抵抗がさらに激しさを増す。


それでも二人は離さない。


そして――


グオオオォ……


最後の唸り声を漏らすと、


魔狼はゆっくりと崩れ落ちた。


「はぁ……はぁ……はぁっ……!」


背中が焼けるように熱い。


心臓が激しく脈打っている。


痛みに耐えながら、光瑠はゆっくりと身体を起こした。


「ヒカル……無事か……」


掠れた声が聞こえる。


光瑠は弾かれたように振り向いた。


そこには、膝をつき、失った右腕の断面を左手で必死に押さえるグレンの姿があった。


「はぁ……はぁ……グレン……さん……」


「ヒカル……宿に戻ったら……家内に伝えてくれ……」


光瑠は傷だらけの身体を引きずりながら、グレンの元へ這うように近づく。


「なに……言ってるんだ……」


「娘を……イリアを……頼む……」


苦しそうに息を継ぎ、グレンはかすかに微笑んだ。


「……愛している、と……」


光瑠の目から涙が溢れる。


「そんなの……!」


「そんなの、自分で伝えるんだよ!」


「まだ諦めちゃダメだ……!」


「……ははは……そうだな……ヒカ――」


グシャッ。


「……は?」


何が起きたのか分からなかった。


目の前で、グレンの身体がぐらりと傾く。


首だけが、消えていた。


残された身体は力なくその場へ崩れ落ちる。


グルルル……


恐る恐る視線を上げる。


そこには、一匹の魔狼が立っていた。


血のように赤い双眸で、光瑠をじっと見据えている。


「な、なんで……」


光瑠は震える声を漏らした。


その時だった。


ぞくり――。


首筋を氷のような悪寒が駆け抜ける。


本能が警鐘を鳴らした。


光瑠は弾かれたように周囲を見渡す。


いつの間にか、複数の赤く輝く双眸が光瑠を取り囲んでいた。


「おいおい、一匹やられてるじゃないか。」


「……っ!?」


人の声――。


魔狼ではない。


光瑠はゆっくりと顔を上げた。


そこには、黒いローブを纏った男が立っていた。


男は足元に転がる魔狼の死体を見下ろし、肩をすくめる。


「一般人が倒せるような魔物じゃないって聞いてたんだけどなぁ。」


「お前……何をしている……」


光瑠は息を切らしながら男を睨みつけた。


「あれ? まだ生きてたのか。」


黒いローブの男は興味なさそうに呟くと、ゆっくりとフードへ手を掛ける。


そして――


フードを外した。


現れたのは、黒髪の青年。


その姿を見た瞬間、光瑠の脳裏に昨日の出来事が蘇る。


『魔物を操る黒髪の男の情報も目撃されている。』


――カインから聞かされた特徴と、完全に一致していた。


そして――


光瑠の視線は、男の胸元で止まった。


首には、赤い宝石の欠片をはめ込んだネックレスが下がっている。


その宝石は、まるで心臓のように脈打ち、不気味な赤い光を明滅させていた。


「お、お前が……」


光瑠は息を呑む。


「この狼たちを操ってるのか……」


光瑠は恐怖と憎しみの入り混じった瞳で、黒髪の男を睨みつけた。


「ん?」


男は首を傾げる。


「ああ、そうだよ?」


まるで世間話でもするような軽い口調だった。


「どうして……こんなことを……」


男は小さく肩をすくめる。


「これから死ぬお前に話したところで、何の意味もないだろう。」


そう言うと、黒髪の男はゆっくりと片手を掲げた。


すると――


グルルル……


周囲を囲む魔狼たちが、一斉に光瑠へ歩み寄る。


「やめろっ!! 来るなぁぁぁ!!」


黒髪の男が静かに指を鳴らす。


次の瞬間――


魔狼たちが一斉に飛びかかった。


「うわあああああっ!!」


全身へ凄まじい衝撃が走る。


焼けるような痛みが身体中を駆け巡り、光瑠は絶叫した。


視界が激しく揺れる。


何匹もの魔狼に押し倒され、抵抗することさえできない。


「あああああっ!!」


痛い。


苦しい。


俺が何をしたっていうんだ。


どうして……こんな目に遭わなきゃいけない。


知らない世界へ来て。


知らない人たちに囲まれて。


それでも、俺なりに必死だった。


できることを精一杯やってきた。


……なのに。


有理栖は見つからない。


グレンさんも助けられなかった。


その上――


こんな場所で、一人で終わるのか。


光瑠の意識は、ゆっくりと闇へ沈んでいった。


――


「はっ!」


光瑠は目を覚ます。


そこは上下も左右も分からない真っ暗な闇の中だった。


光瑠は必死に周囲へ手を伸ばした。


何も見えない。


何も聞こえない。


何も感じない。


ふと視界の先に一筋の光が差した。


その光は徐々に輝きを増していく。


やがて七色の光が折り重なり、


ガラスのような、宝石のような透明な結晶が虚空に浮かび上がる。


どこか見覚えのある光景だった。


それらは幾重にも重なり合い、一枚の扉を形作っていく。


光瑠は無意識にその扉へ触れた。


静寂。


そして――


「未来を選べ」


聞き覚えのある声が、頭の奥へ直接流れ込む。


次の瞬間、光瑠の体は光に包み込まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。