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星命回帰〜星が紡ぐ未来〜  作者: ゆき太郎
第一章〜星が紡ぐ未来〜
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【第1話】蒼の魔法使い

眩しかった。


どれほどの時間が経ったのか分からない。


全身を包んでいた光はいつの間にか消えていた。


頬を撫でる風の感触。


草の匂い。


遠くで鳥の鳴く声。


光瑠はゆっくりと目を開いた。


「……ここは……」


身体を起こす。


見覚えのある草原。


見覚えのある丘だった。


有理栖と何度も星を見上げた場所だ。


だが――


光瑠は息を呑んだ。


そこにあるはずの街並みがなかった。


そこにあったのは、巨大な城壁だった。


丘の向こう。


遥か彼方まで続く白い壁。


その内側には無数の建物が並び、中央には空へ届きそうなほど高い塔がそびえ立っている。


まるで物語の中の王都だった。


「なんだよ……これ……」


呆然と呟く。


だが、次の瞬間。


「……有理栖!」


光瑠ははっと我に返った。


立ち上がる。


周囲を見回す。


草原。


岩。


木々。


誰もいない。


心臓が嫌な音を立てた。


「有理栖! どこにいる! 返事をしてくれ!」


今度は声を張り上げる。


だが返ってくるのは風の音だけだった。


光瑠は丘の上を駆け回った。


何度見回しても、有理栖の姿はどこにもない。


「有理栖!」


もう一度叫ぶ。


やはり返事はない。


光瑠は唇を噛んだ。


視線を遠くへ向ける。


そこにあるはずの街並みは消えていた。


帰り道も。


見慣れた住宅街も。


何もかも。


代わりに存在するのは、見知らぬ巨大な城壁都市だけ。


「くそ……どこなんだよ、ここ……」


胸の奥で不安が膨らんでいく。


分からないことだらけだった。


だが、一つだけ分かる。


有理栖を探さなければならない。


もし近くに人がいるなら、何か知っているかもしれない。


光瑠は城壁都市へ視線を向ける。


そして丘を駆け下り、森の中へと足を踏み入れた。


森の中は静かだった。


見知った帰り道はどこにもない。


光瑠は丘の上で見た城壁都市の方角だけを頼りに、森の中を駆け抜けていた。


木々の隙間から差し込む陽光。


聞こえてくる鳥の鳴き声。


それらは確かに現実のものなのに、どこか別世界の景色のように感じられる。


もし有理栖も近くへ飛ばされているのなら。


こんな見知らぬ場所で一人きりになっているのなら。


胸の奥が締め付けられた。


だが有理栖は賢い。


泣きながらその場で動けなくなるような子じゃない。


きっと自分と同じように周囲を見回し、人のいそうな場所を探すはずだ。


なら目指す先は同じ。


あの城壁都市だ。


そう思わなければ、不安に押し潰されそうだった。


その時だった。


――ガサッ。


前方の茂みが揺れた。


光瑠は足を止める。


風ではない。


何かがいる。


動物だろうか。


警戒しながら視線を向けると、茂みの奥から一匹の黒猫が姿を現した。


艶のある黒い毛並み。


深い夜を思わせる紫紺の瞳。


猫は光瑠を見ると、その場でぴたりと足を止めた。


「猫……?」


こんな森の奥に?


首を傾げた次の瞬間だった。


猫は光瑠を見上げたまま瞬き一つしない。


まるで品定めでもするような視線だった。


黒猫はふいっと背を向けた。


一度だけ光瑠を振り返る。


そして、まるで『ついてこい』と言うように森の奥へ歩き始めた。


「お、おい。」


呼びかけても振り返らない。


だが数歩進んだところで立ち止まり、ちらりとこちらを見る。


待っているようにも見えた。


「なんなんだよ……」


光瑠が一歩踏み出した、その時だった。


――グルルルル……。


森の奥から低い唸り声が響く。


光瑠は反射的に顔を上げた。


背筋を冷たいものが走る。


それは野犬などではない。


もっと獰猛で。


もっと異質な何かの気配だった。


――ガサッ!


前方の茂みが大きく揺れた。


光瑠は反射的に身構える。


次の瞬間。


森の奥から巨大な狼が飛び出してきた。


全身を覆う灰黒色の毛並み。


獣とは思えないほど鋭い牙。


そして血のように赤く光る双眸。


「っ!?」


思わず息を呑む。


明らかに普通の狼ではない。


狼は一直線に黒猫へ飛びかかった。


鋭い牙が黒猫を噛み砕こうと迫る。


だが。


黒猫はひらりと身を翻した。


牙は空を切る。


狼が地面へ着地するより早く、黒猫は別の場所へ跳んでいた。


狼は唸り声を上げる。


再び飛びかかる。


爪が振り下ろされる。


だが黒猫はまたしても紙一重で躱した。


まるで狼の動きが見えているかのように。


黒猫は森の奥へ駆け出す。


狼もその後を追う。


追われているはずなのに。


なぜか黒猫の動きには焦りが感じられなかった。


「おい!」


光瑠は我に返る。


考えるより先に身体が動いていた。


あんな小さな猫が、あの化け物みたいな狼に追われている。


見捨てられるはずがなかった。


「待て!」


光瑠は二匹を追って森の奥へ駆け出した。


黒猫を追う中、時折先程の狼の咆哮や草木の折れる音が響く。


黒猫を狙った容赦のない攻撃が光瑠の頭をよぎる。


音を頼りに森を進むと開けた街道に出た。


街道の中央で狼と黒猫が向かい合っていた。


狼は赤く光る双眸で黒猫を睨みつけ、牙を光らせて唸る。


黒猫は狼から目を逸らさず、その場に立っていた。


狼が飛びかかる。


「危ない!」


刹那、光瑠は黒猫を抱き抱え、狼の攻撃から守った。


狼の牙が光瑠の肩を掠める。


「っ!」


黒猫は紫紺の瞳を大きく見開いた。


光瑠は肩からの出血も顧みず、黒猫を抱き抱えて走り出す。


無我夢中で街道を駆ける。


だが背後から重い足音が迫ってくる。


「大丈夫……なんとかしてやるから!」


後ろから凄まじい殺気を感じた。


振り返る。


狼の顎が目前まで迫っていた。


「なっ――」


反射的に横へ飛ぶ。


ガチンッ!


牙が空を噛んだ。


地面を転がりながら体勢を立て直す。


顔を上げる。


狼がこちらを見ていた。


赤い双眸が妖しく光っている。


光瑠の背筋を冷たい汗が伝った。


「くそっ……!」


立ち上がるより早く。


狼が再び地面を蹴った。


赤い双眸が迫る。


避けられない。


光瑠は咄嗟に黒猫を胸へ抱き寄せた。


次の瞬間、


青い閃光が森を切り裂いた。


轟音と共に狼の巨体が宙を舞う。


数メートル先の街道へ叩きつけられた。


狼は断末魔を上げる間もなく、黒い粒子へと溶けていった。


「……え?」


光瑠は呆然と顔を上げる。


街道の先。


そこに一人の少女が立っていた。


宝石のように輝く青い髪。


黒と紫を基調としたローブ。


氷のように冷たい蒼い瞳。


少女の視線は光瑠ではなく、その腕の中の黒猫へ向けられていた。


そしてゆっくりと光瑠へ視線を移す。


肩から流れる血。


震える呼吸。


狼へ立ち向かった痕跡。


それらを一瞥して。


少女は小さくため息を吐いた。


「……あなた、死にたいの?」

挿絵(By みてみん)

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